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特別仕立ての大きな窓。
そこから射し込む夕陽が好きだった。
その夕陽を浴びて紅く輝く髪が。
無邪気に笑うその姿が。
沈みゆく大きな夕陽を、ただ静かにロイは見つめていた。
ここから見る最後の夕焼けになるかも知れない。
心の何処かでそう思いながら。
『急死』した父王ミルフィールドに代わり、叔父ダンフィールドが正式に新王として立ったのは先刻のこと。
知り過ぎている自分を、あの聡明な叔父がこのままにしておくとは思えなかった。
自分の身にこれから起こるであろうことを冷静に考える。
ただ、アルフの無事だけは確認したかった。
扉が叩かれる。
返事をすると、ゆっくりと扉が開かれ、数人の騎士が姿を現した。
皆、一様に重苦しい表情を浮かべている。
「……ロイ様、」
一番年配であろう騎士がロイの前に跪き、恐る恐る声を掛ける。俯くその表情は硬い。
彼らが新王に命じられただろうことを思えば、それも無理はない。
『ロイを北の塔、最上階に連れて行け』
彼らにとって、精霊石の所有者である『王』は絶対の存在であり、その命令に背くことなど決してありえないことである。しかし一方で、目の前に静かに佇む少年は紛れもなく『王』の直系であり、今の今まで大切に守ってきた存在なのだ。
「……ロイ様、……陛下の、ご命令です」
跪いたまま意を決したように顔を上げ、先程の兵士が声を掛ける。
続く言葉を遮ったのは、ロイの静かな声だった。
「心配することはない。少し療養させてもらうだけだから」
流れるようなロイの口調が静まる室内に響いた。
簡単に身支度を終えると、ロイは静かな動作で騎士たちの後に続いた。
予想していたとおり北の塔の最上階に案内され、静かにその部屋に足を踏み入れる。
いつの間に整えたのだろう。
そこには、ロイの部屋と同じような白を基調とした品の良い調度品が並んでいた。
ただ明らかに異なるのは、あの大きな窓はなく、今夕陽が射し込んでいる小さな窓には鉄格子が嵌められているということ。
全てを瞳に収めた後、ロイは美しい青灰色の瞳を閉じ、小さく息を吐いた。
その瞬間、不意に腕を捕まえる。
「……ロイ様っ。あの、今なら……、今なら、外にお連れすることも出来ると思います」
興奮気味に伝える若い騎士の声が耳に入る。瞳を開くと青年騎士の真剣な眼差しとぶつかった。
一瞬の沈黙の後、
「……馬鹿なことを」
抑揚のない静かな声でそう告げ、ロイはやんわりと騎士の手を振り解いた。
「余計なことはしなくていい。すべては自分の意志なのだから」
そう。自分の意志。
今までにも、脱出する機会はあった。
ダンが即位して新しい結界が張り巡らされた今でも、策を練れば脱出することは可能であるだろう。もちろん可能性の低い賭けではあるが。
それでも、自分はまだ国を出るつもりはなかった。
ただ1つの目的のために。
扉が閉ざされる。
その後は、重苦しい静けさだけが狭い空間を支配した。
小さな窓から夕陽が射し込み、ロイの姿を紅く染める。
窓辺に立ったまま、ロイはそっと自分の左手を見つめた。
今はまだない、精霊石を、そしていつか手にするであろう精霊石を思いながら。
亡き母が、その美しい瞳に涙を浮かべながら、予言した言葉。
『近い将来、セレン開国以来初めて4つの精霊石が揃うでしょう』
『お前は、それを手にして、守らなければならない』
4つの精霊石。
父が持っていた水の精霊石。
叔父が持っている大地の精霊石。
1年後に自分が手にするであろう、風の精霊石。
そして最後の精霊石はおそらく――。
「……アルフ」
ただ静かに、刻が動き始めたことを感じる。
もう戻れない刻が――。