TOP | ご案内 | 更新履歴 | 小説 | 設定集 | 頂き物 | 日記 | リンク |
初めて、『他人を欲しい』という感情を知った。
けれども、同時にそれが認めるべき感情ではないことにも気付いた。
だから、知らない男に抱かれた。
声に出来ない想いを断ち切るために――。
いや、ただ心の隙間を何とかしたかっただけなのかも知れない。
後になって死ぬほど後悔したけれど、あの日の自分には他に方法が見つからなかった。
王都ラストアに住んで1年になるというのに、知らない場所はまだまだあった。さすがは大国の王都だけのことはある。
『友人になろう』と笑顔を向けたラインハルトに頷いた後のことはあまり覚えていない。抑え切れない想いが口を付いて飛び出してしまいそうで、ハインツは逃げるようにその場を後にした。そして今、夕闇が迫る街を唯一つの目的を胸に歩いている。
騎士隊服を脱ぎ捨て、出来るだけ目立たない平服姿ではあったが、それでも何処か秀麗なハインツの姿は、自然と周囲の視線を集めていた。
「……」
途中、何人かが後をつけて来ているのに気付きはしたが、それには構わずハインツは耳にしたことがあるその一角の、目に付いた一軒の店に入った。
ハインツの登場に、店内をざわめきと口笛が拡がる。次いで値踏みするような視線が集まるのをハインツは感じた。
「へぇ、こりゃまた随分とカワイ子ちゃんが来たじゃねぇか」
男たちの一人がそう声を上げる。それを皮切りに次々と男たちが立ち上がり、ハインツに声を掛けてきた。
「ここが何する処か、判ってんのかい?」
「教えてやろうか、手取り足取り……」
「腰取りってか?」
適当に入ったその店はどうやらあまり客層は良くないらしい。ハインツの周囲を卑猥な言葉が飛び交う。ちらりと扉に視線を送ったが、どうやら最早簡単には出してもらえそうにもなかった。
長居するのは得策ではない。
さっさと目的を果たすべく、ハインツは周囲をちらりと見渡し、適当に一人の男を選んで、その男の方へと手を伸ばした。
「抱いて欲しい」
短くそうきっぱりと言葉にする。
一瞬驚いたように瞳を開き、続いて笑顔を浮かべて、男はハインツの手を取った。
「いいぜ」
そう答える声と同時に、男の腕の中へと抱き寄せられる。
そうして、ざわめく店内を後にして、男に連れ去られるままにハインツは夜の街へと姿を消した。