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少しずつ、そうほんの少しずつ、
歪んでしまった歯車が刻む時の終末は、
何処にあるのだろうか――?
薄情なことに、母が亡くなった日のことは余り覚えていない。
覚えているのは、ただ――。
最期に柔らかく微笑んだ母の口元。深い哀しみに堪える父の碧の瞳。
そして、
言葉を発することすら出来ずに立ち竦む自分の頭を、そっと撫でていた逞しい手。
柔らかい黒髪を愛しむように撫でる手の感覚に、ロイはうっすらとその美しい双眸を開いた。
ロイが横たわる寝台の端に腰を下ろし、窓から差し込む朝陽を真っ直ぐに見つめながら、その黒髪を優しく撫でているダンフィールドの姿が視界に入る。
ああ、この手か―。
幼いあの時、自分の頭を撫でていた手。
一瞬、遠い昔の光景が重なり、ロイは小さく息を吐いて瞳を閉ざした。
閉ざした瞳の奥に、昨夜のことが鮮やかに思い起こされる。
身体に残存する痛みと倦怠感が、昨夜の忌まわしい記憶が紛れもなく現実であることをロイに知らせていた。
そう。
自分は昨夜、この手に、陵辱されたのだ。
身体に残る忌まわしい感覚に、ロイは小さく首を振った。
その様子に気付いたのだろう、ダンがロイに視線を落としてくる。
「……ロイ? つらいか?」
少し掠れた声。
それは、遠い昔を思い起こさせるような、優しい声色で――。
ロイはゆっくりと綺麗な青灰色の双眸を開いて、ダンの姿を確認した。
愛しむような深い茶褐色の視線とぶつかる。その視線に今まで張り詰めた糸が切れそうになるのを感じながら、その全てを拒絶してロイは静かに首を振った。
「叔父上が、心配なさる必要はありません」
「……そうか」
答えるダンの瞳が、ほんの少しだけ哀しげに見えたのは気のせいだろうか。
「……アルフは、どうしています?」
ほんの一瞬、気が緩んでしまったのかも知れない。
ほとんど無意識に、ロイはその台詞を口にしていた。
ずっと口にしたかった台詞。
この国を後に出来なかった唯一つの理由。
――しまった。
口にした瞬間、ロイは深く後悔した。
すうーっと細められたダンの双眸に、隠した心の奥さえも読み取られたような気がした。
「……そうか。そういうことか。ロイ」
呟くようにそう告げ、ダンが喉元で笑った。その瞳の奥に狂気が見え隠れしている。
次の瞬間、がっしりとした左手で乱暴に黒髪を引っ張られ、ロイは息を呑んだ。狂気を含んだ視線をまっすぐに受け止める。そのまま白い首を寝台に抑え付けられるようにして、強引に両脚を開かされた。次に行われるであろう行為を予想してきつく瞳を閉じるロイの耳に、ダンの忍び笑いだけが響く。
「……うっ、くっ……」
何の前戯もなく、ダンが散々傷つけられた場所に乱暴に侵入してくる。引き裂かれるような苦痛に、ロイは端正な顔を歪めた。
「はぁっ……っ、あ……っ、」
「言ったはずだ、ロイ。お前は、私のものだと」
何度もそう告げながら、ダンはロイの中に打ち付けた。固く寝布を握り締めてその行為に堪える。滲む涙を見せまいと、ロイは大きく首を振った。そんなロイの様子すら楽しむように薄く口元に笑みを浮かべて、ダンはより激しくロイの中へと打ち付けた。
「……くっ……、ん……っ、はぁ……っ、」
噛み締めたロイの唇から、苦痛の色を帯びた吐息が零れる。
「……お前は、私のもの。誰にも渡しはしない。誰にも……」
繰り返される狂気を帯びた囁き。
ただ固く瞳を閉ざして、ロイはその行為を受け入れた。
ある決意を胸に――。
思うままに蹂躙され、やっとの思いで開放される。
大きく息を1つ吸い込んで、白い肢体を力なく投げ出したまま、ロイはゆっくりと青灰色の瞳を開いた。
その整い過ぎた端正な美貌に、氷のような笑みを乗せて。
一瞬でも瞳に動揺を浮かべてしまったら、聡明な叔父はすべてを理解するだろう。
ずっと心の奥にしまい続けたアルフに対する想いも。
そして、ただアルフを失いたくないがために、自分が行おうとしている計画も。
決して知られるわけにはいかなかった。
全身全霊をかけて、すべてを欺いてみせる。
そう、アルフ。お前すらも。
感情のない瞳でダンを見上げると、そんなロイの変化を楽しむようにダンが双眸を細めた。
「ロイ、お前は私のものだ」
「……ええ」
抑揚のない声でロイが答える。
「叔父上の目には、このロイがそんなことも理解出来ないほど愚かに見えますか?」
美しい青灰色の瞳でまっすぐにダンを見据える。
「お前の心が、アルフにあると言うなら……」
「心など、何の役に立つでしょう?」
ダンの台詞を遮るように、ロイは口調を速めた涼やかな声を響かせた。
「すべてを叔父上のものになさるのでしょう?」
妖艶に微笑む。そんなロイを見つめて、ダンは喉の奥でくっくっと笑った。
「良い覚悟だ、ロイ」
ロイの耳元で囁くようにそう告げ乱暴に口付けると、ダンは部屋を後にした。
ダンが去っていった後、乱れた夜着を整えることもせずにロイはただ静かに天井を見上げた。
ただ、窓から差し込む陽の光が、遠い世界のものになってしまった、
そんな気がした。