Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 LOVE SONG 


「……この歌、恋歌だったんだな」
 寝台の上、重たい身体を起こしながらフォードはそう呟いた。低音の歌声が止まる。
 その歌声の主は、ソファに腰掛けたまま慌てる素振りもなくゆっくりとフォードへと視線を向けた。
「わりぃ。俺、落ちてた?」
 ザインの視線を受け止めながら、フォードが笑みを浮かべる。
「ああ。無理をさせたな」
 短く答えて、ザインは手にした煙草を口に運んだ。

 2人の視線の間を、紫煙が流れる。

「愛してる、だから、傍にいらんねぇ、って、切ねぇ歌……」
 先程ザインが口ずさんでいた歌詞の内容を振り返りながら、フォードは寝台の端に足を下ろした。
 遠い昔のことだ。今いるこの場所、つまり自治都市シーランスにある地下組織にフォードがまだ所属していた頃、一仕事終えたザインがよく口ずさんでいた歌。
「今の今まで恋歌だってことすら知らなかったぜ」
 当時の仕事は、『暗殺』であった。
 リルベ地方最大といわれる組織にあって、1、2を争う腕を持つ『暗殺人形』。それがフォードの過去である。そしてザインが片目を失った一件以来足を洗い、フォードは組織を後にしていた。一方、ザインはというと、その後この組織の長にまで上り詰めていた。
「てめぇはまだガキだったからな」
 煙草を消し、ザインが立ち上がる。そのまま寝台へと足を運び、ザインはフォードを見下ろした。
「切ないって言葉を覚えたか……」
「俺も大人になったんでね」
 その言葉の奥に隠された真意に気付かない振りをしながら、フォードは人懐こい笑顔を浮かべた。そのまま気だるそうに片手をザインの後頭部へと伸ばし、ザインの身体を引き寄せる。
「じゃ、再開、と行くか」
 寝台の上、もつれ合いながらフォードは羽織っただけの服を脱いだ。身体を滑らせ、ザインのベルトを外しに掛かる。

「坊やが泣くぜ?」
 その言葉に、フォードは一瞬動きを止めた。
 だが、
「……泣かねぇよ」
 間を置いてそう答えると、動きを再開していく。
「でも、愛してるんだろ?」
「……何が言いてぇわけ?」
 そう声にしてフォードは顔を上げた。見下ろすザインと視線が絡まる。

「へぇ、いい表情(かお)、出来るようになったじゃねぇか……」
 それには答えず、フォードは身体を滑らせた。既に硬くなりつつあるザイン自身を口に含み、愛撫を施していく。
「あの時、言ったはずだ……」
 小さくそう呟き、フォードは上体を起こした。ザインの上に跨る格好でザイン自身に手を添える。
 そして、
「ん……っ」
 小さく息を詰め、フォードは自分の中にザイン自身を沈めた。何とか全てを飲み込んだ後、両手で上体を支えてフォードは薄茶色の瞳にザインの姿を映した。

「俺に出来ることなら、何でもする」
 忘れることの出来ない、遠いあの日と同じ台詞を同じ眼差しで、フォードはそう声にした。
「……なら、出て行け」
 あの日と同じ台詞で、ザインも答える。

 一瞬の間を置いて、くすくすとフォードが笑う。
「行かねぇよ。……さ、楽しもうぜ?」
 最後にそう言葉にして、フォードは腰を揺らめかせた。声を殺した吐息だけを漏らしながら性急に上り詰めていく。


『俺を使え。お前の手駒だ。暗殺人形にでも、男娼にでもなってやる』
 突然やって来たフォードがそう啖呵を切ったのは、ひと月前のこと。
 実際、ブランクを感じさせないその有能さは、瞬く間に敵方に恐怖と戦慄を覚えさせた。

 だが――。


「……んっ」
 小さく息を詰めて、フォードが崩れ落ちる。
 小刻みに震えるフォードの中に性を放ち、ザインは深い溜め息を落とした。1つしかない瞳に、フォードの肌に残る傷跡が映る。


「てめぇに、この世界は似合わねぇよ」
 再び意識を手放したフォードに背を向け、ザインはそうぼやいた。
 ソファに深く腰を沈め、紫煙を立ち上らせた後、夕暮れの街で見掛けた存在を思い出す。

 印象的な、紅と翠の、色違いの瞳――。
 カルハドール王国第9皇子、ハサード=リュイ=カハドゥム。

「頑張れよ、坊や」
 紫煙がザインの視界を遮る。
「手強いぜ、フォードは」
 そう付け足して、ザインは1つ息を吐いた。

 薄暗い部屋の中に、紫煙とともに、低音の切ない恋歌が途切れがちに流れた。
                                ……Fin.




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