Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 君が見せる表情 

 第1話 


 笑顔、笑顔、笑顔――。
 一体、何が楽しくて、皆生きているのだろう。
 世の中、楽しいことなんて、何もないのに。

 この世界の行き着く先は、暗闇だ。
 その闇の中では、人は皆、獣になる。
 どす黒い欲望が、彼らを支配する。

 無垢な幼子を犯し続ける、あの饗宴のように――。



 寝台の上、小さく丸くなった身体が、びくり、と跳ねた。そうして、がくがくと震える手が、寝布を掻き分けた。しばらくしてやっと顔を出した少年は、部屋に射す朝の光を瞳に映して、声を失くした。
「……は、はは……。まるでヴァンパイアだ」
 先日、授業で習った、暗闇にしか生きることの出来ない怪物に自分の姿を投影して、少年は笑い声を上げた。朝の光が、少年を灰にすることはない。朝の光を恐れる理由など、今の少年にはなかった。
 それなのに、少年は陽の光が怖かった。
「いっそ、灰にしてくれればいいのに」
 小さくそうぼやいて、少年は寝台から立ち上がった。そうして、手早く身支度を整えると、少年は扉に向かった。
「……灰にしないから、犠牲者が増えるんだよ」
 少年の手が扉を開く。きぃ、と小さなその音を聞きながら、少年はくすくす、と笑みを零した。

 少年の、ここでの名前は、エル。本名は少年も知らない。
 物心つく前から、ただ『神子』としか呼ばれたことはなかったのだから。

 『シリル教団』の『神子』――。
 ここに来るまで、それが少年の全てだった。

 シリル教団の名を知るものは少ない。それもそのはず、シリル教団は、闇に属する教団だった。邪神ザイラールを崇拝し、神子と呼ばれる幼子を集団で犯す。そうすることで邪神が降臨する、本気でそんなことを信じている狂った教団、それがシリル教団だった。
 だが、他の世界を知らない少年にとっては、その暗闇が当たり前の世界だった。
 あの日までは――。
 いつもの儀式。突然割って入る騒音。逃げ惑う人たち。捕らわれる人たち。
 そして、男たちの中心で、精液まみれで呆然としていた子供、それが、エルという少年だった。

 保護という名のもとに、エルが連れて来られたのが、ここだった。
 『塔の学院』、別名、『ガリル王国立魔法学院』。
 その日から、エルは、その中でも最大の難関といわれる『第1の塔』の住人となった。そうして、初等科の5年を終え、エルは今日から高等科に移っていた。


「あのまま、放っておいてくれれば良かったのに」
 小さく呟いて、エルは図書館の扉を開いた。早朝の図書館には人の姿はない。ただ、奥まったその場所に、約束の相手の姿を見つけて、エルはつまらなそうに溜め息を落とした。
「なあに? サン先輩」
 笑顔を浮かべて、エルはその人物を見上げた。そうして、そこに予想通りの青褪めた表情を見つけて、エルは心の中でだけ呆れ返った。
「エル、どうしよう。進級できないかも知れない……」
 震える声で、サンはそう言葉にした。
「どうしよう……、もう、エルに会えなくなる……。こんなに好きなのに」

 難関と言われる第1の塔に入学するのは、毎年30人前後。だが、卒業となると10人を超えることはほとんどない。毎年2回行われる試験によって厳しい選別が行われるのだ。そうして、第1の塔の資格を失うと、大抵は他の4つの塔へと移り住むことになる。そのことは、『魔法使い』への道を絶たれることを意味した。

(好き、ねぇ……)
 色を失くした表情を見せるサンは、『魔法使いになれなくなる』という事実よりも、『エルに会えなくなる』ということを心から嘆いていた。そうして、そのことは、サンがどれだけエルを想っているかを表していた。

「先輩……、」
 少し甘えるような声で、エルはサンを見上げた。
「思い出、作る?」
 そう告げて、エルはサンの欲情を誘った。エルの声と指先に、サンの瞳に欲情が浮かぶ。その変化を見逃さず、エルはわざとらしく唇を濡らして見せた。サンが息を呑む音が響く。
「……エル、」
 サンが手を伸ばす。
 その直後だった。
「あ、ははは……。馬鹿みたい」
 エルの笑い声が、その場に響き渡った。
「ふふふ。本当に忘れられない思い出を作ってあげるよ、先輩」
 ひとしきり笑った後、エルは上目遣いでそう告げた。
「――え?」
 その時になって初めて、サンは本棚の奥に少年たちが隠れているのに気が付いた。第1の塔の生徒ではない。にたにたと笑うその表情に悪い予感を覚え、サンは呪文の詠唱を開始した。
「無駄だよ、先輩」
 楽しそうなエルの声がそう告げた。振り返ったサンの瞳に、薄紅色に変化していくエルの瞳が映った。サンの唇の中で、呪文が消失する。
 その場が、エルの空間に閉ざされた。エルの空間は、全ての魔法を無効化するのだ。

「――エルっ!!」
 逃げ場を失くしたサンの声が響く。少し怯えたその表情を楽しみながら、エルは姿を見せたソイに手を伸ばした。視線だけをサンに向け、くすくすと笑い続ける。
「好きとか何とか言っちゃって、先輩もエッチしたいだけなんでしょう? もしかしなくても初めてだよね? ちゃあんと見ててあげるから、よがってみせてよ」
 そう言って笑みを浮かべたまま、エルは片手を上げた。それを皮切りに、少年たちがサンの身体を組み敷いていく。
「知ってた? 第1の塔に向けられる視線。憧れだけじゃない、妬み、恨み……、ふふ、当たり前だよね。人間の中って本当に汚いんだから、ふふふ……」
 目の前で繰り広げられる残忍な行為を瞳に映し取り、エルはどこか安堵したような表情を浮かべた。
「ね、先輩、暗闇に堕ちてよ。そしたら少しは好きになってあげるからさ」
 口に布を押し入れられたサンのくぐもった声と衣服が引き裂かれる音、そうしてエルの呟く声が、静か過ぎる図書館に響いた。


「3人か……。もっと集まらなかったの?」
「お前、いつも突然だもん」
 不服そうにそう告げるエルに、ソイは口を尖らせた。そうして、ソイは、机の端で足をぶらぶらさせているエルの隣に腰掛けた。
「……ふうん。で、ソイは何してるの?」
 見上げるエルの視線は、どこか不服そうだ。
「厭きた。だって、お前、いつまでたっても抱かせてくれねぇし」
 エルに視線を向けて、ソイは手を伸ばした。エルの手が、その手をぱちんと弾く。
「嫌だね。2度としないことにしてるから」
 ソイの手から逃げるように身を捩り、エルはそう答えた。そうして、微かに震える指先を固く握り締めることで押し隠し、エルはくすくすと笑った。
「2度と……、ってお前、やったことあんの?」
 興味本位なその質問に、エルは一段と楽しそうに笑ってみせた。
「あるよ。いっぱい。皆イイって喜んでくれたよ?」
 そう答えると、エルの目の前でソイはごくり、と唾を飲み込んだ。そんなソイが何を想像しているか考えて、エルはまた、くすくす、と笑った。

「――次は、誰にしたい?」
 ソイを見つめたまま、エルが楽しそうにそう告げる。
「……リュイ」
 ソイの口から出たその名前に、エルは笑顔を張り付かせた。

 春の陽射しみたい、と誰かがそう例えた、リュイの笑顔が、エルの脳裏に浮かんだ。
 警戒心に乏しいリュイのことだ、呼び出したらきっと何の疑いもなく、素直にやって来る。リュイを抱かせてやる、そう言ったら何人の少年が集まるだろうか。伸び盛りだというのに、まだまだ幼子のような小さな身体を組み敷くことは容易だろう。

 そうして、無垢なその身体が堕ちていく様は、どれだけ自分を安堵させるだろう。

 それなのに、
「――だめだ」
 思わずそう呟いた声に驚いたのは、エル自身だった。
「何で?」
 不思議そうにソイが問い掛ける。
「……あいつは、何も知らないもの」
 少し考えて、エルはそう答えた。

「そうだよ、リュイは何も知らない。今犯してもきっと面白くない。……リュイが誰かを好きになって、この行為の意味を知ったら、一番傷つく方法で壊してやる」
 そう呟いて、やっと納得できたかのように、エルはふふ、と笑みを零した。
「その時、あいつ、どんな顔をするかな? それでも、笑ってられるかな?」
 薄紅色をした瞳を細めて、エルは笑った。
 その隣で、ソイも笑っていた。
 少し離れた場所で、サンを輪姦する少年たちが、楽しげな笑い声を上げる。
 それを見つめながら、エルはまた、くすくす、と笑い続けた。


 人は何故、笑うんだろう。
 楽しいことなんて、1つもないのに――。

 思い出すのは、真っ暗闇に浮かぶ、無数の手と、笑い声。
 いつまでも忘れることの出来ない、その記憶。

 そうして、壊れたように笑い続ける、自分の姿だった。




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