Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 雷鳴 


 夕方から降り始めた雨は次第に激しくなり、森の中の小屋に着いた頃には雷雨になっていた。
 雨に濡れた外套を脱ぎ、身繕いをしているロイの端正な横顔が、時折雷光に浮かぶ。
 
 綺麗だ。
 
 心の中でそう呟く。
 
 初めて会った時、一瞬だけ自分を映した青灰色の瞳が忘れられなかった。
 霧雨の中、全てを拒絶し続けるロイの細い身体を抱き締めた。
 あれから4年。
 心と身体を苛み続けた過去を受け入れ、ようやくロイは新しい一歩を歩き始めた。
 ロイが心から笑えるようになるにはまだ時間が必要だろうけど。
 それでも、この一歩をどんなに待ち焦がれただろう。

 今はただ、心から思う。

 幸せにしたい、と。

「どうかしたか?」
 横顔に見惚れていると、ロイが不審そうに尋ねてきた。小首を傾げながら、ほんの少しだけ笑みを浮かべている。
「いや、寒くねぇか?」
 笑みを返し、ジークは雨に体温を奪われたロイの痩身に毛布を掛けた。
 毛布に包まりながら、ロイが少し目線の高いジークを見上げる。
 綺麗な青灰色の瞳に、ジークの姿を映して。
 一瞬、間を置いて、ロイが意地悪そうにくすくす笑みを零した。
「見惚れてたのか? ジーク」
「……馬鹿言え」
「違うのか?」
 言葉に詰まり、ジークはロイの細い肩を抱き寄せた。腕の中で、ロイがくすくす笑い続けている。


『置いて行くつもりか? ジーク』
 そう。セレンに、やっと辿り着いたロイの祖国に、ロイを残して行こうと思った。
 この4年間。誰よりも傍でロイを見守ってきた。
 ロイの気持ちは痛い程良く分かっているつもりだ。

『お前について行きたい』
 それでも、ロイはそう答えた。

 最後に一度だけ、ロイは祖国を振り返った。
 その美しい青灰色の瞳に、一つ一つの景色を焼き付けるかのように。
 そうして、綺麗な笑みを浮かべて、祖国に別れを告げた。


「ロイ、本当にいいのか?」
 セレンを、アルフを、残して。
 続く台詞は口にせず、腕の中のロイに問い掛けると、くすくす笑っていたロイの笑みが一瞬消える。
「俺自身が決めたことだ」
 ジークの問いの意味を正確に理解して、ロイは即答した。再び笑みを浮かべた澄んだ青灰色の瞳がジークを見上げてくる。

 差し出してきたロイの手を、離さないと誓った。
 それでも、
 ロイの心の痛みが理解できるから。
 そうして今、笑みを浮かべるロイの姿が痛々しいから。

「……俺は、伊達に4年もお前の傍にいたわけじゃねぇ。お前の気持ちは……」
 言い掛けたジークの台詞は、ロイの冷たい唇に塞がれる。
「……言うな、ジーク」
「ロイ、」
「もう、決めたんだ」
 そう静かに告げるロイの声が、微かに震えている。
 それ以上掛ける言葉は見つけられなかった。
 見上げてくるロイの陶磁器のような両頬に、そっと手を添えて、青灰色の双眸を見つめる。
 そうして、ほんの少し微笑む薄い唇に、ジークは自らの唇を重ねた。

 遠くで、雷鳴が響いていた。

「う……んっ、」
 ロイがぴくりと肌を震わせる。
 薄暗い小屋の中、時折閃く雷光だけが、ロイの白い裸体を浮かび上がらせていた。
 大切なものを扱うように、ジークの指がそっとロイの艶やかな肌に触れていく。
「ロイ」
 低く通るジークの声が、ロイの名を呼ぶ。
「……ジーク、」
 ジークより少しトーンの高い澄んだ声が答えた。
「綺麗だぜ、ロイ」
「……言うな、……ジーク、」
「何故?」
「……嫌、だ、」
 自分を見つめるジークの視線に耐えられないとでも言うかのように、ロイが身を捩り、細い指で端正な顔を覆う。
「……俺は、たくさんの男に、抱かれてきたんだ……」
 搾り出すかのようにロイがその言葉を紡いだ。
「ロイ、」
 きつい声色がロイの名を呼ぶ。そしてジークは顔を覆うロイの両手をそっと掴んで、ロイの顔の両側に抑えつけた。真剣な漆黒の瞳にロイの姿が映る。
「全部知っている。それでも、」
 白い首筋に唇を落とすと、ロイの身体がびくんと反応した。
「きれい処も汚ねぇ処も全部ひっくるめて、俺はお前が欲しいんだぜ?」
「……ジー、ク、」
 ほんのり色づく胸元に唇を寄せる。硬く尖った突起を啄ばむと、ロイの唇から吐息が漏れた。
「ロイ、」
「……んんっ、ジー、ク、……い、痛いっ、」
 胸元をきつく吸い上げると、ロイの白い肌に紅い痣ができた。少し顔を顰めて、ロイが非難の眼差しを向ける。
 それには気付かない振りをして、ジークは更に紅い痣を刻んでいった。
「……お、おいっ、やめっ……、ジーっ……ク、はぁっ……あ、」
 ロイが長い指をジークの茶色の髪に絡ませる。その指がジークを引き剥がそうとしているのに気付いて、ジークは細い腰に手を回して抱き寄せた。
「ジークっ!」
「何だ?」
「……お、お前っ……、あっ」
「跡をつけるなってんなら却下だ。お前の肌についた跡を、俺がどんな想いで見てきたと思っている……」
「くっ……、んっ、」
 潤んだ、きつい青灰色の瞳がジークを見る。
「……もうあんな思いはさせるなよ」
 その言葉に観念したかのように、ロイは綺麗な仕草で吐息を落とした。そして絡めた指から力を抜く。
「さあ、な。……俺は、気まぐれだ、から」
 上ずる息の中、仕返しとばかりに意地悪い笑みを浮かべて、ロイはそう告げた。
「……相変わらず、可愛げのねぇ」
 ジークが小さく舌打ちをすると、ロイが楽しそうに微笑む。
「そこが、いいん、だろ? ふ……、あ……っ……、」
「まぁな。我ながらいい趣味だと思うぜ?」
 息を吐いてにやりと笑みを浮かべ、ジークはロイのしなやかな両脚を抱え上げた。反射的に身体を強張らせ、ロイの身体が次に来るだろう衝撃に備える。
「……馬鹿。そんなひでぇ抱き方するかよ」
 過去の行為の代償か、ロイは身体を重ねる行為を自らを傷つける行為としか受け取れない所があった。無理矢理身体を開かされたのも一度や二度ではないのだろう。瞳を硬く閉ざし、その身を強張らせながらも、息を吐いて行為を受け入れようとする。
 そんなロイの顔を覗き込み、そっと髪を撫でてからジークはロイの両脚の間に顔を埋めた。
 傷1つつけないよう丁寧に、前と後ろの愛撫を開始する。
「あっ、あっ……っ、ジーっ……ク、んっ、」
 ロイ自身を口に含み、ジークは丹念に舌で翻弄した。一方で花弁の入り口に指を這わせ、唾液を絡ませながらそっと指を差し入れていく。
「掴まえとけよ」
 その言葉に、ジークの背に回したロイの指に力がこもる。
「んっ、あ、……いや、だ、……ジー、ク……っ、あっ、」
 傷つけないようにゆるりと指を動かすと、もどかしいのか、ロイは大きく頭を振って上ずった声を上げた。行為に慣れた身体は、後ろの刺激に敏感に反応し始める。
「はぁっ……んっ、……あっ、あ、……あぁ……っ、ジー……クっ、」
「どうした?」
 腰を寄せてくるロイに気付かない振りをしながら、慎重に挿入する指の数を増やしていく。そうしてそっとロイの上気する顔を覗き込むと、ロイは大きく顔を背けて唇を噛み締めた。
「……くっ、んっ、」
「おい、ロイ。唇を噛むなよ…店」
 指摘すると、ロイはきつい視線を投げて寄越した。
「……なら、とっとと……っ、は、早く……っ、……はぁっ、っん、……んっ、」
「まだだ。傷つけるための行為じゃないってことを身体に教えてやんなきゃな」
 そう囁き、ロイの中をゆっくりと探っていく。堪らずロイは縋りつく腕に力を込めた。
「……いいっ。もう、いい、から……っ、ジー、クっ、」」
 熱を帯びた青灰色の瞳が訴えるようにジークを睨む。ふっと笑みを浮かべて、ジークはロイの耳元に唇を寄せた。
「愛してるぜ、ロイ」
 初めての愛の囁きに、ロイの瞳が見開かれる。
「俺はお前と共に生きたい。嫌か?」
 低く響くようなジークの声に、ロイは頭の芯が痺れるような感覚を覚えた。
「……嫌、なわけ、ないだろう……」
 荒い息の中、辛うじてそう答え、ロイはジークの侵入を受け入れた。
 深く深く繋がって、互いに大きく息を吐く。
「……っん、ジー……クっ、」
 ジークの姿をしっかりと瞳に映して、ロイはその逞しい顔貌に手を伸ばした。そっと触れるロイの手の中で、ジークが笑みを零す。
「…………幸せだ、ジーク」
 ゆっくりと、ロイはその言葉を抱き締めた。
「ああ、」
 笑顔のままそう答え、ジークはロイの黒髪に触れた。
 見つめ合う瞳の中で、互いの呼吸が1つになる。
 そして、その幸せを抱き締め合うように、2人は互いの存在を求めた。
「……あっ、あ……っ、ジー、ク……っ、あ、あ、ジー……、ク、」
「……何だ、ロイ」
「この、手を、……離すな、よ……、ジーク、」
 急速に上り詰めていきながら、ロイがそう言葉を紡ぐ。
「ああ、もちろんだ」
 その声に安堵したように、ロイはジークに全身を預けた。そして、全身を攫っていくその感覚に身を任せた。
 互いの存在を感じながら、より深くより激しく交わっていく。
 遠くで雷鳴が

 穏やかな寝息が聞こえてくる。
 うっすらと目を開くと、腕の中で眠るロイの姿があった。
 長い睫毛で閉ざされた美しい青灰色の瞳を想う。
 力なく置かれた左腕をそっと握り締めると、腕の中のロイがぴくりと動いた。

 ゆっくりと瞳が開かれる。

 青灰色の双眸に、ジークの姿が映った。
 驚いたようにロイが目を見開く。

「おはよう、ロイ。」
「…おはよう。」
 瞳を伏せ、身体を起こそうとして、ロイが顔を顰める。
「大丈夫か?」
「…あんなのは、もうごめんだ。」
 独り言のように、背を向けたロイが呟く。
 口元に笑みを浮かべながら、ジークはその背中をそっと抱き締めた。

 背を向けたまま、
 ほんの少しだけ、
 ロイも口元に笑みを浮かべた。

 雷雨が去った後の、清々しい風と光の気配を、
 自分を抱き締める、ジークの腕の感触を、
 今、込み上げてくるこの感情を、
 いつまでも忘れない。

 ロイは、心の中で、そう誓った。
                     ……Fin.




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