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その日は、月のない夜だった。
深い暗闇が、閉ざされた部屋を占拠していく。
品の良い調度品に囲まれた、狭い空間。その美しい空間に見事に調和して佇む少年の美貌は、何にも増して際立っていた。
闇夜にも鮮やかな美しい青灰色の瞳。
風が揺らす蒼く艶やかな黒髪。
抜けるような白い肌。
その少年、ロイは、真っ直ぐに背筋を伸ばして、ただ静かに自らの左手を見つめていた。
「刻が満ちる……」
流れるような口調で呟いたその台詞は、闇の中に吸い込まれるように消えていった。
雪で閉ざされた北の果て。
そこに『セレン王国』は存在した。
特殊な事情を抱えたこの国には、未だに伝説が色濃く受け継がれている。
この世を闇に変えた魔獣ザィア。それを封印した、初代王ディーンと4つの精霊石。
セレン王国は、約4千年もの間、伝説を、ディーンの血筋を、精霊石を、受け継いできた国なのである。
「……精霊石、か」
自らの左手を見据えたまま、感情を押し殺した声でロイはそう呟いた。
それが実在するものであることは、自らの中に流れる血が知っていた。
伝説と呼ばれるものが紛れもなく真実であることも。
そしてあと数時間の後に、自分もそれを受け継ぐ者になる。
『いいですか、ロイ。遠くない将来、セレン王国建国以来、はじめて4つの精霊石が揃います。すでに運命の歯車は回り始めている……』
母が、幼い自分を抱き寄せながら、何度も語った話。
先読みの血筋である彼女の言葉は、生前一度も違えたことはなかった。
『ロイ、愛しい我が子。貴方は手にする石を守らなければならない。……でも、貴方が背負う運命に神の祝福がありますように。どうか……』
母は涙を流しながら、最後まで告げることはなかった。
それは、母にも見えない未来だったのか。それとも見たくない未来だったのか。
『よくお聞きなさい。刻満ちるまで、貴方が生まれた日は誰にも明かしてはなりません。それが貴方の運命の鍵になります。……貴方の信じる道を進みなさい。その道に光がありますように』
母との約束。実際今日のこの日まで、その約束を堅く守り続けてきた。
皆が知っている『誕生日』は真実の日の1日後。
そう、あと数時間で運命の日を迎えるという事実を知る者は、今は自分しかいない。
選ばれし者が精霊石を手にする、18歳になる運命の日。
精霊石は、セレン王家に生まれた者全てが必ずしも手にするわけではない。精霊石自身が選んだ正統な継承者にのみ受け継がれると言われている。本来、同世代に数個の石が現れることは殆どなく、母の言うとおり4つの石が揃ったのは建国時、すなわちディーンが精霊石を用いた時のみである。
そして今、4つの精霊石が揃おうとしている。
父が持っていた、水の精霊石。
叔父が持つ、大地の精霊石。
自分がこれから手にするだろう、風の精霊石。
そして――。
美しい青灰色の瞳を閉ざすと浮かんでくるのは、勝気な赤褐色の瞳を涙で濡らしていたアルフの姿。
自分の手で、絶望の底へと追いやった、愛しい存在。
そうして、最後の石の所有者となるであろう存在。
『どうもしないさ。これが、俺だ』
あの日、ずっと握り締めてきた大切な手を離した。
あれからアルフの声は聞いていない。
「……これでいい」
すべては自分の選んだ道。
アルフを守る切り札を手に入れられる自分の運命に感謝すらしている。
『あの子は、自分の精霊石を私にくれるって約束してくれたわ。お前の命と引き換えですって』
数日前、この部屋を訪れたメディナが、楽しそうにそう告げた。
精霊石を渡したら最後、命を奪われることになるだろう。それを理解した上で、自らの命を賭けてそう答えたアルフの想いが胸に痛い。
突き放しても突き放しても、真っ直ぐ向けられる想い。
「ならば、この命賭けて守ってやる。この手にする石を。お前の想いを」
青灰色の瞳に深い闇の色を映して、ロイは静かにその刻を待っていた。
そのとき――、不意に扉が開かれる。
闇に慣れた視線を送ると、扉を背にしたアルフの姿が目に入った。
「……アルフ、」
扉に背を預けたままの姿勢で、アルフが真っ直ぐな視線を送ってくる。
「ロイ。これが最後だ」
低く抑えた声が告げる。
「あの女狐は今、闇呪文を唱えて魔法陣を作っている……」
「……なるほど。そこに封じ込めておいて精霊石を奪うつもりか」
ロイに視線を向けたまま、アルフがこくりと頷く。
「石を手に入れたら、あいつはロイの命を狙うかも知れない」
「……だろうな」
「お願いだ、ロイ。一緒に行こう」
真っ直ぐにロイを見つめたまま、アルフが腕を伸ばしてくる。ロイとの間に距離を取ったまま、ただ意志の強い赤褐色の瞳が訴えるようにロイを見据えていた。
この手を取れ、と。
何度突き放せば、気が済む――?
俺は、何度お前を絶望させればいい――?
青灰色の双眸に氷の微笑を浮かべて、ロイはくすりと笑みを零した。
「そんな危険な賭けには乗れないな」
左手が熱くなるのを感じる。
「もっと確実な方法があるさ」
綺麗な青灰色の瞳に、大きく眼を見開いたアルフの姿が映った。
「……ロイ?」
蒼い光が、次第に大きさを増してロイを包み込んでいく。
「風の精霊石よ。我が名はロイフィールド。我が意志に従い、風を渡れ――」
「ロイっ!?」
「……お別れだ、アルフ」
最後に、消え入るようなロイの声が聞こえたような気がした。
そうして、ロイは姿を消した。
綺麗な笑みを浮かべて。
閉ざされた部屋に、再び深い闇の色が降りてくる。
月のない、静かな夜のことだった。
『セレン王国編』 完。
お付き合い下さり、ありがとうございました(^^)
『セレン編』はその名のとおり、セレン王国のお話です。『精霊石編』でもちらちらお話が出てくるものの、
ほとんど省略してしまったエピソードを書かせていただきました。というわけで何かまとまりのない
(起承転結は全くないですね〜)お話になってしまってすみません(^^;
全8話ともロイの視点からという書き方にしてみました。ロイの屈折した(?)心境、うまく伝わったでしょうか??
では、今回はセレン王国とその住人について少しお話させていただきましょうか。
まず、セレン王国について。
ご存知のとおり、とても変わったお国柄です。四千年前、魔界戦争が終結した後、英雄ディーンに心酔した者たち、
国や家族をなくし、行き場のない者たちが集い、建国された国。初代王はディーンです。
彼が若くして亡くなった後、精霊石を巡る陰謀から逃れるために、王妃セレニエルによって、
北の果ての地へと移ったと言われています。
ディーンについて。
『精霊石編』のプロローグに登場したことがあるキャラです。ああ、あと『出会い』の中でも、思わせぶりに語られていますねー。
魔王ジルバスクとの関係はどうなんでしょう。うふふ。彼は正体不明の英雄さまです(笑)。出自は全く不明。
で、世界が闇に閉ざされた後、何処からともなく現れて、魔物を封じていった英雄です。最後は見事魔獣を封印することに成功して、
伝説の人となったわけですねぇ。代償に若くして亡くなりますが。いずれ書きたいお話ですvv
セレニエルについて。
彼女は実はエルフの王の娘です。え、ということはロイの遠い祖先はエルフの血が流れているんですねー。
彼女は有能な精霊使い(シャーマン)でもあり、魔界戦争ではディーンに同行しました。
ロイ(ロイフィールド)について。
今回は彼のお話でした(^^; ええ、書くの苦しかったです。高瀬的には一番好きなキャラですが、
同時に一番書き難いキャラでございます…。今回は設定が16〜17歳(最後の一瞬18歳になりますが)だったので、
いつもよりは大分若くて素直(?)な設定だったんですが(笑)。苛められるロイはいかがでしたでしょうか?
今回ロイを苛めまくって気が付いたこと。そう、やっぱりジークとセットの方が、苛め甲斐がありますねー。
うふふ。次回作では苛めましょう。(まだ苛めるつもりか(笑)) ロイは国王ミルフィールドの嫡子ですが、
セレン王国では王位継承権は精霊石を持つ者にあるので、今回のお話の中ではダン叔父さんの方が位が上です。
ダン叔父さん、精霊石持っているんですもの。しかし、ロイってばアルフを愛してますねー。えっ? そうは見えない?
困った(^^;
アルフ(アルフィールド)について。
今回、もしかして不幸でした? 彼はダンフィールドの息子であり、ロイの従弟です(知ってるって?)。
今回設定は15〜16歳。相変わらず、まっすぐ一途な少年です(笑)。いい子なのに、ロイと両思いなのに、彼の想いは報われませんねぇ。
アルフ自身は「ロイのためなら命を賭ける」といったところがあるんですが、ロイにとっては「そんなことごめんだ」とのこと。
「愛している」と素直に口に出せる数少ないキャラの一人です(笑)。
ダンフィールドについて。
叔父さん…。鬼畜そのものでした(笑)。欲しいものは全部手に入れる、ある意味男らしい人物です(^^;
でも本当はロイのことを大切に思っていたりする、はずなのですが(笑)。
メディナについて。
今回はちょい役。彼女の過去については外伝に書く予定なので省略。外伝は彼女とダン叔父さんのお話です(笑)。
ミルフィールドについて。
ロイのお父様。もう少し見せ場を作りたかった…。賢王と名高い王様でしたが、不幸な最期でしたね…。
アスランについて。忘れてた(^^;
彼、アルフと結託して、ロイを脱出させようと頑張りましたが…。ロイの意志は固く、拒絶されてしまいましたねぇ。
ロイが心を許している数少ない人物の一人。この後、国内に潜伏して、そっとアルフを見守っていくのでした。
精霊石編に続く(笑)。
また、長々と書いてしまいました(^^; お付き合い下さりありがとうございましたvv
次回作は『邪神降臨編』ですvv ではでは。
高瀬 鈴 拝。