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「……サーシャさまは?」
中庭から城内に戻ったところで突然声を掛けられ、ヴィーゼは足を止めた。その表情に驚きはない。相手がここにいることを予想していたようである。ただ藍色の瞳を僅かに細めてヴィーゼは相手を見据えた。
「いつからここにいた? ランスロット」
その視線を受け止めて、壁を背にしたままのランスロットがにかっと笑う。
「いざとなったら止めてやらなきゃいけないかと思ってな」
「……そんなことあるわけないだろう」
「どうだか」
ランスロットの言いたいことを理解して、ヴィーゼは藍色の瞳を険しくした。ヴィーゼの背で長い銀髪がざわりと音を立てる。
「……よせよ、ヴィーゼ。これでも親友として心配している」
ヴィーゼの静かな怒りを深緑色の瞳で受け止め、ランスロットは男前と評されるその顔に笑みを浮かべた。ヴィーゼも僅かに口元を緩める。
ランスロットは名門ウェイクフィーズ家の次男である。ウェイクフィーズの始祖は英雄ディーンの片腕だったとされる人物で、今でも代々騎士隊長を輩出し、セレン王室に次ぐ名家と言われている。その本家に生まれたランスロットは、3歳しか年が離れていないということもあって、ヴィーゼとは互いに幼馴染みでもあり親友ともいえる間柄であった。
そしてまた、サーシャが生まれた日のことを知っている数少ない人間の1人でもあった。
「……どう思う?」
ヴィーゼの問いに、ランスロットは中庭を見つめていた視線をヴィーゼに戻した。
「痛々しくて堪らないな。自分の居場所を必死に探してらっしゃる……。俺なら、」
「何だ?」
「とっくに抱いてる」
その台詞にヴィーゼは瞳を細めた。きついその眼差しを受け止め、慌てて「冗談だ」と付け足すと、ランスロットは中庭にいるサーシャへと視線を巡らせた。
「俺の目には、あまり変わりはないように思えるが」
褐色の短髪を掻きながらそう答える。
「……そうか」
何処か沈んだ声でヴィーゼはそう答えた。サーシャを見つめる藍色の瞳が不安げに揺れる。
「何か気になるのか?」
「普段のサーシャにはない、負の気が見える……。気のせいならいいのだが」
「ま、いろいろあったからな。昨日のあれじゃあ、落ち込むなって方が無理だ」
溜め息混じりなランスロットの声に、ヴィーゼは昨夜の出来事を思い出した。
『王位継承順位をきちんと決めておくべきです』
興奮気味に声を上げたのは、重臣の1人だった。誰もがそう思っていたのだろう。その途端、追随する声がいくつも上がった。
王位継承順位などこれまでのセレン王国では不要なものであった。精霊石に選ばれた者が王位を継承し、国を治めてきたのだ。だが、精霊石を失くした今、その事情は大きく変わっていた。
サーシャは、現国王であるアルフィールド王と正妃リーゼンディアの唯一の子である。当然王位継承権第1位となるはずだった。
だが、意見は分かれた。
先の戦い以降、国内外は未だ不安定な状態である。より優秀な王を望むのも無理からぬことなのかも知れない。サーシャ王子には荷が勝ちすぎるのではないか。そんな率直なその意見を、サーシャは俯いたままじっと聞かされていた。
「……勝手なことを……」
そう呟き、ヴィーゼは唇をぎりっ、と噛み締めた。
サーシャは誰よりも努力している。少しでも皆の期待に添えるよう必死に頑張って来たのだ。
「そんなに精霊石とやらが大事か」
精霊石が現れないと知った時の、皆の落胆した表情――。
その表情に囲まれたサーシャの気持ちを考えると、胸が詰まる。
「石なんか、無くなってしまえばいいのに……」
「ああ、俺もそう思う」
ヴィーゼの呟きに頷いて答え、ランスロットはサーシャを見つめた。枯葉を集め終え、今度は大きな樽に水を入れて運んでいる。別に今日に始まった光景ではないが、そうしないとサーシャは自分の居場所が保てないのだ。
「だが、石は確実にある」
きっぱりとそう告げ、ランスロットはヴィーゼに視線を戻した。ほぼ同じ高さの目線がしっかりと合う。
互いに鮮明に残る記憶があった。サーシャが生まれた日の記憶だ。
「あの石は、サーシャさまの中に封印されている」
精霊石ではない。願い石と呼ばれるものだ。
4大精霊の力を借り聖なる光を放つ精霊石になる前の、危険な石――。
人の望みを喰らって生きるその石は、互いに惹き合い、より強い望みを喰らって、その力を増幅していくのだという。
「いつまで封印できるのだろうか……?」
ヴィーゼの中に不安が過る。
「石が目覚めたら……、サーシャはどうなる?」
答えはなかった。呟くその声はただ静かに降り続ける雪の大地に吸い込まれていった。