Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



  


「声、聞かせろよ」
 乾いた風の音と、湿った吐息だけが支配する空間で、ハサードはそう声にした。

「何? 聞きてぇの?」
 笑みを零して、フォードがそう答える。

 相変わらずの、飄々としたその声で――。

 ハサードが与える愛撫に艶やかなその肌は確実に反応を見せ、少しだけ開いたその唇からは途切れがちな吐息だけを漏らす。
 それでも、フォードの唇から声が漏れることはなかった。


 初めてフォードを抱いたあの夜も、そうだった。
 敏感に反応を見せる身体とは対照的に、フォードは最後まで決して声を上げなかった。極まる瞬間でさえも、唇を軽く噛んだままただ息を堪えていた。

 その姿は、とても綺麗で、それでいて何処か哀しげに思えた。

 何故、と訊くことは出来なかった。
 フォードの肌に刻まれた鮮やかな情事の跡が、『お前に訊く権利はない』とそう語っているような気がして、ただ誘われるままに哀しげなその身体を抱いた。

 かつては、『暗殺人形』と呼ばれていた男――。
 掴みどころのないこの男の過去を知った時、驚きを隠せなかった。
 リルベ地方最大の地下組織において最も優秀であった暗殺者(アサシン)、それがフォードの過去であった。どうやって暗殺者(アサシン)になったのか、そしてまたどうして足を洗うことが出来たのか、すべては謎のままだ。だが――、

(あの男は、すべて知っている……)
 そう考えると、ハサードは胸の奥に何かが渦巻くのを感じた。

 フォードの過去を知る男、“ザイン”。
 そしておそらくは、あの夜、フォードの肌に情事の跡を刻んだ男。

(あの男には、声を聞かせるのだろうか……?)
 ハサードの中で、何かがどくんと音を立てる。


「聞かせろよ……っ」
 切羽詰ったようにそう声にして、ハサードはフォードの首元に噛み付いた。未だうっすらと残っている所有の跡をきつく吸い上げる。その全てを自分のものにしたくて、ハサードは次々と新たな華を咲かせていった。
「……ふっ、」
 フォードの口から吐息が零れる。
「あんま、無理させんなよ……?」
 フォードのその台詞と左胸を覆う痛々しい包帯に、ハサードはちくりと胸が痛むのを感じた。それでも高まる欲望と渦巻く感情を抑えることは最早困難だ。
「…………あんた、身体は?」
 気遣うようにそう問い掛けながらも、露になっている右胸の突起へと唇を滑らせていく。
「安心しな。無理なら誘わねぇよ……」
 白い喉を反らせながら、フォードはそう笑った。
 一回り痩せてしまった身体と白くなった肌の何処に『安心』できるのかと内心そう思いながらも、ハサードは小さな溜息とともにフォードの身体を開いていった。

 細い月が微かな光を降らせる中、フォードの身体中に愛撫を施す。その間もフォードの口から声が漏れることはなかった。
 どうやら感じていないわけではないらしい。下着の中へと指を滑らせるとフォード自身の高ぶりを感じることが出来た。そっと手を添えるとフォードの身体がぴくりと反応する。
「……不感症、というわけでもないのに、」
「はっ、感度は悪くねぇらしいぜ?」
 上がる吐息の中、フォードがそう答える。
「……そろそろ声を聞かせてもらおうか」
 そう宣言してハサードは寝台の隣にある棚から小瓶を取り出した。その行動を薄茶色の瞳で一瞥し、フォードがくすりと笑みを零す。
「薬使っても、声は上げてやんねぇぜ?」
「……使わねぇよ」
 そう返答し、ふとその意味を考える。
「って、使われたことあるのかよ?」
「言ったろ、経験豊富だって」

(……相変わらず、食えない奴……)
 改めてそう思いながら、ハサードはフォードのしなやかな両脚を拡げた。小瓶の蓋を開けて、フォードの秘部へと香油を垂らす。
 そうして負担を掛けないように慎重に入口を解しながら、ハサードはそっと指を差し入れた。
「つらかったら、言えよ」
 無駄だと思いながらも、ハサードはそう声を掛けた。
「あ、それ無理。いきなり突っ込まれても悲鳴上げねぇ自信あっから」
 飄々とした声で、フォードがそう答える。
「……可愛げのねぇ」
「野郎に可愛げがあってたまるか」
 そう答えて、フォードはもう一度笑った。
 わざと大きく溜息を返し、フォードの中に入る指の数を増やす。敏感な内壁を擦り上げると『感度が良い』身体はびくんと跳ね上がった。
「ここが、いいんだろ?」
 フォードの身体が一際反応する場所を見つけ出し、指先で執拗に攻め立てる。
「身体は正直なのにな」
 そう言って、ハサードはもう片方の手で中断していたフォード自身への愛撫を再開させた。
「……ふっ、」
 短い吐息を落とし、フォードが白い喉を反らせる。視線を上げると、唇を噛み締めて息を詰め瞳を閉ざすフォードの表情があった。
 息を堪えたまま、上り詰めたフォードが身体を震わせる。

(……綺麗だ)
 ふと、そう思う。

「イク時くらい、声上げねぇ? ふつう」
 ハサードの手の中に精を放ち、長い息を吐くフォードにそう声を掛けると、
「こんくらいの愛撫じゃ、声上げるのも勿体ねぇ」
 イった直後だというのに飄々とそう悪態を吐いてくる。

「絶対に声を上げさせてやる」
 そう宣言して、ハサードは自分自身をフォードの後蕾に宛がった。
「……来いよ」
 ほんの一瞬だけ身体を強張らせ、吐息とともに全身から力を抜いて、フォードはそう答えた。
 薄茶色の瞳がハサードを見上げる。

「……ッ!」
 細い腰を掴み、一気に引き寄せて根元まで押し入ると、フォードが堪らず身体を反らせる。そして無理矢理息を吐くようにして、フォードはハサードの侵入を受け入れた。
「……っ、てめぇ、ちったぁ、加減しやがれっ」
 苦しい息の中、フォードがそうぼやく。
「加減できねぇようにしてんの、あんたじゃねぇか」
 そう答えて、ハサードはフォードの腰を掴む手に力を込めた。負担を掛けないように腰を抑え、香油の滑りの助けを受けて慎重に腰を動かしていく。

 乾いた風の音に混じって香油の滑る音だけが響いた。

 蠢くように締め付けてくるフォードの感触に何度か意識を攫われそうになりながらも、ハサードはフォードの表情を見つめていた。
 薄く開いた唇から浅い吐息だけが止め処なく零れていく。声が漏れそうになると唇を噛み締め、寝布を握る指先に力を込めて、フォードは耐えているようであった。

 どうあっても声を聞かせたくはないらしい。

「俺には、声を聞かせたくねぇのかよ?」
 その問いに、フォードが閉ざしていた瞳を開いた。
「……わりぃ。……そう、躾けられちまったんでね……」
 余程情けない顔だったのだろうか、意外なことに見上げたフォードが申し訳なさそうにそう言葉を返してきた。
「躾けられた?」
 さらりと告げられたその言葉に、思わず声が荒がる。
「誰に?」
 答えてくれるはずもないが、そう問い掛けると、
「教えてやんねぇ」
 予想通りの答えが返された。

 1つ舌打ちして腰を抑え込み、最奥まで突き上げた。そのままフォードの背を抱えるようにして膝に抱き上げ、ハサードはより深くフォードの中へと侵入した。目の前の案外綺麗な顔にほんの少しだけ苦痛の色が浮かぶ。

 だが気が付けば、細いその身体を強く抱き締め、何度も何度も激しく掻き抱いていた。


「……“ザイン”とかいう奴か?」
 何度か躊躇した後、その名前を口にした。為すがままに身を任せていたフォードの身体が強張る。
 見つめるハサードの瞳の中、笑みを無くした薄茶色の瞳がハサードを見つめていた。
「――違う」
 小さな声で、フォードがそう否定する。
「ザインじゃねぇ」
 もう一度そう言って、フォードは瞳を伏せた。

「でも、この跡はそいつが付けたんだろ?」
 フォードの肌に残る消えかかった跡を辿ると、フォードが眉を顰める。
 そして、
「……声が聞きてぇんだろ? 聞かせてやる」
 そう言って、フォードは自ら腰を揺らめかせた。
 噛み締めることを止めた唇から声が零れ始める。

(……これ以上踏み込むなというわけか……)
 ほんの一瞬だけ見えたフォードの真実を抉じ開けたいという気持ちも湧き起こる。でもそれが不可能であることも、ハサードにはよく判っていた。
(今は、これ以上は無理か)
 扉を抉じ開けることは諦めて、フォードの身体を開くことに専念する。
「聞かせてもらおうじゃねぇか」
 そう言って、ハサードはフォードの感じる場所を突き上げた。

「……あっ、……っ、」
 熱い吐息とともに、微かに零れるフォードの声。
「あ、……んっ、あ、あ、」
 抑えることを止めたその声はあまりにも扇情的で、その声に煽られるかのようにハサードは急速に高まっていった。
「あ、……あっ、……ハサー、ド……ッ、……も、イク……ッ、」
 耳元でフォードがそう煽る。その声にぞくりと身体を震わせてハサードはフォードの中に欲望を吐き出した。
「……随分と、早えぇじゃ、ねぇか……」
 笑みを浮かべてそう悪態を吐き、
「……あ……ッ、」
 フォードがまた掠れた声を上げる。
 そして、人を喰ったような薄茶色その瞳に、ほんの少しだけ複雑な色を加えて、
「……あん時、」
 そう、ほんの一瞬だけ、
「死んでも構わねぇと、そう思った……」
 真実らしい言葉を吐いて、フォードも欲望を放った。


 ふうっと息を吐いて、フォードが寝布の上に崩れ落ちる。無理をさせたその身体を見下ろしてて、ハサードは1つ大きく深呼吸した。


 言わなくてはならないことがあった。

 でも、さっきの反応を見る限りそのことを伝えるとフォードは此処からいなくなる――。
 それは、予想というより確実な未来のように思われた。

 それでも――。


「来たぜ、ザインとかいう奴」
 その言葉に、寝台にぐったりと横たわっていたフォードがぴくりと反応する。
「どうやってあんたの所在を突き止めたのか、知らねぇけど」
 うつ伏せたままのフォードの表情は見えない。

 だけど、きっと――。

 色違いの瞳に、フォードの背中を映す。
 それは、正面から見る笑顔よりもずっとフォードの真実に近いような、そんな感じがした。

「……あんたに会いたい、てさ」
 その背中を見つめたまま、1つ大きく息を吸い込んでハサードはそう告げた。

 フォードからの返事はなかった。


 翌朝、フォードはその部屋から、姿を消した――。
                                ……Fin.




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