Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 声に出来なかった想い 

 第6話 


 微かな月明かりが、薄暗い部屋に差し込んでいた。浅い吐息とともに、ハインツは、薄紫色の瞳を開いた。切れ長で美しいその瞳に、ぼんやりと月の姿を映す。
 左手首に激痛を感じ、視線を送ると戒めの跡が見えた。捻挫したのだろうか、少し動かすと痛みが走った。
 随分とひどい扱いを受けたように思う。途中からの記憶は定かではなかったが、激しく腰を動かし、ハインツの中に欲望を放った後も、男の楽しみは終わらなかった。恐怖に抵抗しようとするハインツの腕を捕らえ、縛り上げ、前から後ろから何度も何度も陵辱し続けた。
 隣で寝息を立てる男へと視線を送る。
 ラインハルトとは似ても似つかない男の姿に、ハインツは吐き気を覚えた。身体中がざわざわと音を立てる。
「……つぅ、」
 上体を起こすと、無理を強いた身体からは悲鳴が上がった。月明かりが肌蹴た胸元に残る陵辱と乱暴の跡を映し出す。震える指先で胸元を合わせ、ハインツは立ち上がろうと試みた。
「……あ、」
 下腹部に力を入れた瞬間、後蕾から何かがどろりと零れるのを感じて、ハインツは眉を顰めた。何度も男の欲望を捻じ込まれたという事実を再認識させられ、再び吐き気が込み上げる。
「……ははっ」
 湧き上がる何かを飲み込み、無理矢理笑みを作ってみるが、それを否定するかのように視界が滲んだ。



 ラストア王国を流れるアルウェス河。その川辺まで辿り着き、ハインツは身を屈めた。激しく嘔吐するものの、何も食べていない身体からは胃液しか吐き出せなかった。月の姿を映し出す冷たい水を掬い上げて、口を漱ぐ。そうして、少し考えてからハインツは傷んだ衣服を脱ぎ捨てた。そのまま倒れ込むように冷たい水の中へと身体を投げ出す。

 俺は一体、何をしているのだろう……。

 激しい後悔の念が湧き上がってくる。

 こんな行為に何かを求めていたのか……?

 見上げると、月が自分を笑っているようなそんな錯覚すら覚えた。
 消せる筈かない昨夜の跡を何度も何度も洗い流す。そうして、冷たい視線でその跡を見つめ、月を見上げて、ハインツは笑った。

「はっ、これでもう、あいつを想うことはない」
 自分自身に言い聞かせるように、そう言葉にする。

 こんな汚れた身体で……。

「想うことは許されない。ましてや、」
 静かな水面に、ハインツの微かな笑い声だけが響く。

「想ってもらおうなどと、あってはならないことだ」
 笑みを浮かべたハインツの頬を水滴が流れ落ちる。ただ月だけがその姿を静かに見つめていた。



 朝陽がいやに眩しく感じられるのは、自分が暗闇に足を踏み込んだせいなのだろう。そう思いながら、ハインツはラストア王城の門をくぐった。身体中が苦痛の声を上げていたが、だからと言って勤務をさぼるわけにもいかない。
「お早う、ハインツ」
 そう声を掛けられ、ハインツは振り返った。同僚から声を掛けられる度に、びくんと鼓動が跳ね上がる。振り返ったその先にラインハルトの姿がないことを確認して、ハインツは安堵の息を吐いた。
「ああ、お早う」
 無難に挨拶を返すと、その友人がハインツの顔を覗き込んでくる。
「何かあった? 顔色悪いぜ?」
 心配そうなその声に曖昧に返事を返そうとしたその時だった。
「ハインツ=フォン=リーガルモント! 何処か?」
 ラインハルトに良く似た声にそう名を呼ばれ、ハインツは反射的に顔を上げた。上げた視線の先に、ラインハルトの父親である騎士隊長の姿が映る。
「はい! 此処に!」
 手を挙げて、ハインツは歩み出た。内心の動揺を打ち消すように一つ息を吐く。
「フリードリヒ殿下がお呼びだ。今すぐ殿下のお部屋へ参れ」
 意外な台詞にハインツは瞳を丸くした。その背後で他の騎士たちがざわめく声が聞こえた。
「早く!」
 騎士隊長の声にそう促され、短い返事とともにハインツは様々な憶測の声の中を目的の場所に向かって駆け出した。




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