Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 Crossing 

 第2話 


「……少し、いいか?」
 勤務を終え、帰宅の途に着こうとしたまさにその時のことだった。
 アロウェイに呼び止められ、キースは眉を顰めた。

 昔から、キースはどうにもこの男――アロウェイのことは好きになれなかった。
 アロウェイは少々堅い人物ではあったが、別に悪い奴でも何でもなかった。いや、むしろいい奴に分類されるくらいだった。
 現騎士隊長の長男だが、それを鼻に掛けることはなく、自ら良く鍛錬し、相応の剣技を持っている。
 長男だからであろうか、後輩の面倒見もよく、騎士隊の中でも彼を頼りにしている人間は多い。

 そう、良くも悪くも、キースとは正反対の種類の人間だった。
 なのに――。
 先日も、間違って声を掛けられたことを思い出す。一度や二度のことではない。
 この男と自分。外見だけは良く似ている――。


「あー、用なら早くしてくんねぇ? 俺、これから飲みに行くんだけど」
 面倒くさそうにキースがそう答えると、
「じゃあ、俺も行く」
 と意外な答えが返ってきた。
「……んな上品な店じゃねぇぜ?」
「構わない」
 そう言って、アロウェイが歩き始める。

 ――どうやら、どうしても自分と話をしたいらしい。

 同じ騎士隊に所属しながら、自分とあまり話をしないこの男が絡んでくる理由には、心当たりがあった。

 先日、この男の弟を、レイチェルを、無理矢理犯したのだ――。

「……なら、ついて来れば?」
 一つ息を吐いてそう言い、アロウェイを連れてキースは夜の街へと歩を進めた。


 下町にある酒場で、安いエールを注文する。
 出された酒杯の一つをアロウェイに差し出しながら、キースは話を切り出した。
「……で、何の用?」
「…………レイのことなんだが、」
 予想通りの名前が出てきて、キースは瞳を細めた。
 少しの沈黙の後、
「……どうやら、お前に気があるらしい」
 告げられたその台詞に、キースが持っていたエールを落とす。
「はぁ?」
 続いてキースは素っ頓狂な声を上げた。

「あいつは、昔から不器用な処があって、」
 ――知ってるよ、そんなことは。
「感情を上手く伝えられないようだ」
 ――だから、知ってるって。
「最近、どうもレイの様子が変だから、」
 ――へぇ、意外。気付いてたのか。
「問い詰めてみたら、白状した」
 ――?
「お前のことが好きなのだと」

「何でそうなるんだっ!!」
 テーブルをだんっと叩いて、キースがアロウェイを睨み付ける。
 その音に、周りの客が驚いて二人の方に視線を向けた。

「どうしたの? キース。後で慰めたげよっか?」
「そうそう。溜まってんなら、抜いた方がいいぜ?」
「何人か見繕ってやんぜ?」

 周囲から飛び交う声に、アロウェイが眉を顰める。
「お前がこういう奴なのは知っている。だが、レイを泣かせたら承知しないからな」
 と不機嫌そうにそう言い放ち、
「言いたいことはそれだけだ」
 そう吐き捨てて、アロウェイは酒場を後にした。


「……泣かせてんのはてめぇだろうが」
 小さくぼやいて、キースが舌打ちする。

 ――レイがてめぇを愛していることに、全く気付いちゃいねぇんだからな。



 その後、一しきり酒を煽り、誘いの声を全て振り切って、キースは酒場を後にした。

 月明かりがやけに明るく感じられる。
 その月が心の奥に隠した本音まで照らしてしまいそうで、キースは小さく舌打ちした。

「いっそのこと、ばらしてやろうか」
 土手に寝転がったまま、月に向かって小さくぼやいてやる。

「……それは、困る」
 キースのぼやきに返される声。
 知り過ぎている程に知っているその声に、キースは視線を向けた。

「……レイ」
 キースの視線の先、いつの間にやって来たのか、レイチェルが立っていた。
 見下ろしてくる薄紫色の瞳と視線がふつかる。
 余程急いできたのだろう、騎士隊服のままで、後ろで束ねたアッシュブロンドの髪は幾らか乱れていた。

「……すまない。他の名前を思い付かなかった。」
 アロウェイがキースに言ったであろう言葉を推測しながら、レイチェルが詫びを入れてくる。
「……いい機会だ。ばらしちまえよ。兄貴が好きだって。兄貴に抱かれたいってな」
 キースの言葉に、レイチェルが眉を顰める。

「真実だろうが」
「………」
「だが、あの兄貴は気付きゃしねぇぜ。弟が自分に欲情するなんたぁ、想像もしてねぇよ」
 そう言って、キースは横に立つレイチェルの騎士隊服の裾を引っ張った。体勢を崩して倒れるレイチェルの身体を抱き寄せて、乱暴に口付ける。

 ぱんっ。

 レイチェルの腕がキースの身体を押し飛ばし、そのまま頬を叩く。睨み据えてくるきつい薄紫色の視線を受け止めて、キースは一つ息を落した。
「二度はないと、あの時言った筈だ」
 レイチェルの声がキースの耳に響く。

「……真実を告げる勇気もねぇくせに」
「なに?」
 そう告げるキースの言葉に、レイチェルは薄紫色の瞳を細めた。いつもより若干低めの声が、レイチェルの怒りを反映する。

「……はっ、勇気を出してみたらどうだ? 兄貴に告白してみろよ」
「……」
「出来もしねぇくせに……」
「……」
 それには答えず、ぱんっと隊服に付いた草を払い、レイチェルは立ち上がった。

「…………なら、」
 月明かりに照らされるレイチェルの姿を、深緑色の瞳に納めながら、キースが言葉を続ける。
「黙っててやる。その代わり、」
 背筋を伸ばして立ったまま、レイチェルはキースを見下ろしていた。そのまま、レイチェルが次の台詞を待つ。
「俺に抱かれな。一度じゃねぇ。これから先、ずっとだ。恋人としてな」

「…………承知した」

 月の明るい夜。
 草を揺らす風の音に混じってそう答える、レイチェルの声が響いた。




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