Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 拘束 


 ――気を失っていた……?

 薄暗い部屋の中、フォードは色素の薄い茶色の瞳を開いた。

 ――不覚にも程がある。今まで、一度たりともこんなことはなかった……。

 昨夜、この街シーランスでハサードに再会した。
 追い掛けてきた、とそう告げるハサードに、不思議と驚きは少なかった。
 予想していたのかも知れない。もしかして、何処か期待していたのかも知れない。

 ――はっ、情けねぇ。何をやってんだか……。

 気が付けば、ハサードの腕の中にいた。抱かれていた。
 そんなことをして、身体中に残る陵辱の跡に気付かれないはずがなかった。ハサードという人間は、愚鈍な人間ではない。むしろその逆だ。

 ――たぶん、気付かれたな。

 そう直感する。
 だから、ハサードはザインの名を口にしたのだろう。

 ――で、この有様か。

 動かそうにも、手首はしっかりと縛られていた。纏め上げられたその両手は、ご丁寧に寝台の端にしっかりと固定されている。
 気を失っていた時間はそんなに長い時間ではないはずである。その証拠に、窓から見える月の位置もさほど変わってはいなかった。着衣も乱れたままその上に寝布を掛けただけの姿だ。
 つまり、だ。ハサードの腕の中で意識を失くした僅かな時間にしっかりと拘束されてしまったわけである。

   ――さて、

 視線を巡らせると、足元の椅子に腰掛けたまま、こちらの様子を凝視しているハサードと目があった。印象的な色違いの瞳が、全てを捉えようと見据えている。


 この肌に残る陵辱の跡が何なのか。
 そして、ザインとの関係――。

 その全てを明らかにしようとするつもりだろう。


「目ぇ、覚めた?」
 かたん、と椅子を蹴り倒して、ハサードは寝台の上に膝を乗せてきた。
「……随分と、いい趣味してんじゃねぇか」
 縛られたままの手をくいくいっと動かしながらそう答えてやる。口元に浮かべてやった笑みが気に食わなかったのだろう、見下ろす色違いの瞳が不機嫌そうに細められるのが判った。
「あんた、少しは驚いたら? 今のあんたを生かすも殺すも俺次第なんだぜ?」
 いつもより若干低くなった声で、ハサードはそう念を押した。
「何だ、殺してぇの?」
 口元に笑みを浮かべたまま、事も無げにそう答えてみる。
「……違う」
「じゃあ、犯し足りねぇってぇの? 気を失うまで抱いといて?」
「違う!」

「……なら、却下だ」
 そう告げてやると、真っ直ぐに見据えたままの色違いの瞳が一段と険しくなるのが見て取れた。

 ――馬鹿らしい。
 いつものように、適当にはぐらかしてしまえばいいのに……。

 どうにも上手くいかない。
 これでは、核心に触れてくれと言っているようなものだ。

「……これ以上、あんたが傷つくの、見たくないんだ」
 案の定、その台詞が搾り出されるようにハサードの口から零れた。
「何処も傷ついちゃいねぇよ」
 そう答えてみても、それが意味のないことは良く判っていた。

 ザインの駒になる、そう決めた。
 必要ならば、この身体を差し出すこともこの手を再び紅く染めることも厭わない。
 何でもないことだと、そう思っていた。

「あんた、傷ついてんだろ?」
 ハサードの言葉が核心を突いて来る。
「全部、俺に晒してみろよ」
 強く抱き締められると、胸の奥がずきん、と痛んだような気がした。

「……冗談じゃねぇ」
 気がつけば、そう吐き捨てていた。

 そう、全くもって冗談じゃない。
 振り回される。掻き乱される。

「じゃあ、あんたの身体に訊いてやる」
 ぎしっと寝台が軋む音が聞こえた。
「……訊いてみろよ」
 煽るように片膝を立ててやる。掛けられただけの寝布がするりと滑り落ちるのが判った。晒された内腿にひやりとした空気を感じる。
 ハサードが小さく舌打ちする音が聞こえた。


「う……ッ、ん!」
 内腿を拡げて、ハサードが侵入してくる。
 縛られたままの手は動かすことが出来なかった。腰を抑え付けられては身を捩ることすら満足に出来ない。

 馬鹿なことをしている、その自覚はあった。

 両腕を拘束されたままの体勢で抱かれることが、どんなにきついかも知っていた。

 ――それなのに、俺は何をしているのだろう……?

「……フォード……、」
 すぐ傍で、ハサードが名前を呼んだ。

 ――何だってんだ。そんな切なそうな声、出すなよ……。

 だめだ、そう確信する。
 この男に、捉われてしまう。

 ――らしくねぇ……。

 寝台が軋む音が聞こえた。自分の中でハサードが動き始めるのを感じる。
 これまでに何度抱かれただろう。身体がハサードの形を覚えつつあることに苦笑した。流されまいと閉ざした瞳の代わりに他の感覚が総動員でハサードを伝えてくる。揺すぶられる度に身体中が総毛立った。

「……んッ、」
 驚くくらい呆気なく上りつめてしまう。
 同時にハサードを銜え込んだ場所が小さく痙攣した。ハサードが中で放つのを感じる。それだけでまた身体がぞくりと粟立った。何かが脊髄を駆け上っていく。
「は……ぁ……ッ、」
 開いた口から吐息とともに小さな声が零れてしまったことに自分でも驚いた。慌てて吐息ごと声を呑み込む。
「感じてんだろ?」
 その変化を見逃してはくれない声が、そう問い掛けてきた。
「……あんた、結構敏感だからな」
 耳朶を噛みながらそう囁かれると、首筋がぞくぞくと粟立った。中心が熱を持ち始めるのを感じる。同時に中に挿入ったままのハサードが大きくなるのも感じ取れた。
「はっ、てめぇこそ、いいんだろ? 俺ん中は……、っん、」
 大きくなったハサード自身が感じる場所に当たる。思わず上がりそうになる声をかろうじて堪えた。

「……あんた、誰に、抱かれた?」
 一瞬動きを止めて、ハサードがそう問い掛けてきた。
「簡単に、答えると思ってんのか……、」
 視線を外しながらそう答えると、ハサードはゆるりと腰を揺らめかせた。
「……っ、」
 中に残る精液がぐちゅぐちゅと卑猥な音を立てる。

 焦らされる、とそう覚悟していた。
 両手を拘束されていてはさしたる抵抗も出来ない。自分でイクことも出来ない。
 そして、イキたいのにイカしてもらえないことがかなりの苦痛を伴うことも知っていた。

 だが、
「思ってねぇよ」
 ぶっきらぼうにそう答えると、
「あんただからな」
 そう付け足し、ハサードは先程より激しく腰を動か始めた。最も感じるその場所を的確に突き上げ、一気に高みへと連れて行こうとする。

「は、あッ、」
 引き抜かれると、内壁が蠢いてハサードを追い掛けた。
「……んんっ、あ!」
 間を置かず、今度は内壁を擦り上げて、ハサードが奥まで挿入ってくる。
 隙間なく埋め込まれると、喉元まで突き上げる何とも言えない圧迫感が伝わってきた。次第に激しくなる律動に身体が震えた。知らず声が漏れる。
「は、あ、……あ、……っん、あ、っ、」
「どうした? あんたにしちゃ、やけに、サービス良くねぇ?」
 弾む息の中、ハサードの声が聞こえた。
「でも、こうしていても、あんた、俺のもんだ、って気がしない……」
 その声は、やはり何処か切なそうな声だった。
「あ、んんっ!!」
 極まる直前、ハサード自身を強く締め付ける。
 薄く瞳を開くと、眉を寄せて達するハサードの表情が見えた。
 その顔は、何だか泣き出しそうに思えた。


「1つだけ、教えてやる……」
 何度か呼吸を整えた後そう切り出すと、驚いたようにハサードが顔を上げた。
 見つめてくる色違いの瞳があまりにも真剣で、堪らず視線を反らす。そうして1つ深呼吸して、用意した言葉を口にした。

「俺は、ザインのもんだ。……今までも、これからも、な」

 ハサードが、ぎりっと唇を噛み締める音が聞こえた。

「…………何でだよ。あいつ、あんたの何だって言うんだ……」
 長い沈黙の後、ハサードがそう問い掛けてくる。

 何故だろう。答えてやらなくてはならない、そんな気がした。

 もう一度大きく深呼吸して、言葉を続ける。
「『暗殺人形』と呼ばれたこの俺が、たった1人だけ殺し損ねた奴がいる。そん時の代価にザインは片目を失った。ザインには償いきれねぇ借りがある」
「だからって……」
「で、そん時殺し損ねた奴ってぇのが、」
 ハサードに視線を向ける。7年前の光景が重なる。

「カルハドール王国第9皇子、つまり、てめぇだ」

 ハサードが息を呑むのが見て取れた。
 ふうっと大きく息を吐いて全身から力を抜くと、少し汗を含んだ栗色の髪が幾らか揺れた。

「付け足すなら、俺はそのことを後悔してるぜ?」
 追い込むようにそう言葉にする。
 そうして、戒められたままの手首へと身体を引き寄せた。そのまま後ろ襟に忍ばせた刃物を手にすると、今度は素早い動作でその縄を切り裂いた。手首を戒めていた縄がぱさりと落ちる。

「じゃあな、ハサード」
 1つ息を吐いて、動揺を隠せずにいるハサードにそう別れを告げた。
「……待てよ」
「いーや、待たねぇ」
 とんっと立ち上がって、ハサードと距離を取る。
 印象的な色違いの瞳がこっちを見つめていた。薄茶色の瞳にその様子を刻み付ける。そして素早い動作で窓辺へと歩を進めた。

「……忘れてくれ」
 窓に手を掛け、いつもの笑顔を浮かべてみせる。
 窓の外には暗い街が見えた。その暗闇に身を預けるように窓から身体を翻す。

 無理を強いた身体のあちこちから痛みの悲鳴が聞こえた。
 でも、何故だろう。
 胸の奥が、一番痛んだ。



 暗い街を駆け抜けて、その部屋に転がり込んだ。
「……フォード」
 ザインが眉を顰めるのが見える。
 それに返事はせず、奥にある寝台へと崩れ込んだ。
「どうした、随分と遅かったじゃねぇか」
 ザインが近付いてくる。
「あー、抱くんなら後にしてくんねぇ? 眠ぃ……」
 両手を顔の前で組んでそう答えると、ザインの指に襟元を肌蹴られた。陵辱の跡を確認していくザインの視線を感じる。
「判ったろ? 疲れてんだ……」
 手を除けて、笑顔でそう答えた。
「そのようだな。……どうした、坊やがキレたか?」
 手首に残る縄の跡に触れながら、ザインが問い掛けてくる。
 相変わらずの千里眼ぶりには溜め息を落とさざるを得なかった。
「可愛いだろ? こんなんで俺を縛れるとでも思ってんだぜ?」
 くすくすと笑みを零すと、ザインも口元に笑みを浮かべた。
「そいつは無駄な努力だな」
「だろ?」
「ああ。とっくの昔に捕まえてるってぇ、坊やは気付いてねぇのか……」

 ――何だと?

 聞き捨てならないその台詞に、ザインを見上げる。

「てめぇも気付いちゃいねぇのかよ?」
 口に咥えた煙草を外し、ザインはふうっと紫煙を上げた。
「観念しな。てめぇはあの坊やに捕まってるぜ? 7年前のあの日からな」

 ザインの言葉が脳裏に響く。

 判っていた。
 でも、認めたくなかった。

「……2度と会わねぇ」
 寝返りを打ちながら、ぽつりとそう呟く。

 胸の奥の痛みが、強くなったような気がした。
                                ……Fin.




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