Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 小説 

 願い石を探して 

 第1章 ―サーシャの決意― 
 第3話 月夜の訪問者 


 1人になると涙が堪えられなかった。
 自分の居室に戻ると、サーシャは小さなカウチの上にうつ伏せになった。静かな空気が流れる。ただ窓から射し込む細い月だけが心配そうにサーシャを見つめていた。
「……うっ、くっ、」
 固く閉ざしたその瞳から涙がぽろぽろと溢れ出した。それでもサーシャは必死に声を殺した。
 誰もサーシャを責めたりはしなかった。罵ったりもしない。
 ただ悲しそうな瞳で見つめるだけだ。
 それがつらかった。
(精霊石が欲しい。手に入れられるならきっとどんなことでもする――)
 いろいろな感情がぐちゃぐちゃになって、サーシャの中に込み上げていた。
 その時だった。
 ぞくり、と背筋を恐怖が駆け上がり、サーシャは身を竦めた。耳元に誰かの吐息を感じた。
「――こんなに簡単に侵入を許すのか」
 サーシャの耳元で、地を這うような声が響いた。
「ディーンの直系が、笑わせてくれる」
 くっく、と嗤う声に合わせて、サーシャのやわらかい金髪が揺れた。ごくりと1つ息を飲み込んで、サーシャは慎重に指をカウチの上に這わせた。気付かれないように隠してあった短剣を掴む。
「はっ!」
 身体を反転させ、サーシャは無我夢中で短剣を突き上げた。渾身の一撃だった。それを難なくかわした相手の嗤い声が響く。続け様に右へ左へと剣を繰り出したものの、そのいずれも相手に触れることすら出来なかった。
 楽しげに嗤う声が一層大きくなる。
 窓から射し込む月明かりがその姿を照らし出した。それは、明らかに人間ではなかった。
 闇色の髪に真紅の瞳、そして頭には2本の角――。
「……魔族……、」
 サーシャの声に怯えが混じった。それを感じ取り、真紅の瞳が愉しそうに細められた。
「誰か、……っ!」
 助けを呼ぼうとした瞬間、サーシャの身体が大きく吹き飛ばされる。そのまま遠く離れた壁に激突し、サーシャは呻き声を上げた。ごほごほっと咽返ると同時に、サーシャの口腔内に血の味が広がった。
「助、けて……、」
「――無駄だ」
 魔族の男が床の上を滑り、サーシャのすぐ目の前までやって来る。
「誰も気付かぬ。……くくっ、これも無駄だ」
 サーシャの手首で光るアミュレットを真紅の瞳に映し取り、魔族の男は喉の奥で嗤った。そして何の躊躇もなく、そのアミュレットに触れると皮膚の焼ける匂いとともにそれを手の中で揉み潰した。
 リーゼンディア王妃が編んだ守護の呪文だった。そう簡単に破れるものではない。サーシャの目の前で起こった事実は、この魔族が高位の力を持つことを表していた。
 サーシャの全身がかたかたと震える。
「弱い生き物よ、その呪われた運命から解放してやろう」
 声も出せないサーシャの様子を瞳に映したまま、魔族の男はそう告げた。優しく囁くその声は何処か甘く、恐怖に凍りついたサーシャの心を陥落していく。
「……解、放?」
 ぼんやりとしたままそう繰り返すサーシャに魔族はにやりと笑みを浮かべた。
「そうだ、楽にしてやる」
 甘美な声に囚われ、いつの間にかサーシャの震えは止まっていた。代わりに薄く開いた唇からは熱い吐息が零れ落ちていく。ぼんやりと開かれた翡翠色の瞳は熱を帯びて潤み、装飾の施された襟元を肌蹴られると絹のような白い肌が惜しげもなく晒された。白いその肌がほんのりと紅色に上気していく。そして、サーシャの吐息に合わせて金糸の髪がさらさらと音を立て、暴かれた細い肩の上を流れ落ちた。
 月光に晒されたその姿は、魔族がこれまで見たどの生き物よりも美しかった。
「……生意気なことだ」
 小さな舌打ちを落とし、魔族はサーシャの痩身を壁に押し付けた。そのままサーシャの首筋に顔を埋めていく。
「あ……っ、」
 ひくりと喉を反らせ、サーシャは小さな声を上げた。その白い喉元を吸い上げ、魔族が所有の印を刻む。そして、びくびくと反応を見せる身体を堪能しながら次々と華を散らせると、肌蹴た胸元へと舌を這わせていった。
「あ、あ……っ、何……? やっ……、怖いっ、」
 尖った胸の先端を含まれ、サーシャは戸惑いの声を上げた。湧き上がる未知の感覚に、委ね掛けていた思考に恐怖が戻ってくる。
「嫌……だっ、……嫌っ!」
 両腕を突っ撥ねてサーシャは抵抗を試みた。魔族が不快そうにサーシャを見下ろす。そして床に転がっていたままの短剣に視線をやると、魔族はくいっと首を動かして短剣を操った。同時に喉の奥で嗤いながら、サーシャの手首を頭上へと捩じ上げる。
「――あうっ!」
 サーシャの喉から悲鳴が上がった。魔族が捩じ上げたサーシャの手は、サーシャの頭上で短剣に縫い止められていた。真っ赤な血が壁を伝い、サーシャの金髪と白い肩を染めていく。その姿を楽しげに見つめながら、魔族は短剣が突き立ったサーシャの掌に指を伸ばした。
「石をよこせ」
 冷たい声がそう告げる。
「ここに隠してあるのだろう?」
 口元に笑みを浮かべたまま、魔族の指がサーシャの掌を抉った。
(い、し……、石……?)
 激痛に悲鳴を上げながら、それでもサーシャは魔族が告げたその言葉を聞き逃さなかった。頭の中で何度か繰り返し、その意味を考える。
「よこせ、そうすれば楽にしてやる」
「――嫌だ!」
 それはサーシャ自身も驚くほどにはっきりした声だった。かつてこれほどはっきりとサーシャが意見を主張したことはなかった。
「渡さない!」
 もう一度確認するかのようにそう言い切り、サーシャは魔族の男を見上げた。翡翠色のその瞳が月光に輝く。それはまるで星々の光さえも集まってくるかのようであった。サーシャの瞳は美しい光を放って眩いくらいに輝いて見えた。
 魔族の真紅の瞳が、魅入られたかのようにその瞳を見つめる。そしてしばしの間言葉を失い、動きを止めた後、魔族は高らかなと嗤い声を響かせた。
「……はっ、我が主の心を奪った光の瞳か」
 呪縛から逃れるようにそう吐き捨て、魔族はサーシャを見据えた。
「だが、私には効かぬ」
 そう告げ、魔族はサーシャの襟元に手を掛けた。そのまま一気にサーシャの衣服を引き裂く。月光にサーシャの細い身体が晒された。小さく身を捩ると、短剣が突き刺さったままのサーシャの手に激痛が走る。見開いたサーシャの瞳に、怒りを顕にさせた魔族の姿が映った。サーシャの喉がごくりと音を立てる。
「――堕としてやる」
 短くそう宣言し、魔族がサーシャの肌に触れた。身体を滑らせ、サーシャの白い両脚の間に顔を埋めていく。
「なっ、……何をする? ……あっ、嫌だっ! 嫌だっ!!」  首を大きく振り、サーシャは必死にそう叫んだ。
「……嫌だッ! ――ヴィーゼ! ヴィーゼ!! 嫌っ!」
 怯えるサーシャ自身をねっとりとした冷たい舌が捉えた。サーシャの血で濡れた指が入口を無理矢理押し拡げていく。
「嫌……っ、いやぁ――……っ!」
 サーシャの喉から掠れた悲鳴が上がった。その瞬間、サーシャの手が淡い光に包まれた。
 それを見つけた魔族の瞳がにやっと笑った。




Back      Index      Next