病院機能評価初回受審の頃先月の本欄で、病院機能評価の第一回目の受審・認定について少し書いた(2004.6受審、2005.3認定)。2001年の開院間もない頃に受審を決め、訪問審査のサーベイヤーを迎えるまでの期間は、膨大な文書類の整備をはじめ受審準備を担当した職員にとっては、それは大変な日々だった。私も例外ではない。私は自身の体験を2004年7月の本欄に書いている。一部引用しよう。
これほどのハードワークは、いまの「働き方改革」の観点から考えると、決して好ましいものではない。だが、病院機能評価受審は、開院から日の浅い当院が各種の医療機能を整え、諸規程やマニュアルなどを整備し、「いずみの病院のかたち」を具体的に構築していく上で、とても必要で有効なプロセスだったのだと思う。また、その準備を担当した多くのスタッフ個々人にとっても貴重な体験だったろう。少なくとも、私は自身の体験についてそう思っている。
これほど朝から晩まで仕事漬けの日々が何ヶ月も続いた経験はあまりした記憶がない。仕事の強度と重みに関し、私にとって今回のプロジェクトのしんどさは、当院の開院準備期以上だった。
(略)訪問審査直前の3日間は72時間で睡眠時間が合計4時間ほどだったと思う。こうなるとさすがに心身ともに変調をきたす。まず皮膚症状。いつもと違い油性気味になり、吹き出物のようなものがいくつも出てきた。次に眼科症状。視野の外側の境界のあたりで黒い影が揺れ出した。ちょうど電灯を背にした状態で、電灯に蛾がたかった時のような感じである。後で医師に聞いたら、それは一時的な視野狭窄だろうと言う。また、精神状態もちょっとおかしかった。一種の躁状態だったのだろう。神経が妙に昂ぶって自信過剰気味になり、上司に対してすら命令口調で喋りかねないような感じだった。もう、相手が誰だろうが「俺の言うことを聞けー!!」みたいな……。(後略)
さて、現在、このような取り組みに相当するプロジェクトって何だろう……。
と、ここまで原稿を書いていて、ふと思いついた。現在のコロナ禍だ。コロナ禍により強いられたものとはいえ、クラスターをはじめ様々な新たな状況が生じ、そのたびにわれわれは試され、鍛えられ、組織と職員各個人は成長を迫られる……。こう考えると、機能評価受審のあの頃と、コロナ禍の現在とは、案外と似ているような気がするのである。