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自分を傷つけることしか、知らなかった。
そうせずには、いられなかった。
幸せにはならない、そう思い続けながら。
今、
この腕の中にいる時間(とき)が、
こんなにも大切に思える――。
自分は、間違ってはいないのだろうか。
「大丈夫か? ロイ」
腕の中で、動かなくなったロイを、漆黒の双眸が覗き込んでくる。
一つ息を吸い込んで、ロイはうっすらと瞳を開いた。
ほんの少し熱を帯びた、綺麗な青灰色の瞳がジークを映す。
「……ジーク」
涼やかな声で、ロイはジークの名を口にした。
次第に大きくなる不安を掻き消すように。
そうして、この一瞬を永遠に変えようとするかのように。
「ロイ、何があっても離しゃしねぇぜ?」
ロイの心の奥を読み取ったかのように、ジークが告げる。
そうして、自嘲気味に笑みを浮かべるロイの痩身を抱き締めた。
「何があっても?」
「ああ」
「俺が何者であっても?」
「ああ」
「……俺でなくなっても?」
「必ず、俺が取り戻してやる。」
ロイの言葉の意味を理解して、ジークが答える。
ロイを覆う不安ごと、すべてを包み込むように。
きつく抱き締めるジークの腕に手を添えながら、ロイは静かに瞳を閉じた。
今はただ、自分を包むこの腕を、大切にしたい。
そう思う気持ちに偽りはない。
夜が明けて、
もしも自分が自分でなくなったとしても、
今、この胸に込み上げる想いだけは、永遠に真実なのかも知れない。
激しい雨音が、次第に小さくなっていく。
閉ざした青灰色の瞳に、
初めて会った、鮮やかなジークの姿を思い浮かべながら、
その逞しい腕に身体を預けるようにして、
ロイは静かに笑みを浮かべた。
……Fin.