Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 SELEN 

 第6話 拒絶 


『明けない夜はありませんよ』
 そう言って優しく微笑んだのは、誰だったか――。


 階段を降りて行くアルフの足音を確認して、ロイはゆっくりと起き上がった。
 鉄格子の嵌った窓に近づき、少しずつ闇に染まる城下を見下ろす。

『ロイ。俺、約束は守るから』
『ロイを1人にはしない。必ず、行くから。だから、』
 今日のアルフは、何処かいつもとは違っていた。

 アルフ、お前、もしかして――。

 一瞬、1つの可能性がロイの脳裏を横切った。
 次の瞬間、不意に扉が開かれる。
 音もなく再び閉ざされた扉の前に立つ侵入者の姿を確認して、ロイは美しい青灰色の瞳を見開いた。
「……アスラン」
 アスランと呼ばれた青年騎士は素早い動作でロイの足元に近付くと、恭しく跪いた。
「ロイ様。お迎えに参りました」
 アスランの姿を静かに見下ろして、ロイが息を吐く。
「……お前を遣したのはアルフか…。馬鹿なことを」
 ロイとアルフの指南役である現騎士隊長には3人の息子がいた。その末の息子がアスランである。一番年が若いこともあってロイとアルフのお目付け役的存在であった彼は、幼い頃から多くの時間を共にしており、ロイが心を許す数少ない人間の1人でもあった。実際、ロイ自身も父王暗殺の後、アスランを頼って国外に脱出することを一度は考えた。しかしそれは成功の可能性が低い賭けであり、発覚した場合、アスランは元より彼の家族にも災いが及ぶ危険性が高いと思われた。
 それに――。

「ロイ様。今なら、あなたをお連れすることが出来ます。さあ、お早く」
 促すアスランにロイが静かに首を振る。そして氷のように冷たい表情を作って、アスランに告げた。
「今すぐ引き返せ。アスラン」
 ロイの台詞に、アスランが顔を上げる。
 表情を読ませないロイの視線を受け止め、アスランは柔らかく笑みを作った。
「……大丈夫です、ロイ様。アルフ様は決して巻き込みません。全ては私一人が計画したもの。何があっても御咎めは私一人で受けます」
 一瞬だけ青灰色の瞳を見開いて、ロイは苦笑した。
 アスランは、最も傍で自分たちを見守ってきた人物である。心に秘めたこの想いもすべて承知しているのだろう。そして全てを承知した上で、危険を冒して今、此処にいるのだ。
 ロイの胸に熱いものが込み上げる。
 それなのに自分はそのアスランさえも裏切ろうとしているのだ。

「アルフ様も、必ずお連れします。このアスランの命に代えましても。だから、ロイ様。お願いです。一緒にいらして下さい」
 自分を見つめる真剣な眼差しから視線を外し、ロイは喉の奥で笑ってみせた。
「アルフのことは関係ない。自分の意志で、自分のためにここにいるんだ。お前如きが余計なことはしなくていい」
 そう言い放ち冷たい視線を落とすと、見上げるアスランの双眸が一瞬だけ険しくなった。

 ――そう、それでいい。アスラン。

 ゆっくりと立ち上がるアスランから視線を外し、ロイは背を向けた。
 自分の吐いた心無い台詞に、アスランは去って行く筈だった。そう、思っていた。
 しかし、
「……ロイ様。それでこのアスランを欺いたおつもりですか?」
 次の瞬間、不意に背中から抱きすくめられる。
「何もかもお一人で背負い込むおつもりですか? ロイ様。それはあまりにも辛すぎます……」
「……アスラン、」
 抱き締める腕の暖かさに、青灰色の瞳が揺れる。
 その時、階段を上がる足音に気付いて、ロイはアスランの腕を引き剥がした。そのまま抑えつけるようにアスランの身体を衣装棚へと押し込む。
「声を出すな、アスラン。これは命令だ」
 短くそう告げ、青灰色の瞳を細めてロイは足音の主が姿を現すのを待った。

「客人か? ロイ」
 くっくっと声を上げながら、ダンが姿を見せる。
「さあ、そうかも知れません」
 涼しげな視線を寄越しながら、ロイは妖しく笑みを浮かべてみせた。
「鍵が開いてたようだが?」
「そのようですね。でも、どうでも良いことです」
 双眸を細めるダンの視線の先がアスランの隠れている衣装棚へと向けられているのに気付き、ロイはその視線の間に身体を割り込ませた。
「叔父上、」
 表情を変えないまま、美しい青灰色の瞳で真っ直ぐにダンを見つめる。ダンはというと残虐な笑みを浮かべたままである。
「なるほど。良い趣向だ」
 そう告げ、ダンはゆっくりとロイに近付くと、ロイの細い肩を衣装棚に抑えつけた。そのままロイの耳元に唇を寄せて、楽しげに囁く。
「くっくっ、お前次第だぞ、ロイ」
 ダンの言葉が意味するところを、正確に理解する。
 ロイが此処を出ないことは十分承知している筈のダンである。アスランを生かすも殺すもさして興味はないのかも知れない。この状況を楽しみ、ロイの出方次第でアスランを逃がしてもよい、そう告げているのだ。
「……どういうことでしょう? 叔父上」
 涼しげな声でロイはそう答えてみせた。
「どうして欲しい? ロイ」
「……抱くのでしょう?」
 1つ息を吐いて静かに答える。その瞬間、背中から衣装棚の中のアスランの動揺が伝わった。
「お前が望むのなら、な」
 満足げな笑みを浮かべて、ダンが告げる。
「……ええ、そうですね。何度も抱かれた身体ですから」
 だんっ。
 ロイの告白にアスランが思わず、衣装棚の扉を激しく叩きつける。
 扉は、ロイが後ろ手でしっかり閉ざしていたが。
「おや? 客人はこの中か? ロイ」
「……鼠でしょう。……音を立てるな。命令だ」
 背中に向かって、滑るような声でそう告げ、ロイはダンを見上げた。
「そんなにこの口から言わせたいのですか? ……抱いて下さい、と」
 そう告げると、視線を外さずロイはその薄い口唇を寄せた。舌を絡ませ、唾液を滴らせながら、激しく口付ける。そして衣装棚に背を預けたまま腰を下ろし、瞳を伏せてロイはダン自身を口に含んだ。
「覚えが早いな、ロイ」
 喉の奥で笑うダンの声が耳に届く。次第に形を成していくダン自身に息を詰まらせながら、ロイは熱を帯びた舌で丁寧に愛撫を繰り返した。
 不意にダンがロイの柔らかい黒髪を掴み上げる。ロイは少しだけ顔を顰めて、青灰色の双眸を開いた。
「で、次はどうするんだ? ロイ」
 残酷な笑みを浮かべ、ダンがロイの次の行動を促す。
 静かに衣装棚の扉から身体を離すと、ロイは寝台にダンを横たえその上に静かに跨った。
 ロイが離れたことで自由になった衣装棚から飛び出そうとしたアスランを止めたのは、ロイの声であった。
「開けるなっ!」
 叫び声に近いロイの声に、一瞬アスランの動きが止まる。
「……見るな。……お前には見られたくない……」
「ロイ、様……」
 それが、決して本心を語ろうとしないロイの心の叫びのような気がして、アスランはそれ以上、動くことが出来なかった。

「……くっ……ん……っ、」
 息を詰めるようにして、かろうじてダンの全てを己れの中に収めると、ロイは大きく息を吐いた。そして意を決したようにゆっくりと痩身を動かし始めたところで、ダンが笑みを浮かべて体位を入れ替える。
「叔父上……?」
「ロイ、今日のところはこのくらいで勘弁してやる」
 そう告げるとそのままロイを抑えつけて、ダンは自分自身を打ち付け始めた。
「……あっ、はぁ……っ、あ……っ」
 行為に慣らされた身体が確実に感じる場所を攻め上げるダンに反応し、噛み締めた筈のロイの唇から艶を帯びた声が上がる。
「ご褒美だ、ロイ。しっかり見せつけてやれ」
「……あぁ……っ、はぁ……っ、」
 そうして、ダンは激しく何度もロイを追い詰めていった。


 虚ろな青灰色の瞳で、衣服を正すダンの姿をぼんやりと見つめる。
 何度も上り詰めた身体に力を入れることも出来ずに、ロイはただ浅い息を繰り返していた。
「気付いたか、ロイ」
 ロイの様子に気付いたダンがゆっくりと近付いて来る。
「随分無理をさせた。今日はゆっくり休め」
 やんわりとロイの黒髪を撫でながら囁くと、ダンは衣装棚に視線を向けた。
「……叔父上、」
「一刻だ。ロイに免じて時間をやる。捕まるなよ、アスラン」
 ほっと胸を撫で下ろすロイに笑みを1つ零して、ダンは部屋を後にした。


 汗を拭う冷たい感覚に、ロイが青灰色の瞳を開く。
「……アスラン、」
 その手を払い除けるようにして無理に起き上がると、ロイはアスランを見据え感情を押し殺した冷たい声で告げた。
「構うな。それより、出来るだけ早く国を出ることだ」
「……いいえ、ロイ様。例えご命令に背くことになってもこの国を離れるつもりはございません」
 アスランがゆっくりと立ち上がってロイに一礼する。
「ロイ様。1つだけ、覚えておいて下さい」
 最後にもう一度大切な存在を瞳に焼き付けるかのようにロイを見つめて、アスランは口を開いた。
「明けない夜などない、ということを」



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