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「ほっせぇ指。そんなんで剣なんか振れるのかよ」
突如頭上からそう告げられ、レイチェルは剣を研ぐ手を止めた。
見上げると、深い深緑の瞳を細めて笑うキースの姿があった。
レイチェルとは明らかに異なる、屈強な身体と漆黒の短髪が、レイチェルの薄紫色の瞳に映る。その姿は、レイチェルが慕って止まない、レイチェルの兄アロウェイにとてもよく似ていた――。
レイチェルが生まれ落ちた時、そのあまりの愛らしさに誰もが“女の子”だと疑わなかったという。代々騎士隊長を務め、男に生まれたなら物心つく前には剣を振るう、そんな家柄にあって、“女の子”の誕生は戦いを好まない母を歓喜させ、厳格な父を落胆させたという。
結局、すぐに“男の子”であることと判ったのだが、それでも父は何故かレイチェルという女名をつけた。その真意はよく判らないが、一度だけ聞いた「本当に女の子だったら良かったのに」という母の言葉は、レイチェルの胸に小さな棘となって今も残っていた。
3歳上の兄アロウェイのようになりたくて、人の何倍も修行を重ね、13歳という異例の若さで騎士叙勲を受けたのが今から6年前、そしてレイチェルは今やセレン王国騎士隊の中でも随一の剣技を持つ人物として謳われている。
それでも、女性も羨むような線の細い身体と綺麗な顔、細い指先は変わることがなかった――。
そうして、その何もかもがレイチェルにとっては煩わしいものでしかなかった。
レイチェルにとって、もう一つの煩わしいもの、それがキース=チェスターだった。
レイチェルの2つ上で騎士隊入隊は同期にあたる。セレン王国において、騎士叙勲は通常17歳以上であり、キースもまたレイチェル同様異例の若さで騎士叙勲を受けた“神童”の一人である。
そして、キースはアロウェイに良く似た、レイチェルが欲して止まないものを持っていた。
屈強な肉体、豪快な剣さばき――。
きっともっと修行すれば、強くなる。
それなのに、キースは剣の腕より素行の悪さの方で有名であった。『遊び人』の二つ名のとおり、夜遊びを繰り返し、あちこちで男を口説いている姿が見られている。男色家であることを公言して憚らず、あろうことか、レイチェルにも誘いの声を掛けて来る。
レイチェルにとって、キースは同期であり、親友でもあり、憧れの対象であり、嫉妬の対象でもあった。しかし、キースにとっては、身体を合わせる、そういう対象にもなりうるのだ。
キースの性癖をどうこう言うつもりは、レイチェルにはなかった。ただ、ふと自分の見た目が違ったならどうだろう、と思ってしまうことがある。
その全てが、レイチェルには煩わしかった。
「……試してみるか?」
細いと言われたその指で剣の柄を握り直し、レイチェルはぶっきらぼうに答えてみせた。
「あー、止めとくわ。洒落になんねぇ」
そう言って、キースは口元に意味ありげな笑みを浮かべた。
実際、レイチェルは昨年の剣術会の優勝者である。体格ではキースの方が勝っているものの、剣を合わせて簡単に勝てる相手ではない。
――もっとも、キースが本気を出したところは見たことがないが……。
そう考えを巡らせていると、突然背後から柄を握る指先ごと大きな手に包まれ、レイチェルは苦笑した。自分とは明らかに異なるキースの指先が、レイチェルの薄紫色の瞳に映る。
「冷てぇ手」
レイチェルの耳元にキースの低い声が届く。
「……ならば、温めてみるか?」
一呼吸置いてそう答え、レイチェルは顔を上げた。細い首を巡らせて、肩越しにキースを見上げる。
驚いたように見開かれた深緑色の瞳が、そこにあった。
「……冗談だ」
キースの瞳を見つめたまま、レイチェルがくすりと笑みを零す。
次の瞬間、
「……冗談で済まさねぇよ」
そう告げるキースの声がレイチェルの耳に届いた時には、無骨な指がレイチェルの髪を掴んでいた。灰色がかったレイチェルの金髪に指を絡めて自分の方を向かせ、キースが熱い唇を重ねてくる。
「……っ!」
そのまま、逃げることを許さず、キースは体重を掛けてレイチェルの痩身を床に押し倒した。レイチェルが腰掛けていた椅子が倒れる音が、夜番用の狭い騎士隊部屋に響く。背中を床にぶつけ、苦痛の表情を見せるレイチェルを組み敷き、抗議の声を打ち消すかのようにキースはその唇を塞いだ。そのまま口腔内へと舌を割り込ませ、レイチェルの舌を引き摺り出してきつく吸い上げる。
「……ふっ、……っ」
呼吸することすら許さない、乱暴な口付けの間にレイチェルの吐息が零れる。形の良いその唇を開放しないまま、剥ぎ取るようにレイチェルの上着を肌蹴け、キースの指がレイチェルの胸を揉みしだいていく。
「ちょ、っと、待、てっ」
性急なその動きに、レイチェルは慌ててキースの身体を引き剥がしに掛かった。そのレイチェルの腕を片手で難なく抑え込み、馬乗りになった格好でキースがレイチェルを見下ろす。
「待て、と言っているっ」
レイチェルの声が響く。
「待たねぇ」
制止の声を聞き入れることなく、キースはレイチェルの細い腰に手を伸ばした。素早い動作で腰紐を奪い、レイチェルの細い手首を縛り上げる。
「おいっ!」
「この間みたいに、逃がしゃしねぇぜ?」
そう宣言し、レイチェルの細い身体をうつ伏せにすると、キースは一気にレイチェルの隊服を下着ごと膝まで引き摺り下ろした。
「……なっ、」
突如冷たい空気に肌を晒され、レイチェルがぞくりと身震いする。次の瞬間、秘部に無骨な指が滑り込み、レイチェルは声を上げた。
「……あっ、……な、何を……っ!?」
「すぐに良くしてやる」
レイチェルの耳元でキースがそう囁く。それが何を意味するのか判らないほどレイチェルは子供ではなかった。男女の営みについても知識はあった。が、男はもちろん、女とも肌を合わせたことがないというのが事実であった。初めての行為にレイチェルの身体が強張る。
「初めてだろ?」
そう確認するキースの声に、レイチェルの耳が赤く染まる。そうして、それを否定しようとするかのように首を振るレイチェルの赤く染まった耳に、キースは歯を立て、舌を滑らせた。
「……あっ」
ぞくりとした感覚に、レイチェルが身を竦ませる。その一瞬の隙を見逃さず、キースはレイチェルのより深い場所へと指を捻じ込んだ。そのまま無骨な指でレイチェルの内壁を擦り上げ、ゆっくりと出入りを繰り返していく。
時折ぞくりと身体を駆け上がる感覚に、レイチェルの痩身がびくんと跳ねる。その度にキースは笑みを零して、その場所を執拗に攻め立てた。
「あ、……あっ、……よ、せ…、もう……っ」
「レイ。そろそろ、覚悟決めな」
熱い吐息とともにそう告げるキースの声が、レイチェルの耳に届く。
次の瞬間、これまでと明らかに異なる質量が、レイチェルの身体を引き裂いた。
「はっ、……あ、……あ――っ!」
下敷きになっていた外套をレイチェルの指が掻きむしる。
手首を戒められたままうつ伏せに組み敷かれ、腰だけを高く上げたそんな格好で、レイチェルは後ろからキースに貫かれた。綺麗だと賞賛されるその顔に苦痛の色を乗せて、細くしなやかな指で関節が白くなるほど外套を握り締めて、レイチェルがその行為に耐える。
「……レイ、」
キースの声がレイチェルの名を呼ぶ。
その後に続く台詞を飲み込んで、キースはレイチェルの細い腰を捉えた。そのままレイチェルの中に一気に全てを押し込む。
「……は……ぁ、……っ、」
無理矢理に、だが何とか全てを飲み込んで、レイチェルが浅い息を零す。
「……レイ」
もう一度名を呼んだキースの瞳に、外套を硬く握り締めたまま小刻みに震えるレイチェルの細い指先が映った。一瞬だけ躊躇した後、その指先にそっと指を伸ばす。そうして、キースは大きなその手でレイチェルの細い手を包み込むように握り締めた。
「……冗談、が、過ぎる……」
何とか息を整えたレイチェルが、苦しい吐息混じりにそう告げる。
「…………俺は、ずっとこうしたいと、そう思っていた。」
レイチェルの手を包む指先に力を込めて、キースはそう答えた。
「……私、は、」
「知っている。レイの眼が誰を見ているか」
キースの台詞に、外套を握り締めるレイチェルの指先がぴくんと震える。一瞬だけ、薄紫色のその瞳を見開き、そうしてレイチェルは瞳を伏せた。
「……早く、しろ」
「……大丈夫か、レイ」
「何を、今、更……。……あっ、」
意を決したようにキースが動きを再開する。自身を締め付けるその場所から、ほんの少しだけ少し撤退して、そうして再び突き上げると、レイチェルの喉から掠れた嬌声が上がった。
そのまま、何度も何度も激しく突き上げる。
その度に全てを否定するかのように首を振る、レイチェルの灰色がかった金髪が舞うのが、キースの視界に映った。
「今は、俺のことだけ考えてろ」
耳元でそう囁いて、尚一層激しく突き上げる。
「あっ、……あ!」
感じるその場所の内壁を刷り上げられ、レイチェルの身体が跳ねた。ここぞとばかりにキースが執拗に追い立てて始める。
「……あ、あ、……あ、……いや、……あぁ――っ!」
性急に高みに突き上げられ、限界に達したレイチェル自身から雫が迸る。小さく痙攣するその身体に、もう一度だけ深く自身を捻じ込んで、キースもレイチェルの中に自身を解放した。
力を失くして崩れ落ちるレイチェルの痩身を、キースが背中からきつく抱き締める。
外套を手放すその細い指先を、大きな手で包み込みながら――。
「レイ」
乱れた隊服をさっさと整え、エストックを腰に立ち上がるレイチェルの背中に、キースは声を掛けた。
「……非難はしない。隙を見せた私にも責任がある」
呼びかける声に、背を向けたまま答え、
「だが、二度目はないと思え」
ぴしゃりとそう言い捨て、レイチェルはその部屋を後にした。
「……レイ、お前の想いは、叶うことねぇ」
――それでも、追い続けるつもりなのか。
「俺にしときゃ、いいのに」
レイチェルの背中を見送った後、キースが自嘲気味にそうぼやいてみせる。
『分かっている』
とそう告げるレイチェルの声が、聞こえたような気がした。