Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 魔法使いたちの恋 

 再会 (後編) 


 ―再会7―

 朝陽だ。
 泣き腫らした瞳には、やわらかなその光すら眩しい。

 隣にカイの気配を感じた。
 途端、ぞくり、と身体が震える。

 僕、カイに抱かれたんだ……。

 とくん、と鼓動が跳ねる。
 同時に、微かに見える朝陽が、涙に滲んだ。


『何があった……?』
 昨夜僕を抱きながら、カイは何度もそう尋ねてきた。
 その度に、ただ首を振って答えた。

 結婚するの……?

 そう口にするのが怖かった。

 カイの答えが怖かったのではない。
 一度でも声にしてしまうと、何を言い出してしまうか判らない自分が怖かった。

 嫌だ。
 何処にも行かないで。
 僕だけを見て。
 僕の傍にいて。

 何て我が儘なんだろう……。


「リュイ……?」
 気配に気付いたのか、カイが上体を起こした。
 慌てて寝布の中に潜り込む。
「リュイ?」
 答える代わりに、きゅっと唇を閉ざした。

 もう少し、もう少しだけ時間をくれたら、ちゃんと――。

 誰に告げるわけでもなく、心の中でそう決意した。
 それなのに、その決意を否定するかのように、寝布を握る指が小さく震えた。

 ふうーっと、カイが息を吐く気配がした。続いて、トントンと指で何かを叩く音が聞こえた。
 何かを考え込む時のカイの癖だ。

 何を、考えているの……?

 しん、と静まる部屋に、その音だけが響く。

「……リュイ」
 しばらくして、そう名前を呼ばれた。
 その声に、カイが何かを決意したことを理解した。
「話、つけてくる」

 え……?

 慌てて起き上がると、カイが振り返るのが見えた。
「ま、待って……」
「心配するな」
 一言そう言い残し、小さな呪文を唱えて、カイは姿を消した。

「……どうしよう」
 呟く声は、静かな部屋に吸い込まれていく。
「僕、が……」
 カイを追い込んでしまった。

 でも、どんなことがあっても、カイの傍にいたい――。
 これだけは、譲れない。

 強くならなきゃ、いけない。

 幸い、カイは王子さまで、僕は宮廷魔法使いだ。
 多くを望まなければ、きっとずっと傍にいられる。

 なのに――。

「ふ……、」
 思考がまとまらない。
 ぐちゃぐちゃだ。
「早く……、カイを、止めなきゃ……」
 泣き声で、呪文を唱えた。


 すとん、と床に着地する。同時にそのままその場所にへたり込んでしまった。
 身体のあちこちが痛い。
「泣いてちゃ、だめだ」
 涙をぐいっと拭って、顔を上げる。
「あれ……?」
 視界に飛び込んで来たのは、国王陛下の執務室ではなかった。もちろん、国王陛下の姿も、そしてカイの姿もない。
 視線を巡らせようとしたその時、
「……リュイ?」
 少し低い、静かな声に、名前を呼ばれた。

「何故、ここに……?」
 そう問い掛けながら、長い足を折り曲げて、栗色の瞳が覗き込んでくる。
「……セイ?」
 名前を呼ぶと、セイはじっと見つめたまま、小さく頷いてくれた。

 ――学院だ。
 ここを出たのは、つい先日のことなのに、何もかもが懐かしい。

 ずっと、ここにいたかった……。

 涙が、頬を伝っていくのが判った。
 でも、その涙を堪えることは出来なかった。


 ―再会8―

「セイ、まだ……。――リュイ!?」
 別の声が近付いてくる。
 エルだ。
 慌てて涙を拭う。

「どうした? ――そんな格好で……」

 そんな、格好……?

 そう言われて、初めて気付いた。
 素肌にカイのシャツを羽織っただけの格好だ。

「……ふうん、」
 エルの指が肌を辿る。
「これ」
 何を見つけたのか、肌をつんつんと突付かれた。

 何だろう。
 身体のあちこちに、小さな痣がある……。

「キスマーク」
 きょとんとしていると、くすくす笑いながらエルがそう説明してくれた。

 ――なるほど。

「感心してないで、これ着とけ」
 セイに上着を掛けられる。
 素直に従っていると、ふ、と気配を感じた。

 カイが来る――。
 身体がびくん、と反応した。


「……エル、閉じろ」
 セイの声がそう命令する。
「ええっ!?」
「早くしないと、泣かすぞ」
 その言葉に、エルが息を吐いた。その直後、その瞳が薄紅色を帯びていく。
 次の瞬間、そこがエルの空間に閉ざされたことを理解した。

 空間の外で、カイが何かを言っている――。

「そこで見てろ、カイ」
 抑揚の少ないセイの声が告げた。

 何……?
 セイ、何するの?

 すとん、と床に押し倒される。
 衣服を剥がれる。
 セイの手が、身体を滑り降りていく。

「え? ……っ、や、」

 その時だった。
 どん、という衝撃とともに、エルの空間が消えた。

「い、たぁ……」
 膝をつき、エルが何度か首を振る。
 その向こうで、カイが崩れ落ちるのが見えた。

「カイ……ッ!」
 意識がない。その顔にも血の気はなかった。
「カイ、カイッ!」
 抱き寄せると、微かな呼吸と鼓動を感じた。

「……エルの空間は、壊せない。だから、学院が手放さない」
 セイの声が聞こえる。
「そのエルの空間を破る。これで2度目。カイといえども、命懸けだ」

 何……?
 どういうこと?

「そのカイがお前以外の元に行くことはありえない。……判らないか?」
「……僕も命懸けだけどね」
 ふうっと息を吐いて、エルが立ち上がる。
「カイも大変だねぇ……」
 セイに寄り掛かりながら、エルがくすくすと笑った。

「もし、カイが本当に結婚するとして、」

 ……なんで、カイが結婚することを知ってるの……?
 あ、そうか。セイには判るんだ……。

 静かに覗き込んでくるセイの瞳は、心の中を視ることが出来る。
 こんなぐちゃぐちゃな気持ちを視せてしまったことを少し後悔したが、既にもう遅かった。

「カイがそれを承諾したんだとしたら、その相手が誰か、考えなくても判る」
 溜め息とともに、セイがそう告げた。

 え……?
 相手が誰かって……?
 どういうこと……?

「そうだろ? カイ」
「…………当たり前だ」
 腕の中から、カイの声が答えた。
「馬鹿、リュイ。……お前と一緒になるために、俺がどれだけ頑張ったか、後でじっくり聞かせてやるからな」
 ふうっという溜め息が、髪を揺らした。
 同時に伸ばされたカイの腕に、ぎゅっと抱き締められた。

「好きだ、リュイ。お前の一生をもらう。代わりに俺の一生をやるから」

 僕……?
 僕、と……?

「……――ッ、」
 どうしよう。嬉しい。
 声が出ない。

「ほら、こういう奴だよ?」
 くすくす笑うエルの声が聞こえる。
「そのプロポーズ、リュイに拒否権はないな」
 溜め息混じりのセイの声も聞こえた。

 2人とも何処か嬉しそうだ。

 でも、たぶん、僕が1番、嬉しそうな顔をしている。

「カイ、……好き、」
 やっと、声が出た。
 顔が綻ぶ。

「もう、泣くなよ」
 その言葉に涙を拭って、顔を上げた。
「そうだ、笑ってろ」

 うん。笑ってる。
 カイの傍で、ずっと――。

「え……?」
 突然、視界に金色の髪が飛び込んで来た。

 僕の、髪……?
 こんなに、長かったっけ……?

「リュイ?」

 どうしたんだろう。身体が、ぎしぎしと軋んだ。
 カイの背に回した腕が、少し伸びたような気がする。

 何……?
 何が起こってるの……?

 どうしてだか判らないが、その日、僕は、少しだけ成長した。


 ―再会9―

 その日の空は、カイの瞳によく似て、とても綺麗だった。


 視界に入る全ての人たちが、ばたばたと忙しそうに行き交っている。その様子を何処かぼんやりと見つめながら、無意識にカイの姿を探した。

 カイは何処にいるんだろう……?

「じっとなさって」
 視線を巡らせようとしたところを注意され、慌てて動きを止めた。
「それにしても、綺麗な御髪……」
 ほうっ、という嘆息が落とされる。
 何度目だろう……。
 そんなことを思いながら、出来るだけ頭を動かさないように気をつけながら、飾ってある衣装へと視線を送った。

 僕の瞳の色に合わせたとかいうその衣装は、また一段と難しそうな服だ。
 ちゃんと着ることが出来るのか、何だか不安になる。

 あ、でも、着せてくれる、のかな……?

 衣装係らしき人たちが、衣装の最終点検をしているようだ。
 終わると同時に手招きをされ、予想通りの着付けが始まった。
 見事なものだ。ただ立っているだけで、どんどん作業が進んでいく。

「“春の陽だまり”、だそうですわ」
 ぼんやりしていると、そう説明を加えてくれた。
「……脱ぐの、難しそうですね」
 素直な感想を述べると、その場に居た全員から笑いが起こった。

 何で……?

「カイさまにお任せすれば大丈夫ですよ」
 きょとんとしていると、先ほどの髪結いの女性がそう耳打ちしてくれた。

 カイに、任せる……?

 ふと先日の夜を思い出した。
 カイの指が背中に回ると、するりと衣服が滑り落ちた。
 直に触れてくるカイの指は、とても熱かった。
 カイの指、カイの唇、カイの――。

 ぼっと顔が火照る。
「あらあらあら」
 声が聞こえる。皆の視線を感じる。

 何だかとっても恥ずかしい……。

 顔を上げられない。

「……リュイ?」
 カイの声だ。
 ぱっと顔を上げると、正装姿のカイがそこにいた。

 かっこいい、なんてもんじゃない。
 視線が奪われる。心が持っていかれる。

「カイ、……好き」
 無意識に、そう呟いていた。
 次の瞬間、カイの腕の中に収まっていた。

「お衣装が……ッ!」
 着付けていた人たちから、非難の声が上がる。
 でもそんなのお構いなしというように、カイは抱き締める腕に力を込めた。
「羨ましいだろ? でも、俺のだからな」
 そう言って、カイが自慢げに瞳を細める。

 何だか、嬉しい――。

 カイが誇れる存在でありたい、そう強く思う。
 カイに負けないように、カイの傍にいられるように――。

 1つ息を吸い込んで、カイを見上げた。
「……リュイの眼だ」
 視線に込めた意思に気付いたのか、カイがそう呟いた。
「負けず嫌いの眼。俺に挑戦してくる眼。――俺を見つめてくる眼」
 一呼吸置いて、夏空色の瞳に僕を映して、
「俺も負けねぇからな」
 そう付け足して、カイはいつもの少し意地悪な笑みを浮かべた。

「行こう、リュイ」
 手を差し出される。
「うん」
 その手をしっかりと握って、1つ息を吸い込んで、顔を上げた。

 1歩1歩が、とても嬉しかった。


 大勢の人が集まる中、式は滞りなく行われた。
 だが、
「――1年、帝王学を学べ。その後、ガリル王国南西地域に赴任せよ」
 カイと並び、玉座の前で宣誓した直後、ラウ国王はカイにそう告げた。
「見事治めてみよ」
 カイによく似た眼差しで笑い、ラウ国王はそう締め括った。

 ガリル王国南西地域――。
 いまだ戦火の絶えない、僕の故郷だ。

 そこに、カイが赴任する……?


 ラウ国王陛下が、最後まで僕との結婚に反対なさっていたらしいことは聞いた。
 僕と結婚すると宣言したカイに、『2人とも卒業できたら』と条件を出し、更に『学院の意向には逆らえぬから、リュイの卒後の進路が王城になったら』と難題を吹っ掛けたという。もっとも、それに対し、カイは2つ返事でOKしたらしい。

 いつも思うけど、カイの自信は何処から来るのだろう……。

 さておき、無事卒業が決まり、そうして幸いなことに僕の進路が王城に決まった。
 そしたら今度は、『リュイと結婚してもいい。だが、正室は別だ』とのこと。
 当然だ。僕にはどう頑張っても跡継ぎを産むことは出来ない。カイが王族である以上、姫を娶ることもまた義務なのかも知れない。
 しかし、カイはそれを了承しなかった。すると、結界の中に閉じ込められた。それが卒業前にカイが姿を消した真相だ。
 更に付け加えるなら、『リュイが他の人間に抱かれたら、お前も他の姫を娶れ』というのが、エルが僕に近付いた理由だった。

 だが、結果として、ラウ国王陛下の目論見はすべて失敗に終わった。
 約束通り、カイと僕との結婚が認められたわけだが、僕には『第3王子が結婚する』という事実のみを告げ、カイには何も告げないまま、あの日の夕刻にカイは開放された。

 お陰で、僕は散々泣く羽目になった。
 もちろん、その全てが僕の早とちりで、ラウ国王陛下が悪いわけじゃない――。

 ――でも、少し、意地悪だと、そう思う。

 今回のカイの赴任、それはどういう意味なのだろう……?

 やっぱり、僕は――、
 カイの傍にいてはいけないのだろうか……?

 ずきん、と胸が痛んだ。


 ―再会10―

「さて、では、楽隠居のじじいもお供させていただきましょうかな」
 エリル師の静かな声が聞こえた。

 ――え?

 引退宣言したとはいえ、エリル師の実力はガリル王国一、いや世界一といっても過言ではない。
 そのエリル師が、同行する……?

「我が王国の魔法使いトップ3が揃うのだ。……後はお前の力量次第だがな」

 トップ3……?

「何を呆けておる? エリル、ゴウ、……そして、そなただ、リュイ」

 はい……??
 僕??

「そなたが付いていかなくてどうする? 他に誰があやつのやる気を起こしてくれると言うのだ?」
 カイによく似た意地悪そうな笑みで、ラウ国王がそう告げる。
 そうして、
「2人で、夢を叶えてみせよ」
 付け足されたその言葉に、とくん、と胸がなった。

「リュイ、時を止めたい、そう願っていてはならぬ。時は動くものだ。人は成長するものだ」
 ラウ国王が、静かにそう告げた。

 時を止めたい……?

 そうだ。
 このまま、時が止まればいいと、僕はずっとそう願い続けてきた。

 成長しないこの身体は、歪んだその願いがもたらしていたのかも知れない。
 ふと、そう思った。

 カイと未来を歩きたい。
 そう思った瞬間から、僕の時間は歩き始めた。

 カイと創る、未来――。


「――見事咲かせてみせよ」
 締め括られたその言葉に、隣でカイがしっかりと頷くのが見えた。

「ああ。リュイは、大輪の花になる」
 顔を上げて、カイがそう告げる。
「それに相応しい俺でありたい、そう思う」

 ――僕と、同じ気持ちだ。

 ふっと口元に笑みを浮かべて、カイがこっちを見た。
 その表情に、また鼓動が跳ねた。

「ずっと、惚れさせてみせる」

 ……まったく、その自信は本当に何処から来るんだろう。
 第一、これ以上、惚れさせてどうするつもりだろう……。


 伸ばされた手を握り返す。
 この瞬間が、たまらなく嬉しい。


 夢を叶えたい。
 未来を創りたい。

 カイと一緒に――。

  ……おしまい。




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 後記 


 基本的に強気受けが好きな高瀬(^^;
 「可愛らしい受けが書きたいっ!」という一心で誕生したのが、リュイですvv
 がしかし、『お人形さん』のような子のはずが何故か天然ボケに……(苦笑)。
 これが高瀬の可愛らしい受けの精一杯なのでしょう(^^;
 でもやっぱり可愛いリュイにも男の子でいてほしい。というわけで最後の方頑張らせてみましたvv
 リュイには夢がある。簡単には捨てられない。諦められない。
 そこら辺が伝わっていればとても嬉しいですvv

 さて、高瀬の世界におけるこのお話の時代設定ですが、実は『邪神降臨編』の少し前あたりです。ということはこの後、世界が闇に包まれてしまうわけでして、卒業したてのひよっ子魔法使いたちもそれぞれの赴任先で奮闘することになります(^^) ま、それは後日談。
 邪神降臨に直接関与することになるカルハドール王国に赴任したシアと、直接攻撃を受けることになるラストア王国に赴任したライはエライめに合います(苦笑)。興味を持っていただけた方は、『でも、想わずにはいられない』を読んでやって下さいvv
 その他の設定としては、カイのお兄さんがトウ王太子です。ラストア王国第2王子フリードリヒ王子にちょっかいをかけるお話もあります。こちらも興味を持っていただけたら嬉しいですvv (『ラストア王国シリーズ』の『夢』) 余談ですが、最後の方に登場したフィア先輩。実はこの人、トウ王太子の同期生でティン王子(トウの弟でカイの兄)とちとした関係があります(^^) またそのうちに。
 ともあれ、お付き合い下さり、本当にありがとうございました!
     高瀬 鈴 拝