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「興味があるなら、抱かせてやってもいいぜ?」
はっきりとそう声にして、ハインツは薄紫色のその瞳でラインハルトを見つめた。
その台詞に軽蔑し、呆れ果ててくれてもいいと、そう願う。一方で胸の何処かが軋むのを感じながら、ハインツは懸命にそれを否定した。
自分自身の性癖は、十分に理解していた。
今朝の騒ぎもあながち的外れではない分、余計に腹が立ったのかも知れない。もっとも義父とはそういった関係は全くない。ただ、自分の中には見えない何かがあって、それが周囲を惑わせ、あの優しく物静かな義父すら嫌疑の標的にしてしまうのかと、そう思うと悔しくて堪らなかった。
実のところ、一度だけではあるが、義兄には身体を求められたことがある。
ちょうど女性を恋愛対象として見れないことに疑問を抱いていた頃であり、義兄に組み敷かれた時もあまり驚きはなかった。幼い頃から殆ど口を訊いたこともなかった義兄を愛しているはずもなく、ただ自分に辛く当たり続ける義母へのささやかな復讐を思いながら、義兄の行為を受け入れた。
もっとも、義父をも裏切ることになるその行為に微かな抵抗を試みてしまった瞬間、我に返った義兄が飛びのき、行為は最後まで行われることはなかったのだが――。
以後義兄とは顔も合わせないまま、王都に来てから1年になる。
それからも誘いを掛けられることは何度かあった。
判る人間には判るのかも知れない、そう思った。
自分の中には、義父という婚約者がいながら誰の子とも判らない子供を身篭った母と同じ血が流れている――。
「馬鹿なことは言うな」
ラインハルトの声が耳に届く。
「自分を大切にしろ。そんな言葉を……、口にしないで欲しい」
それは、予想外の言葉だった。いや、後から思えば、ラインハルトらしい言葉と言えるのかも知れない。
ハインツを見つめ返すラインハルトの表情には、一遍の侮蔑の色もなかった。そこにあるのはただ哀しげな漆黒の瞳だった。その瞳は、心底心配そうにハインツを見つめていた。
「ハインツ、無理をしなくていい」
何に対してとは言わず、ラインハルトは何故かそう言葉にした。そっと伸ばしてきた手でハインツの黒髪に触れ、あやすように何度かその髪を梳く。
無理をしているように見えるのだろうか……。
ハインツの胸に何かが込み上げてくる。ともすれば零れそうになる涙をかろうじて抑え、ハインツは唇を噛み締めた。
お手上げだ、とそう思う。
ラインハルトという人間が、染み入るように心の中に入ってくるのを最早抑えることは出来なかった。
「友人になろう」
やわらかな笑顔を浮かべてそう告げるラインハルトに、ハインツは微かな笑顔とともに頷くことしか出来なかった。
その夜、ハインツは初めて下町というところに足を踏み入れた。
誰でもいい、誰かと肌を合わせる、それが目的だった。