Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 小説 

 願い石を探して 

 序章 ―継承者 ロイフィールド― 
 第2話 セレン王国 


 セレン王国――。
 今から4000年前、英雄ディーンと彼を慕う者たちによって築かれた国である。1年のほとんどを雪で閉ざされたこの国は、今でも伝説が生きているという。人々はその長い歴史の中で、ディーンの直系である王と精霊石を守り続けてきた。
 だが先の戦いで、この国は多くのものを失った。小さなその国土は余すところなく魔獣によって踏み荒らされ、人々は守るべき王と精霊石を失った。
 そして、セレン王国は新たな歴史を刻んでいた。

「…………運命の子、か」
 そう呟き、若きセレン国王アルフィールド=ディン=ラ=セレンは天を仰いだ。白い吐息の向こう、赤褐色の瞳に舞い降りてくる雪の結晶が映し出される。その光景をじっと見つめた後、アルフはゆっくりと城下へと視線を戻した。
 セレン城は小高い丘の上に建つ。そのため屋上からは小さな王国の全貌が見渡せる。かつて、この場所を愛し、この国を愛した人間がいた。
 ロイフィールド=ディア=ラ=セレン――。
 アルフにとっては従兄にあたるその人物は、先の戦いで4つの精霊石を手に魔獣を封印した。そして祖国セレン王国を去った。その後一度たりとも祖国には帰って来ない。その理由はアルフにも何となく判った。だから、遠い空の向こう、大事なその従兄が少しでも長く笑顔でいられるよう、そう願ってきた。
「ロイ……」
 そう呟き、アルフは胸に手を当てた。このところ妙な胸騒ぎがしていた。
 そして、先日見た、それを裏付けるような夢――。
 その内容を思い出しながら、アルフはもう一度天を仰いだ。
「ロイ、……あの石は、何だ?」
 夢の中で見た石のことを考える。
 精霊石とは違う。直観的にアルフはそう感じた。その石が砕けて飛び散るのが見えた。
 胸のざわめきがだんだん大きくなっていく。
「アルフ様!!」
 突如割って入ったその声に、アルフは視線を戻した。そのまま声の主を振り返る。
 アルフが幼い頃から傍に仕えている側近アスランである。そして、
「リーゼンディア様が……ッ!」
 血相を変えたアスランがそう叫んだ。

 疾風のように駆け、アルフは王妃リーゼンディアの居室に辿り着いた。そして勢いよく扉を開け放ち、飛び込んできた異様な光景に目を瞠った。
 部屋の中はまるで嵐が通過したかのように荒れ果てていた。床には倒れ伏している数名の騎士や侍女、侍医の姿が見える。その中で2人の人間だけがかろうじて動いていた。そのどちらも少年であった。1人は8歳になるアスランの甥ランスロットだった。床に倒れたリーゼンディアを守るように剣を構え、一点を見つめている。そしてもう1人はそのランスロットの視線の先にいた。ヴィーゼンタール王子である。今年5歳になるその王子は、アルフたち夫妻の実子ではない。先の戦いの後、アルフが連れ帰った養子である。もちろん当時は様々な懸念も飛び交ったが、今ではほとんどの国民が聡明で控えめな王子の成長を見守っていた。ただ、正妃であるリーゼンディアの懐妊によってまた良からぬ憶測がなされているのも事実であった。
「……ち、義父上、……助けて……、」
 途切れがちなその声に、アルフはほとんど反射的にヴィーゼの許に駆け寄った。その途端、激しい重圧がアルフを襲う。
「何だ、これは……っ、」
 ヴィーゼが抱き締める何かから淡い光が溢れていた。その光にあらゆるものが呑み込まれていく。
「……石?」
 アルフの直感がそう告げた。
「……早く……、この子が、死んでしまう……っ」
 ヴィーゼが必死に抱き締めていたのは小さな赤子だった。その赤子は声を上げることもなく、ぼんやりと瞳を開いている。淡い光はその赤子の手の中から発せられていた。それを両手で包み込むようにしてヴィーゼは必死の抵抗を試みていた。
「……よくやった、ヴィーゼ。後は任せろ」
 短くそう告げ、アルフはヴィーゼから赤子を受け取った。その直後、アルフの隣でヴィーゼが意識を手放して倒れ込む。赤子はぴくりとも動かなかった。呼吸すらしていない。腕の中の小さなその存在がどんどん希薄になっていくような錯覚を感じ、アルフは赤子を抱く腕に力を込めた。
「……させるかよ」
 硬く握り締めたままの小さな手を無理矢理に開かせる。
 淡い光を放つ小さな翠色の石の欠片が、アルフの赤褐色の瞳に映し出された。だが石に触れたその瞬間、アルフの意識は急速に遠のいていった。
「アルフ!!」
 突如割って入ったその声に、アルフはかろうじて意識を繋いだ。
「……ロイ?」
 風が淀んだ空気を払っていく。そして蒼みがかった黒髪を舞わせながら、ロイがアルフの許に駆け寄った。
「――願い石だ、アルフ」
 アルフの傍に膝を落とし、ロイがそう告げる。
「願い石、だと……?」
 石の欠片を見つめたまま、アルフは背筋をぞくりと震わせた。
「引き剥がすのは無理だ。……この子の中に封印する」
 アルフの隣で、凛とした声がそう告げた。
「いいか、アルフ」
 その言葉の重みを受け止め、アルフは唇を引き絞った。

『運命の子じゃよ、アルフィールド様』
 先日訪ねた星見宮――。母方の曾祖母に告げられたその言葉が、アルフの脳裏を過る。
『……逝かせてやった方が幸せかも知れぬ』
 忘れることが出来ない声が木霊し続ける――。

「許せ」
 そう告げると、アルフはその石を手放さない小さな手を自らの掌で床に抑え付けた。じゅっ、とアルフの皮膚が焼け、焦げる臭いが周囲に立ち込める。だがそれすら構わない様子で、アルフは小さな我が子の姿を見つめた。
「……ロイ、」
 視線を上げることなく、アルフは従兄の名を呼んだ。ロイの瞳がアルフの姿を見据える。その決意を理解し小さく頷くと、ロイは赤子の金糸の髪に触れた。そっと掻き分けて小さな額に指を置く。そして、ロイはゆっくりと言葉を紡いでいった。
 ひゅっ、と呼吸を喉に張り付かせ、赤子が瞳を見開く。
 そして――、
 その子はやっと産声を上げた。

 運命の子、サーシャフィールド=デュイ=ラ=セレンの誕生であった。




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