Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 声に出来なかった想い 

 第5話 


 そこは薄暗い部屋だった。
 ぎしぎしと音を立てる粗末な寝台の傍に、小さなテーブルと椅子がニ脚あるだけの狭い部屋。それでもここ辺りでは一番いい宿だと男は自慢げに言っていた。
 薄い壁を隔てた隣の部屋からは、絶えることのない嬌声が聞こえてくる。

 つまり、此処はそういう行為をする場所で、これから自分はこの男に抱かれるのだ。

 その現実を前に、ハインツの背中を一瞬だけぞくりと悪寒が走った。

「……てめぇ、上流階級だろ?」
 男がそう言って、笑みを浮かべる。細められたその黒い瞳を見つめながら、それがラインハルトの瞳に何処か似ていることに気付き、ハインツは苦笑した。
 つまり、だ。ラインハルトに少しだけ似ているから、自分はこの男を選んだのだ。
 ラインハルトへの断ち切るために此処に来たつもりだったのに――。
 自分の行動は何もかもが矛盾している。最早笑い飛ばすしかないのかも知れない。

「何が可笑しい?」
 ハインツの笑みに気を悪くしたのか、男の声が苛立つ。
 ラインハルトとは似ても似つかないその声に、ハインツはもう一度自分自身を嘲った。

「気味の悪い奴……。だが、こんだけ上玉なら文句はねぇぜ?」
 そう言って男がハインツの身体を突き飛ばす。堅い寝台に背中をぶつけ、ハインツは苦痛の声を漏らした。お構いなしに男がハインツの上に跨ってくる。
「後悔するなよ」
 にやりと笑みを浮かべて、男はハインツの上着の釦を引き千切った。上等の獲物を甚振るその行為に半ば倒錯した男が、満足げな笑みを浮かべる。

 ――後悔しないはずがない……。

 頭の何処かではちゃんと理解していた。それでもラインハルトから少しでも遠ざからなくてはならない、そんな焦りのような感覚に、ハインツは突き動かされていた。

 男の指がハインツの白い胸を滑る。興奮気味な吐息がハインツの見事な黒髪をいくらか揺らした。全身を撫で回されるその感覚には吐き気すら覚える。
「……ん、」
 自分自身を掴まれ、ハインツは白い喉を反らした。乱暴な指の動きの中にもざわざわとした粟立つ感覚を掬い上げていく。

 こんな行為に一体何の意味があるのだろうか……?
 粟立つ感覚の中、ぼんやりとそう思う。

「はぁ……、んっ!」
 ぼんやりとしながら身を委ねていたら、不意に片脚を掴まれ、ハインツは息を呑んだ。程よく鍛えられたしなやかなその脚を折れんばかりに屈曲させて、男の身体が割って入ってくる。
「あぅ……っ!」
「やっぱり初物だな……。だが優しくはしてやらねぇぜ?」
 ぞくりとする低い声で、男の声がそう告げた。見開いたハインツの瞳に、残虐な色を浮かべる黒い瞳が映った。

 一体何処がラインハルトに似ているというのだろうか……。

 くぐもった低い声に、節くれ立った指先、そしてぞっとするような黒い瞳がハインツを見下ろしていた。

 ――ラインハルト……。

 声に出来ないその名を呼ぶと、全身に痺れが走った。
 同時に湧き上がってくる恐怖に、全身が強張るのを感じる。
 その様子が男の嗜虐心を煽ったのだろうか、にやりと笑みを浮かべて、男は無理矢理ハインツの中に押し入ることを決意したようだった。

「く……っ!!」
 乱暴な侵入に、ハインツが唇を噛み締める。そのまま寝布をきつく握り締めて、ハインツは身体を一層強張らせた。全身が男の侵入を拒む。
「力を抜かねぇか!」
 男の罵声が耳に届くと同時に、ハインツの左頬に痛みが走った。何度か頬を叩かれ、頭の芯がくらりと霞む。
「あぅ! ……んんっ!!」
 ハインツ自身を乱暴に掴んで掻き上げながら、男は更なる侵入を開始した。
 ハインツの全身を激痛が襲う。
「いい顔だぜ……」
 興奮気味の上ずった声でそう告げ、辛抱しきれず男はハインツの両脚を抱え上げた。ハインツの身体を思いやることなど欠片もないその腕が、男の中心へと無理矢理ハインツを引き寄せる。
「う、あぐっ!」
 息を詰めるハインツの後蕾に自分自身を根元まで呑み込ませ、男は満足げに息を吐いた。

 身体の奥に、捻じ込まれた男の存在を感じた。
 十分な硬さと大きさを持ったそれが、ハインツの中を味わうように蠢く。
「……い、いやだ……っ!」
 最早一秒たりとも耐えることが出来そうになかった。激しい苦痛と嘔気が交錯する中、ハインツは必死に身体を捩った。
「は、なせ……ッ!」
 涙を浮かべた薄紫色の瞳で男を見据えてみても、それは男の満足を増強させるに過ぎなかった。
「おいおい、冗談言うなよ」
 薄笑いを浮かべて、男がハインツの腰を掴み直す。
「お楽しみはこれからだぜ」
 そう宣言すると、男はハインツの腰を揺らし、自分自身を激しく打ちつけ始めた。
「ぐッ! ……う、くっ、……あ、うっ、」
 苦しげなハインツの声が、その場に響く。

 ハインツはただ、自分が招いた悪夢が早く過ぎ去ってくれることを祈ることしか出来なかった。




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