Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 切り札 

 第8話 俺の望みが叶うことはない


 “ガリルの秘宝”と謳われるものがある。
 我が国の建国に纏わる伝説の1つだ。

 当時、一小数民族の長に過ぎなかったサイガ=イ=コウ。
 その彼が、この地の支配者であったリリアン一族を倒し、新たな国を興すに至った。
 陰に存在したと言われる、“ガリルの秘宝”――。

 だが、その秘宝が実在し、現在もなお王家霊廟の奥に固く守られていることを知る者は少ない。

 霊廟に立ち入ることを許されるのは、国王と王太子のみ。

 そして、万一に備え、その扉を解く鍵だけを知らされているのが、第2王位継承者――、つまり、俺だ。
 それゆえ俺は、有事には“切り札”とされ、平時には“脅威”とされる。

 その事実は、王家と“宮廷魔術師”しか知らない――。



「……何処で、知った……?」
 尋ねる声が震えた。

「王子の最も近くにいた――、“我が弟”から」

 どくん、と鼓動が跳ねた。
 認めたくない現実が押し寄せてくる。

 一瞬の間を置いて、ガチャン、という鎖の音が、静まった地下牢に響いた。
 その音に、自分が膝から崩れ落ちたことを知った。

「憐れなものだな、王子」
 顎を掴まれ、無理矢理視線を戻される。その直後、乱暴に襟元に手を掛けられた。
 布を引き裂く音を響かせ、衣服が肩を滑り落ちる。
「何も知らず、敵であるあいつに身体までも許していたとはな」
 嘲りの声が耳に届く。くすくす、と笑うその声が、耳の奥で何度も木霊を繰り返した。

 肌に残る情事の跡が、男の瞳に晒される。
 1つ1つ確認するかのように移動していくその視線が、俺から何もかもを奪っていくような、そんな気がした。

 いや、違う。
 俺とあいつには、最初から何も在りはしなかった――。


「……ネヴィス、という名をご存知ですか? 殿下」
 突如割って入って来たその声に、全身がびくん、と強張った。
 恐る恐る上げた視線の先に、あいつの姿があった。
 心臓が早鐘のように打ち始める。空気が希薄化したかのように、上手く呼吸が出来ない。

「……殿下?」
 異変を察したのか、その気配が足早に近付いてきた。
「落ち着いて、ゆっくり、そう……」
 ふわり、と背中をさすられ、張り詰めていた何かが切れる。
 その途端、不覚にも涙が溢れてきた。
「……っう、く……っ、」
「ふふっ、そんなに握り締めなくても、何処にも逃げませんよ」
 くす、と楽しげに笑う声が聞こえた。
 指摘されて初めて、自由になる片手でしっかりと長衣の袖を握り締めていることに気付いた。


 情けない。
 こんなにもはっきりと現実を突き付けられたというのに――。


 ネヴィス――。
 我が国の南西に存在した民たちの名。
 その名が歴史から消失したのは、俺が生まれる少し前のことだ。
 我がガリル王国が、ネヴィスの民たちを全滅させた。そう聞き及んでいる。
 彼らがその生き残りだとすると、王家の一員である俺は憎んでも憎み切れない仇敵ということになる。


 ――愛されるはずなど、ない。


「……初めから……、そのつもりだった、のか……」

 俺の嘆願を聞き入れたのも、俺を抱いたのも。
 王宮に入り込み、国王と王太子を殺害し、ガリルの秘宝を手に入れるため――。

「あなたは大切な“切り札”ですからね」
 静か過ぎる声がそう答えた。

 視界が滲む。


 ――俺の望みは、叶うことがない。


 そう理解した。
 それなのに、胸が痛い。
 握り締めたこの手を離すことができない。


「さあ、封印を解いてもらおうか。“切り札”の王子よ」
 頭上で、くっくっと愉しげに笑う声がそう告げた。
「役目を終えたら、ちゃんと殺してやる」

 ――“殺してやる。”

 残忍なその言葉が、甘い誘惑に聞こえる。
 俺は、こくり、と小さく頷いて答えた。
 その直後、後ろ髪をぐいっと引っ張られる。

「……簡単には終わらせませんよ?」
 耳元で囁かれる声。
 怒りを含んだ低いその声に、ぞくり、と背筋が震えた。
「兄上、しばし楽しみましょうか」
 見開いた瞳に、楽しげな笑顔が映る。
 言葉を失う。

「この世の地獄を、見せて差し上げますよ、殿下」
 くすくすくす、と笑う声が響いた。

「――なるほど、良い趣向だな」
 弟の誘いに満足し、男が膝を落とす。
 笑顔とともに、腕が伸ばされてくる。

「……嫌、だ……っ!」
 悲鳴が喉に張り付く。

 冷たい石牢に、愉しげな2つの笑い声が響いた。




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