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くすぐったい……。
何かが頬を滑り落ちていくその感覚に、フリードリヒは瞳を開いた。
(ええ――っ!!)
飛び込んできた光景に、声にならない悲鳴を上げる。
声を上げなかったのは、フリードリヒが大国の王子として常に冷静であるべく訓練していたからでは、決してなかった。唇さえ自由なら、フリードリヒは間違いなく大声を上げていただろう。そう、唇さえ自由なら――。
「……んんっ!」
驚きのあまり開いた口唇を割って、柔らかい舌が滑り込んでくる。
それはもう見事な技で――。
(うわぁ……。気持ちいい……、じゃなくてっ!)
慌てて思い直して、フリードリヒは自分の上に覆い被さるその人物を、やんわりと押し退けた。
「……お嫌ですか……?」
フリードリヒの目の前で、綺麗な薄紫色の瞳が悲しそうに細められる。少し首を傾げると白い肌に艶やかな黒髪がさらさらと流れ落ちた。
「嫌、ではないけど」
正直にそう答えながら、フリードリヒは何とか状況を整理しようと視線を巡らせた。
(昨夜、部屋には、帰ってきたよね……?)
それは間違いないようであった。フリードリヒの瞳に映るのは、広い部屋と装飾が施された調度品たち。ラストア王国の紋章も刻まれている。一応それなりに物を見る目はあるつもりだから、それらの価値ある品たちは偽物ではなさそうで――。
(で、ここは、私の寝台……)
天蓋付きの大きなその寝台も、高価そうな羽根布団も、どうやら自分の物であるらしい。
「あなたのお部屋ですよ」
フリードリヒの考えていることが判るのか、目の前の青年はにっこりと笑顔でそう答えた。
「ええっと……」
周囲を見渡していた視線を戻して、フリードリヒはもう一度間近で微笑むその青年の顔をまじまじと見つめた。
大好きな薄紫色の瞳は、目尻がすうっと流れていて、綺麗な線を描いている。くせのない黒髪は、燭台の明かりの中でも艶やかさを失うことはない。
見える範囲の全てが、紛うことなく『ハインツ』そのものだった。
「ハインツ、じゃないよね?」
恐る恐るそう声にすると、目の前の人物は驚いたように瞳を開いた。だがそれも一瞬のことで、すぐにまた綺麗な笑顔に戻る。
「はい、違います。……お嫌ですか?」
「嫌、ではないのだけど……」
少しだけ悲しそうに訴えてくる瞳に、フリードリヒはもう一度そう答えた。
「良かった」
フリードリヒの答えに嬉しそうな笑顔でそう答え、青年が薄衣に手を掛ける。そのまま白い肌を露にさせながら、青年はフリードリヒの手を取った。
(……えっ!?)
状況から考えて、何が起こるのかは予想できたはずだが、それでも驚きを隠すことは出来なかった。
(な、何するの……?)
薄衣一つで男の寝台に滑り込み、肌を晒して手を引き寄せる相手に何するのも何もなかったが――。
いやいや大体どうやってこの部屋に入り込んだんだか、とか。
それ以前に、彼は一体何者なのか、とか。
考えることはたくさんあったのだけれども――。
「抱いて下さいませ」
そう告げられ、フリードリヒの思考回路は完全にショートした。
「……あ、」
引き寄せられた手を白い肌に滑らせていくと、青年が安堵の息を落とす。
(……そうか)
その様子に得心して、フリードリヒは青年の身体を引き寄せた。そのまま身体を反転させて、細いその身体を組み敷く。
「……誰に頼まれたんだい?」
完全に相手の動きを封じてから、フリードリヒはにっこりとそう問い掛けた。
「あなたに」
少しだけ怯えた瞳がフリードリヒを見上げた。それでいて視線を外すとこなく、青年は綺麗な薄紫色の瞳で真っ直ぐにフリードリヒを見つめた。
「そんな眼で見つめてもダメだよ。どうやってハインツのこと知ったのか知らないけど、私は案外と冷たい人間だからね、ハインツと同じ姿だからといって命の保障はないんだよ?」
笑顔のままフリードリヒがそう告げると、見つめたままの薄紫色の瞳から涙がぽろぽろと零れ落ちていく。
「ただあなたの願いを叶えることだけが、私の務めなのに……」
小さな声がそう告げる。
「私をお疑いでしたら、縛り上げて下さってもいい。手足を切り落としても、いっそのこと命を絶って下さってもいい! その上でお好きなようになさるといい」
一気にそう捲し立て、涙を流す瞳でフリードリヒを見つめたまま、青年は嗚咽の声を漏らした。
フリードリヒが一つ息を落とす。
「そんなとこまで似せなくてもいいんだけどねぇ……」
(痛々しくて見てられないじゃないか……)
「あいにく死体を抱く趣味はないよ」
そう告げて、フリードリヒはその青年の頬に口付けを落とした。そのまま涙を拭ってやりながら問い掛ける。
「名は?」
「あなたのお好きなように」
「んー、じゃあ、ハイネと呼ぶよ?」
「はい」
そう返事をして、ハイネは嬉しそうに微笑んだ。
(あー、嘘を吐いているようには見えないんだよね……)
誘われるまま、ハイネの肌を愛撫していく。滑らかな肌の感触はまるで吸い付いてくるかのようだった。
(それとも、この姿に絆されてるのかなぁ……)
硬くなった胸の突起を吸い上げると、ハイネは小さな吐息を漏らした。
「……手を、戒めて下さいっ、……どうか……、あっ、んんッ」
上がる吐息の中、ハイネがそう告げる。やはり考えていることが判るのだろうか、そう思いながらフリードリヒは苦笑した。
「何故? ハイネ」
「あなたが、……お疑い、だから……ッ」
必死でそう訴えるその姿が何処か愛しくて、フリードリヒは笑みを零した。
「では、もう疑わないよ」
「ならば……っ、今すぐ、……挿れて、下さい……ッ」
ハイネが上ずった声を上げる。
「私が……、動けなく、なるように……ッ、……あ、あ、あぁ……ッ」
上がる呼吸の中、必死にそう言葉を紡いで、ハイネはフリードリヒに縋り付いた。
(何でそう自虐的かなぁ……)
心の中でだけそう零して、フリードリヒはハイネ自身へと指を滑らせた。
「ああッ!」
「大丈夫。優しくしてあげる」
耳元でそう囁いて、フリードリヒはハイネ自身をそっと掻き上げた。
「あ、ん、……ふっ、あ、あ、あ、……だ、だめ……っ、あ、あ……ッ」
フリードリヒに必死に縋り付いたまま、ハイネが高まっていく。その姿を見つめながら、フリードリヒは大きな灰色の瞳を嬉しそうに細めた。知らず口元が緩んでしまう。
「あ、あ、あッ、……もう……ッ、あ、イ、……イク……んっ、ああッ!」
身体を震わせて、ハイネがフリードリヒの手の中に精を放つ。
「はあ……ッ、は、あッ」
そうして、荒い吐息を零しながら、ハイネは恐る恐る脚を開いていった。
(……可愛い)
開かれた脚の間に指を滑らせ、フリードリヒはハイネの後蕾にそっと触れた。硬く閉まった場所にそっと指を差し入れる。
「あぅ! ……ん、んんッ!」
異物の挿入に、ハイネの身体が無意識に強張った。唇を噛み締めて涙を堪えるハイネの姿がフリードリヒの瞳に映る。
「……ハイネ、もしかして初めて?」
その問いに、ハイネは小さく頷いた。
「……生まれた、ばかりですから……」
途切れがちな声がそう付け足す。
「はあ?」
(無理させた……かな?)
「ああ……ッ!」
解そうとしていた指を引き抜くと、ハイネは声を上げた。
「いやっ!」
そう声にして、必死に縋り付いて来る。
「無理することはないよ?」
窘めるようにそう言葉にして、フリードリヒはハイネの黒髪をそっと撫でた。
「……私では、ダメですか? 私は望まれませんか?」
ハイネの瞳から涙がぽろぽろと零れ落ちる。
(その眼に弱いんだよね……)
「そういうわけではないから」
「なら、抱いて下さいませ」
ハイネが両腕を伸ばして来る。
「私の願いを叶えて下さいませ」
涙を浮かべた薄紫色の瞳でそう懇願されては、もう断ることは出来なかった。
「――あああッ!」
初めての衝撃に、ハイネの喉から悲鳴に近い声を上がった。
「……だ、大丈夫?」
思わずそう問い掛けるフリードリヒに、ハイネが何とかこくこくと頷く。自然と強張ってしまう身体から何とか力を抜こうと、ハイネは何度も浅い息を吐いた。それでも想像以上にきついその締め付けにフリードリヒが一旦動きを止める。するとハイネは涙を浮かべて必死に続きを嘆願した。
「止めないで……ッ、お願い……、お願いですから……ッ、」
「……判っている」
そう答えると、あやすように黒髪を撫で、フリードリヒは苦笑した。
「感じてごらん、ハイネ」
優しい口付けを落とし、白い肌の上に指を這わせていく。
「はい……。フリードリヒ、さま……」
こくりと頷き、ハイネは応えた。それでも緊張の解けきらない身体を、フリードリヒの指が溶かしていく。
「あ、あ……ッ、ふ……、あぁ……ッ、あ、あ、あ……ッ」
フリードリヒの愛撫に促され、ハイネの口から再び甘い声が上がり始めた。同時に締め付ける力が緩んで来たのを確認して、フリードリヒは慎重に身体を進めた。
「大丈夫。優しく、大事にしてあげる」
その言葉どおり、ゆっくりと丁寧に身体を開いていく。
「あ、はぁ……ッ、あ、あ、あ……ッ」
フリードリヒの動きに合わせて、ハイネの口から声が零れ落ちた。
「あ、あ、……嬉、しい……ッ、あッ、……感じ、る……ッ、中に……ッ、あ、あぁ……ッ!」
上がる嬌声の中、必死に言葉を紡ぐ姿が愛しくて、フリードリヒもまた快楽に身を任せていった。
「……ハイネ、……んッ!」
「あ、あッ、フリードリヒ、さま……ッ、あ、あ、あぁッ!」
高まる欲望をハイネの中に放つと、ハイネは身体を震わせてそれを受け入れた。硬くなったハイネ自身に手を添えると、ほぼ同時にハイネ自身も果てた。
しばらくの間、吐息だけが寝台の上を支配した。
「――満足したか?」
心地よい倦怠感に身を委ねていたら、突然台詞が降って来てフリードリヒは心底驚いた。ほとんど反射的に身を起こし、枕元の剣に手を伸ばして声の主を見つめる。
「……トウ、王太子、殿下、」
寝台の横に仁王立ちになっているその人物の姿を確認して、フリードリヒはそう声を掛けた。
『ガリル王国は魔法王国ですからね』
そう言ったハインツの言葉が脳裏を過る。魔法については、フリードリヒ自身書物では読んだことがあるし、神官たちが起こす奇跡も目の当たりにしたことはあった。ラストア王国にもいわゆる宮廷魔術師なる存在はいたし、数は少ないが魔術師は存在する。
『ガリル王国は子供でも魔法を使うらしいですよ』
しかし、ガリル王国は恐ろしいことに国民のほとんどが魔法を使う国らしい。その国の王太子が魔法を使えないはずがなかった。
(そうか。魔法か。魔法でこの部屋に入ってきたのか? ああ、魔法でハインツそっくりに変身させたのかな? そうか、王太子からの贈り物……)
ちらりと王太子に視線を送る。
意志の強そうな空色の瞳は明らかな怒りを含み、その表情はどこからどう見ても不機嫌そのものであった。
(怖い……)
どうやら贈り物というわけではなさそうだ。
内心逃げ出したい気持ちを何とか抑えて衣服を整えると、フリードリヒは寝台から起き上がった。
「トウ王太子殿下……、夜分に、」
言い掛けて、王太子の視線が自分を見ていないことに気づき、フリードリヒは一つ息を吐いた。
視線を追い掛けると、両手を付いて深々と頭を下げるハイネの姿があった。
「この度は、申し訳ございませんでした」
「主を間違えたことは今でも許しがたいが、それは最早言っても詮無きこと。一度だけだというお前の我が侭を訊いてやった。満足したかとそう訊いている」
威圧的なその声が、ハイネに容赦なく降り注がれる。
「はい、ありがとうございました」
「ならば良い。行くぞ」
そう言って伸ばされたトウ王太子の腕の中に納まり、ハイネはフリードリヒに一礼した。
「ありがとうございました。今宵のことは生涯忘れません」
その瞳には少しだけ哀しみの色が見えた。
「えっと、ちょっと、待って」
多分そのまま魔法か何かで消えてしまいそうな2人に、フリードリヒが慌てて声を掛ける。
「あの、その、説明、してほしいのですが……」
「案ずるな。そなたにはいずれ責任を取ってもらわねばならないからな」
威圧的な声と、最早恐ろしいとしか感じられない空色の瞳が、フリードリヒにそう答えた。
「はあ?」
「我が竜に勝手に願い事をした罪、許しはせぬ」
「竜? 願い?」
「とぼけても無駄だ!」
怒鳴るような声にびくりとした瞬間、伸ばされた腕に胸元を掴まれ、フリードリヒは恐怖を覚えた。
(こ、殺されるかも……)
半ば覚悟を決め掛けたその時、唇を重ねられ、フリードリヒはその大きな灰色の瞳を限界まで見開いた。
「だが幸いその瞳は気に入った。そなたで我慢してやることにした」
(何ですと!?)
その言葉の意味を考えようとする前に、トウ王太子とハイネの姿は消えた。
ただ、最後に一瞬だけ見せた笑顔、といってもいいのだろうか、細められた空色の瞳だけがフリードリヒの脳裏に焼き付いた。
(……怖い)
正直なところ、そう思わずにはいられなかった。