Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 魔法使いたちの恋 

 再会 (中編) 


 ―再会4―

 その後のことは、あまり覚えていない。
 任命式は、いつの間にか終わった。

 ラウ国王は、カイによく似た意地悪そうな笑みを浮かべたままだった。
 エリル師が何か抗議の声を上げていたが、「わしは嘘を申してない」と答える声だけが聞こえた。

 嘘じゃない――。

 フィア先輩も言っていた。
 『第3王子さまの婚姻が決まった』と。

 カイが、第3王子さま……。
 そして――、3日後に、結婚する。


 与えられたその部屋からは、夕陽が見えた。着替えることも忘れたまま、窓辺にぺたんと座って、その夕陽を見上げた。
 衣装が、夕陽の色に染まる。
 それはまるで、この胸に潜んだ醜い感情が染み出てくるかのように思えた。

 痛い。
 胸が、痛い。
 とてもじゃないけど、冷静に受け止められそうにはなかった。

 視界が滲む。
 涙が溢れてくる。

 喉の奥から、抑えていた嗚咽が漏れた。
 両手で口を抑えて、何とか声を殺して、泣いた。

「ふ……っ、うっ、……っ、カイ……っ」

 馬鹿だ。本当に馬鹿だ。
 今の今まで、カイが誰かのものになってしまうなんて、考えたこともなかった。

「……いや……っ、嫌……っ」

 耐えられそうになかった。

 でも、カイは王子さまだ。何処かのお姫さまと結婚しなきゃならない。
 意地悪そうな態度を取っていても、カイは優しい。
 きっとお姫さまを愛そうするだろう。そうして、お姫さまもきっとカイを好きになる。

「どう、しよう……」

 判ってる。
 僕という存在は邪魔だ。

 なのに……。

「卒業なんて、しなきゃ良かった……。宮廷魔法使いになんて、ならなければ……。王城に来なければ……」
 来なければ何だと言うのだろう。
 2度とカイに会えなくなっていただけだ……。

「……カイ、好き……」
 精一杯そう声にしてみたのに、その声は何もない部屋に吸い込まれていった。
 その声とともに、大事な想いも消えていくような錯覚を覚え、ぞくりと恐怖が走った。
「あ、あ……」
 不安に飲み込まれてしまいそうだ。

 その時、
「……リュイ?」
 そう名前を呼ばれた。
 その声に、強張っていた全身から力が抜けた。
 振り返らなくても、誰だか判る。

 幼い頃から、いつもそうだった。
 傍にいてほしい、そう願うといつだって飛んで来てくれた。

 近付いてくる気配を感じる。しばらくして、背後からふわりと抱き締められた。
 自分より一回り大きな褐色の腕。
 カイの腕だ。
「……会いたかった」
 耳元で、カイの声がそう告げた。
 首筋に、カイの髪が触れる。

 全身の感覚という感覚が、カイの存在を追い掛けた。
 どうしようもないほどに、カイを求めている。

 あああ、カイが好きだ。
 離れることなんて、出来ない――。

 回された腕を両手でぎゅっと抱き締めた。そうして、首を傾けてその指に口付けた。
「リュイ?」
 カイの声が聞こえる。
 答える代わりに、身体を反転させてカイを見上げた。
「カイ、好き」
 伸ばした両手で、カイの黒髪に触れた。そのまま指を絡めて引き寄せると、カイの唇を奪う。
「好き、好き……」
 何度かそう呟いて、何度も唇を重ねた。
「まだ、足りない……」
 それでももっとカイと重なりたくて、今度はおずおずと舌を差し入れた。カイの舌が応えてくる。絡め取られ、吸い上げられると、身体の奥が、ずくん、と震えた。吐息が上がる。
「……どうした? リュイ?」
 長い口付けの後、尋ねてくるカイの声には、ただ首を振って答えた。

 理由なんて要らない。
 これからのことなんて知らない。

 今だけは、カイがほしい――。

「もっと、ほしい……」
 何もかもがもどかしかった。
 もっと、もっとカイに触れたい。
 着替えないままでいたことを少し後悔した。この服ときたら、着るのも難しかったが、脱ぐのも容易ではない。手当たり次第いくつかの紐を外すと、いろんなところが少しずつ肌蹴てきた。

 何でもいい。
 早く、カイに、触れたい。

「リュイ? リュイ? こら、待てって……」
 カイの手が止めに入ってくる。
「どうして?」
 上目遣いにそう問いかけると、カイが1つ溜め息を落とした。
「……何かあったのか? 泣いている……」
 夏空色の瞳が、覗き込んでくる。

 もしかして、カイ、知らないの……?
 それとも知っていて……?

 でも、もう関係ないや。
 僕は、カイが好き。

 それだけだ。

「……抱きたくないの?」
 釦を外すと、カイの褐色の肌が見えた。頬を寄せると、カイの身体がぴくりと動いた。
「今は、黙っていて……」
 触れた箇所から、カイの熱が伝わってくる。

 嬉しい。
 カイに触れるだけで、こんなにも嬉しい――。

 また、涙が、溢れてきた。


 ―再会5―

 どうしよう。
 こんなにもカイが好きだ。

 カイに触れるだけで、心が躍る。
 嬉しい。
 この瞬間が、こんなにも――。


「……カイ、好き、大好き
」  そう声にして体重を預けると、カイの身体ごと床に倒れ込んだ。見上げてくる夏空色の瞳には構わずに、肌蹴た褐色の肌に頬を寄せた。
「……リュイ、リュイ……っ、……待て、って」
 カイの声が聞こえる。
「待たない」
 そう。待たない。待てない。
「好き」
 短くそう告げて、引き締まったカイの下腹部へと身体を滑らせた。そうして、ともすれば震えてしまう指先と唇で、ただ必死にカイを求めた。
「……っ!」
 カイの喉が鳴る。微かな吐息が聞こえる。

 この先、どうすればいいのかは、知っている。
 何度も本で読んだ。勉強した。
 この日のために――。

 でも、――怖い。

「カイ、好き……」

 大丈夫。僕はカイが好きだ。

 何故だろう。涙が溢れてくる。
 理由なんて知らない。
 そんなの、どうでもいい。

 今は、今だけは――。

「好き……っ、」
 もう一度そう声にして、1つ息を吸い込んだ。喉の奥がひゅっと鳴る。
 そうして今度は息を詰め、両脚を開いて身体をずらした。

 身体を支える両腕が、かたかたと震えた。
 肌蹴た衣服の隙間から、カイに跨る自分の白い内腿が見えた。

「大好き……っ!」
 息を詰めたまま、カイの上に腰を沈める。
「……あぅッ!!」
 無理矢理繋がろうとした場所に激痛が走った。
 身体中が強張ってしまう。内腿が痙攣し始める。
「い……、たぁ、い……っ」
 溢れてきた涙が、ぽたぽたとカイの上に零れ落ちた。
 でも、僅かに繋がった場所が、痛みと同時にカイの存在を伝えてくれた。

「好、き……っ、……カイ、大好き……っ」

 カイが好き。
 僕は、カイが好きだ。

「馬鹿、リュイ……」
 カイの声――。
 その声に応えたくて、こくこくと頷いた。
 でも、痛みに強張る身体は、簡単には言うことを訊いてくれそうにない。それ以上進めることも出来ず、ただ小刻みに震え続ける。
「無茶、しやがって……」
 カイの腕が腰に触れるのを感じた。その腕に支え上げられると、幾らか痛みが退いた。
 同時に、引き剥がされる――、そう直感した。
「いやぁ……っ!!」
 叫び声とともに、慌ててカイの腕を掴む。
「離さ、ないで……っ!」
 大きく首を振って、無理矢理に腰を沈めた。
 再び痛みが襲ってくる。
 でもそれよりも、カイと離れたくなかった。

「いやっ! ……お願い……っ! 離さないで!」
 何もかもが上手くいかなくて、悲鳴に近い声だけを上げてしまう。
「う……、ひっ、く……、いや、いや……っ」
 まるで駄々っ子だ。
 判っていても、他にどうしようもない。

「…………馬鹿」
 カイの声が聞こえた。
「離すつもりはねぇよ」

 離さない――?

 その言葉に、ふっと力が抜けた。

「よく聞け、リュイ」
 カイの声に、こくりと頷く。
 ぎゅっと閉ざしていた瞳を開くと、涙の向こうにカイの顔が見えた。
 ほんの少し頬を上気させて笑みを浮かべた口元が、言葉を紡いでいく。

「お前が好きだ」
 カイの瞳が、見つめてくる。
「今、すごく、嬉しい……。判るか? リュイ?」
 大好きな夏空色の瞳が、幸せそうに微笑んでいる。

 嬉しい。
 胸が熱い――。

 こくこくと頷くと、涙で滲む視界の中、カイが嬉しそうに笑うのが判った。


 ―再会6―

「ふ……っ、あ」
 腰を撫で上げられると、吐息が零れた。
「リュイ」
「……な、なぁに……?」
「少し、身体、支えられるか?」
 そう問い掛けられ、言われるままに、何とか両腕で自分の身体を支えた。
「え……っ?」
 背中に回されたカイの手が何かを引っ張る。次の瞬間、ばさりと衣服が手元に落ちてきた。両肩から胸元が大きく肌蹴けられたことを理解する。
 何だか恥ずかしい。
 それでも、震える両膝だけでは自分を支えられなくて、床についた両手を動かすことは出来なかった。
「あ、あ……っ、んんっ!」
 カイの指に翻弄される。
 ぞくぞく、と何かが駆け上がってくる。
「あ……っ、ふ、……あ、あ、あ……、あっ!」
 零れる声を抑えることなど出来ない。
 大きな波に攫われてしまう。
「……あ、カイ、カイ……っ! あ、あ、あ、あぁ……――ッ!!」
 下腹部で、どくん、と何かが弾けた。
 一瞬強張って、そうして、ふ、と崩れた身体を、カイの腕が受け止めてくれた。

 身体が蕩ける――。
 ふわふわとした感覚に、思考が攫われる。

「いいか……?」

 え? 何……?
 カイが何か言ってる……。

「リュイ……」
 とろんとした意識のまま視線を送ると、眉を顰めるカイの表情があった。
 いつの間に体勢が入れ替わったのだろう。寝台に背中を預ける格好で、カイに見下ろされていた。カイの手が慎重に内腿へと伸ばされてくる。
 その手から微かな震えが伝わってきた。

 どうしたの……?

「カイ……?」
「……らしくねぇ。緊張してる」
 吐息とともにそう告げて、カイの震える指が内腿を押し開いた。
 両膝を立てた格好で、カイを見上げる。
「好きだよ……、カイ。好き、好き……、大好き……」
 何だろう。告げなきゃいけない、そんな気がして、カイに身を委ねたまま、ただ一生懸命そう声にし続けた。

 カイの喉が、鳴った。

「あぅ……ッ!」
 その直後、カイがぐっと押し入ってきた。
「ん――――ッ!!」
 呼吸が止まる。身じろぎ1つ出来ない。
 知らず閉ざそうとしてしまう膝を抉じ開けながら、カイが身体を推し進めてくる。逃げることを許さない腕が両膝を捕らえ、更に奥へと侵入してくる。
「…………はぁっ、あっ、」
 身体の奥にカイを感じながら、かろうじて浅い息を吐いた。
 すぐにまた、ぐぐっと押し入られ、意識が遠ざかっていく。

「……あ、あ、あ……っ、ん、あ、あ……、あ、」
 何がどうなったのか、それすら考えられなかった。
 ただ揺さぶられるごとに、カイが奥へと挿入ってくるような気がした。
「リュイ、リュイ」
 真っ白になっていく思考の中、ただカイの声だけが聞こえた。
 その声に縋りながら、少しでも痛みを和らげようと、カイの動きを追い掛けた。
「リュイ、判るか?」
 弾む吐息の中、カイが問い掛けてくる。
「……?」
 かろうじて瞳を開くと、すぐ目の前に夏空色の瞳があった。
 熱を帯びたその視線に、ぞくり、と身体が震えた。
「……あッ、」
 カイがぐいっと腰を突き上げてくる。
 身体の奥にカイの熱さを感じた。
「……カイ、が……」
 全ての意識を集中させる。

 僕の中に、カイが、いる――。
 今、カイに抱かれているんだ……。

「……ッ、ふ……っ、……っく、」
 だめだ。また涙が溢れてきた。

 好き。カイが好き。
 離れることなんて出来ない。

 でも、でも――。

 どうしよう……。
 どうしたら、いいんだろう。

「カイ……!」
 カイに触れる。ぎゅっと抱き締める。

 今まで、何度もそう思ってきた。

 ――このまま、時が止まればいい。

 この瞬間、強く、そう願った。




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