Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 小説 

 Spirit Stones 

 序章 


 この世が闇に閉ざされて数年が経った――。

 一人の愚かな召喚魔術士により、この世界に生まれ出でた魔獣ザィア。
 暗黒を集めたような真っ黒の巨体に、世界を凍て付かせる歪んだ角。2つの巨大な翼に、光を切り裂く鋭い爪。そして、血のような真紅の双眸が、この世界を暗黒世界へと変化させた。

 無数に存在する『扉』は解放された。
 境界線を失った世界は、魔物が跋扈する世界に変わった。

 そうして、かろうじて生き残ったわずかな人たちは、闇の気配に怯えながら、ひっそりと生活していた。

 ――光は、遠い過去の記憶だけの存在になった。


 だが、人々も全く無力ではなかった。
 種族を超え、力を合わせ、密かに、確実に、魔獣ザィアを封印する計画が進められていた。

 そして、長い年月を経て、4つの精霊石が誕生した。



「……俺がやる」
 重苦しい沈黙を破ったのは、末席に座っていた一人の青年であった。剣士なのであろうか、固い皮鎧に身を包み、腰には長い剣を提げている。そして、艶のある黒髪の間から覗く深い黒真珠の瞳は、ただ真っ直ぐに前を見つめ、中央に置かれた精霊石を映し出していた。
「馬鹿な。どんなに危険か判っているのか、ディーン」
 上座に座るエルフの王が険しい声を上げる。それを皮切りに、周囲の者たちも次々に反論の声を上げた。だが、ディーンと呼ばれた青年の実力は十分承知しているらしく、反対の声の殆どは、ディーンが『若すぎる』とか『素性が知れない』といったものであった。
 実際、彼が何処の出身で、どういう経歴であるのか、知る者は1人としていない。
 ただ判っているのは、この世が闇に閉ざされた後、他を威圧する気迫と神業的剣術で次々と魔物を倒し、いつしか『英雄』と呼ばれ、この秘密会議にも参加しているということだけである。

「判っているさ。誰がやっても見込みの低い危険な賭けであることは間違いないのだろう? ならば、」
 一旦言葉を切り、ディーンはゆっくりと周囲を見渡した。意思の強そうな黒真珠の双眸が、何かを確認していくかのように1人1人の顔を見つめていく。
 そして、
「悲しむ者が少ない奴がいい。つまり、この場にいる者の中では、俺が適任だ」
 きっぱりとした声でそう告げると、ディーンは口端を持ち上げてにっと笑みを浮かべた。
 ざわめきが遠ざかり、反論の声が止んだ。

「……判った。ディーンに命運を託そう」
 静まった部屋に、エルフ王の決断が響く。
「ただし、それはお前がいなくなって悲しむ者がいないことが理由ではない。お前の可能性に、我々の世界の命運を賭ける価値があると判断してのことだ」
 続けられたその言葉に、ディーンは一瞬瞳を丸くし、そして何処か嬉しそうに口元を綻ばせた。
「そのとおりじゃ。お前さんを失ったら、少なくともわしらは悲しむぞ。悲しむ権利があるはずじゃ」
 自慢の髭を撫でながら、ドワーフ王の1人が付け足す。
「ああ、判っているよ、ドゥランの旦那。任しときなよ。必ず奴を仕留めてみせる。気合い入れて援護してくれ」
 握り締めた拳で挨拶を交わすと、ディーンは楽しそうに笑った。
 そして1つ息を吸い込んで振り返ると、輝く黒真珠の双眸に美しい4つの精霊石の姿を映した。



 ディーンと4つの精霊石によって、魔獣ザィアは封印された。

 世界には光が蘇り、人々は平和に歓喜した。
 その平和が、永久に続くことを祈った。


 あれから4000年。

 刻は流れ、人々はまだ気付いてはいない。

 今再び、闇の鼓動が大きさを増し始めていることに――。




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