Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 突っぱねた腕の弱さ 


「やっと、見つけた……」
 あまり品が良いとはいえないその通りで、人混みに混じるその青年の姿を、ハサードは色違いの瞳に捉えた。

 この人探しには、随分と苦労した。
 ハサードがこの街シーランスに来てから、既にひと月が経とうとしていた。

 もともと、フォードはあまり存在感がある方ではない。というより、これまでの経歴がフォードに存在を消す習慣を付けたという方が正しいのかも知れない。いずれにせよ、栗色の髪と薄茶色の瞳といった全体的に色素が薄いその外見と同様に、フォードは存在感が希薄な人物であった。
 それでいて、人を食ったような人懐こい笑顔だけは妙に印象に残る。

 かつては、『暗殺人形』と呼ばれた男――。

 それがフォードである。
 自治都市シーランスの裏の顔、リルベ地方最大の地下組織にあって最も優秀な暗殺者(アサシン)であったという。人懐こいその笑顔を見る限りその経歴は真っ赤な嘘で両親に愛されて育った一介の青年だと、そう思い込みたくもなるのだけれども。

 裏の世界には相応しくないんじゃないか、とそう思うこともある。
 それでいてふとした仕草に裏の世界を感じさせることがある。

 全くもって、掴みどころのない男。


「フォー……」
 そう声を掛けようとして、ハサードは躊躇した。
 暗い空を見上げるフォードの表情に言葉を失う。

 ――何て表情(かお)してやがる……

 普段は決して見せることのない表情(かお)。
 いつもの人懐こい笑顔ではなくて、人を食ったようなふざけた表情でもなくて、ただ静かに空を見上げている。

 “つらい”とも“哀しい”とも告げようとしないその表情が、胸に痛かった。


「――よう」
 ハサードの視線に気付いたフォードが振り返る。片手をひらひらさせるその表情はいつもの人懐こい笑顔そのもので、ハサードは小さく溜め息を吐いた。
「ハサードじゃねぇか」
 笑顔のまま、フォードが近付いてくる。
「どした? もしかして俺を追っかけて来たとか?」
「……そうだと言ったら?」
「困る」
 即答し、そうしてフォードはハサードの首に腕を回した。

「ちょっと付き合わねぇ?」
 耳元でフォードがそう囁く。
 それが何を意味するのか、ハサードにも何となく判ってはいた。
「あの店なら付き合ってやる」
 そう答えて、ハサードはいわゆる“連れ込み宿”を指差した。ちらりと視線を送り、フォードが笑みを浮かべる。
「俺、高いぜ?」
「言い値で買ってやる」
「はー、これだからぼんぼんは……」
 相変わらずの軽口を叩くその口をハサードは唇で塞いだ。ほんの少し抵抗しようとして腕を伸ばし、フォードは力を抜いた。


「……抱かれたいのは、あんたの方だろ?」
 薄暗い宿の一室。狭い寝台の上にフォードの身体を組み敷きながら、ハサードはそう言葉にした。
 “地雷”なのは判っていた。
 何もかも承知の上で、互いに気付かない振りをしながら肌を合わせる、それでも良かった筈なのに、時折何かに抵抗しようと伸ばされるフォードの腕が何処か弱々しく思えて、口にせずにはいられなかった。
「そうだとしても、びた一文負けてやんねぇぜ?」
 そう答えて、フォードが笑みを浮かべる。

 ――相変わらず、何を考えているのか判らねぇ。

 “地雷”が不発に終わったことに溜め息を落としながら、ハサードはフォードの釦を外そうと指を掛けた。その手の動きをフォードが制する。
「このままで」
 短くそう言い、掴んだハサードの手を下穿きの中へと促していく。
「早く、来いよ」

 ――見せたくないってわけか。

 肌蹴たシャツの下は想像出来た。
 小さく舌打ちして、ハサードはフォードの内腿へと手を伸ばした。相変わらず感度の良いその身体がぴくんと跳ねる。
「……つッ、」
 後蕾へと指を滑らせると、フォードの眉が一瞬だけ顰められた。
「……?」
 表情を変えることのないフォードの微かな変化に何処か不安を感じ、ハサードはフォードの両脚を抱えた。
「……見せてもらうぜ?」
 その台詞の意味に気付いたフォードが、慌ててハサードの身体を引き剥がしに掛かる。
 この男が慌てるところを見るのは、初めてのことだった。

 身体は見せたくない、でも抱かれて何かを紛らわせたい。
 頭の回転が良さそうなこの男が、そんな簡単な矛盾に気付かない筈がない。

 ――それほど追い込まれているのか?

「はっ、情けねぇ……」
 ハサードの身体を突っ撥ねるフォードの手が微かに震えている。
「平気だと、そう思っていた……」
 声も微かに震えている、そんな感じがした。
「でも、どうやら、てめぇには見られたくねぇらしい……」
 独り言のようにそう呟き、フォードはふっと笑った。次の瞬間、薄暗い部屋が暗転する。
 フォードが放った短剣が部屋に灯された蝋燭を消したのだと理解して、ハサードは息を吐いた。

 ――俺には、見せたくねぇ……?

 そう告げたフォードの真実は何処にあるのか、知りたい、とそう思った。

 そっと指を滑らすと、腫れ上がったフォードの後蕾に触れた。

 ――何があった……?

 ちっと舌打ちを吐いて、フォードの腕を捩じ上げる。馬乗りになった格好でフォードを見下ろし、乱暴に釦を飛ばして、ハサードは片手を翳した。そのまま低い声で呪文を詠唱すると、その手の中に真紅の炎が燃え上がる。
 そして、ハサードの色違いの瞳の中、揺らめく炎に照らし出されたフォードの身体にはひどい陵辱の跡が刻まれていた――。

 言葉を無くしたハサードにフォードが小さく息を吐く。そしてすぐにいつもの笑顔を浮かべた。
「驚くなよ、坊や。この街じゃ、日常茶飯事だぜ?」
 そう言って、抑え付ける力が緩んだハサードの腕から抜け出した両手で、フォードはハサードを抱き締め、あやす様にその背中をとんとんと叩いた。
「……坊やには刺激が強過ぎたな。悪かった」
 そう詫びると、フォードはハサード自身へと指を伸ばした。
「責任は取ってやっから」
 身体を滑らせ、ハサード自身を口に含む。

 再び暗くなった部屋に、淫猥な音と微かな吐息がだけが響いた。
 薄い壁の向こうからも絶え間なく嬌声が聞こえてくる。

「少しだけ、我慢しろよ……」
 そう言って、フォードは潤滑油の力を借り自らの指で後蕾を拡げながら、ハサードの中心へと腰を沈めた。寝台に横たわるハサードの上に馬乗りになった格好でハサードを受け入れる。
「……っ、……ふ、」
 全てを飲み込み、フォードは長い息を吐いた。
「……もう、動いても、いいぜ?」
 少し息を整えてから、フォードはそう声を掛けた。動揺を隠せないままの色違いの瞳を薄茶色の瞳で見下ろす。
「気にすんなって言っても、てめぇには無理か……」
 そうぼやくと、フォードは自ら腰を揺らめかせた。

「……何があった? フォード」
 幾らか躊躇した後、ようやくハサードはフォードにそう問い掛けた。
 フォードの中の感触に追い立てられながら、両手でしっかりとフォードの身体を支え、少しでもその負担を軽減しようと試みる。
「言わねぇ……」
 フォードの口から返された言葉は、やはりハサードの予想を裏切ることはなかった。
 ちっと舌打ちを返し、繋がったままの状態でハサードが上体を起こす。そして両腕でフォードの身体をしっかりと掴まえると、ハサードはフォードの中へと突き上げた。
 ハサードの腕の中で、フォードが息を詰める。
「えらく乱暴にされたようじゃねぇか?」
「……っ、そう思うなら、てめぇは優しくしやがれ……ッ」
 荒い息の中、フォードがそうぼやく。
「乱暴なのがお好きなのかよ? ザインって奴は」
 その言葉に、フォードは両腕でハサードの褐色の胸を突っ撥ねた。
 薄茶色の瞳がハサードを見据える。
「てめぇ、何度言ったら判る、ザインじゃねぇ」
 そう言いながらも、突っ撥ねるフォードの腕は何処か弱々しく感じられて、ハサードはそれ以上言葉を続けることが出来なかった。
 ただ、黙ったまま奪うようにフォードの身体を貪る。

 痛みも、苦しみも、全部奪い去ることが出来たらいいのに――。

 ふとそんなことを考えてみたが、それが無駄であることはハサードも十分承知していた。
 フォード自身がそんなことを望んではくれないのだから。

 一際奥へと突き上げ、フォードの中に精を放つ。
 少しだけ身体を震わせ、微かな声とともにフォードも欲望を放った。

 その直後、フォードの身体がふっと崩れ落ちてくる。
 初めてのことだった。
 張り詰めていた何かが切れたのかも知れない。慌てて抱き止めたフォードは完全に意識を手放していた。


 ザインとかいう男を許すことは出来なかった。

 フォードの言うとおり、フォードを陵辱した男がザインではないのだとしても――。


 シーランス最大の地下組織、その長を務める男が、自分に会いに来たはずのフォードが陵辱された事実を知らないはずがない。
 それどころか、ザインが支配するこの街で行われたことであるならば、ザインが一枚噛んでいると考える方が納得できるように思えた。

 そして、何より頭のいいフォードが、『ザインが一枚噛んでいる』、その可能性に気付いていないはずがなかった――。
                                ……Fin.




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