Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 Crossing 

 第10話 


 豪華とは程遠いが、白を基調としたその王城は、清廉で優美な印象を与えた。細部に至るまで施された彫刻は、差し込む陽の光に一部は透け、また一部は影を落とし、見事な調和を見せる。
 そして、その美しさは夜の星々の下でも衰えることは決してなかった。

 セレン王城――。

 レイチェルにとっては幼い頃から何度も足を運んで来た場所である。13歳で騎士叙勲を受けてからは殆ど毎日のように登城して来た。
 しかし、何度も歩いてきたその廊下も、星々の光が降るその光景も、今のレイチェルにはその全てが灰色に霞んで見えた。

 知らず足が止まってしまう。
 ふと窓へと視線を送り、レイチェルは綺麗な薄紫色の瞳で星が瞬く夜空を見上げた。一つ息を落として、瞳を伏せる。そうして、細いその指を硬く握り締めて、レイチェルは奮い立たせるかのように自分の足を何度か叩いた。

 背筋を伸ばして佇むその美しい立ち姿が、廊下に長い影を落としていた。



「さすがに美しいね」
 そう声を掛けられ、レイチェルは視線を向けた。向き直った廊下の先に、一人の青年の姿が見える。

 星明りの下でも、その青年の美しさは十分見て取れた。
 その美しさは、綺麗というよりは、妖艶という表現が的確かも知れない。青年を印象付ける大きな蒼い瞳はまるで妖花を思わせた。その蒼い妖花を褐色の肌の上に咲かせ、波打つ金色の髪に指を絡ませながら、その青年はくすくすと笑みを浮かべた。

「本当に綺麗。うちの後宮でも見劣りしないよ」
 胸元を大きく広げ、肩を見せたその衣装が、レイチェルの瞳に映る。対照的に淡青色の騎士隊服を纏い、詰め襟まできっちりと留めた姿で、レイチェルはその青年に対峙した。腰に下げた長いエストックの柄には、ウェイクフィーズ家の紋章が刻まれている。
「ふうん……」
 レイチェルの姿を上から下まで舐めるように見つめて、その青年はすうっと瞳を細めた。その視線にぞくりとした殺意を感じ、レイチェルはエストックの柄を握り締めた。
「やだな、そんな怖い顔しないでよ」
 青年がけらけらと笑みを浮かべる。
「あ、僕、シーマ。レイと同じ19歳」
 そう告げて、シーマと名乗った青年は、レイチェルの頬へと手を伸ばしてきた。少し目線の高いレイチェルを上目遣いで見つめたまま、その頬にそっと頬に触れる。
「綺麗な肌……」
「よせ」
 首元へと滑り落ちてくるシーマの手を制しながら、レイチェルは身を捩った。鈴の音のようなその声に微かな苛立ちの色を含む。
「それにしても、まさか騎士サマとはね」
 一旦そう前置きしてから、楽しくて堪らない様子でシーマは再びけらけらと笑みを零した。
「でも、」
 ふと笑うのを止めて、妖花の瞳にレイチェルを映す。
「気位の高いお貴族サマを組み敷けるかと思うと、今からぞくぞくするよ」
 シーマの瞳の中、レイチェルは表情を凍りつかせた。
「……どういう意味だ?」
「さあね。すぐに判るんじゃない?」
 レイチェルの手を取るシーマの笑い声が、長い廊下に響いた。



 促されるままに部屋に入ると、大きなソファに腰掛けたカルハドール王と、もう一人背の高い青年が傍に控えていた。
 軍服に身を包み、長い曲刀を提げた姿から、どうやら軍人のようであった。少し長めの黒髪から覗く切れ長の黒い瞳は鋭く、青年に刃物のような印象を与えていた。

「よく来たな」
 満面の笑顔を浮かべて、カルハドール王はレイチェルに手招きをした。その指には豪華な宝石が輝いていた。その指先を見たレイチェルの脳裏に、昼間のことが鮮やかに思い出される。

 肌を撫で回した指先とざらついた舌の感触が、ざわざわとレイチェルの肌に蘇ってくる。
 そして、自分の中を犯していく感覚――。

「……っ」
 吐き上がる嘔気とともに、レイチェルは視界が歪むのを感じた。ぐらりと足元が揺らいだところを、がっしりとした腕に支えられる。視線を上げると、先程の軍服の青年の姿があった。

「ちょうど良い」
 口元に笑みを浮かべて、カルハドール王がそう告げる。
「そのまま寝台へ運んで、抱いてやれ。バド」
 事も無げに告げられたその台詞に、レイチェルはカルハドール王に視線を向けた。カルハドール王の足元でシーマがけらけらと笑みを零すのが見える。
「ねえ、陛下。僕も混ざっていいよね?」
 甘えたその声に、カルハドール王は笑顔で許可を出した。そうして、ソファから立ち上がると、カルハドール王はバドの腕の中で硬直したままのレイチェルに視線を落とした。レイチェルのアッシュブロンドの髪に指を絡め、無理矢理自分の方を向かせる。

「陽の光の下とは違う、その美しさも格別よ」
 満足げな笑みでレイチェルの表情を見つめ、カルハドール王は唇を寄せて、レイチェルの耳朶に歯を立てた。レイチェルの身体ががぞくりと震える。

「今宵、余を楽しませよ。案ずるな、後でちゃんと抱いてやる」
 そう言って、カルハドール王は瞳を細めた。
 バドに抱え上げられながら、レイチェルは目の前が暗転していくのを感じていた。



 豪華な羽根布団の上に下ろされる。
 バドの指が、丁寧に衣服を肌蹴ていく。
「力を抜いていろ」
 抑揚のない声にそう告げられ、レイチェルは直面する現実を実感した。

 ――キース……。

 歪む視界にキースの姿が浮かぶ。

 気付いていた。判っていた。
 だた、認めたくなかっただけ……。

 昼間、カルハドール王に抱かれた時も、脳裏に浮かんだのは、キースの姿だった。
 心も、身体も、キースただ一人だけを求めていた。

 こうしてまた、他の人間と肌を合わせて、その想いが確実なものになっていく。


 ――キースが、好きだ。


 一度認めてしまうと、次々と溢れる想いを抑えることは難しかった。


 ――キースが、好き、好き、好き……


 流れていく雲を掴もうとした時と同じように、レイチェルは天蓋に向かって手を伸ばした。
 思い切り伸ばせば、キースに届くような、そんな気がした。
 伸ばした手が空を切る。

 白い天蓋を映すレイチェルの瞳から、一条の涙が落ちた。

「……キース」
 レイチェルの形の良い唇から、知らずその名が零れる。
「……恋人か?」
 指の動きを止めて、バドはそう問い掛けた。その問いに答えることが出来ず、レイチェルは唇を噛み締めた。
「どうでもいいじゃん、楽しもうよ」
 滑り込んできたシーマが、レイチェルの胸の突起に軽く歯を立てる。
「ん……っ」
「へえ、感度いいね、レイ」
 ぴくんと跳ねるレイチェルの身体が、シーマの蒼い瞳に映った。けらけらと笑いながら、白いその肌に残る情事の跡へと舌を這わせていく。
「ん、……ふっ」
「こんなに跡を付けられて……。レイってば、やらしいんだ?」
 上がる吐息を飲み込み、噛み締めたままのレイチェルの唇から、赤い血が流れ落ちる。
「黙っておけ、シーマ」
「だって、バド……」
 その間も2人の指と舌が絶え間なく、レイチェルの身体を開いていった。
 浴びせられる言葉と施される愛撫に、レイチェルはただ唇を噛み締めたまま、必死に耐えた。


「声を聞かせよ」
 3人の嬌態を見つめるカルハドール王の声がそう命令を下す。少し離れたソファに腰を下ろし、酒杯を片手に、カルハドール王はその様子を楽しんでいた。
「乱れてみせよ」
「……はぁい」
 間延びた声を上げて、シーマはレイチェルの内腿へと身体を滑らせた。そうして、軽く唇を開き、シーマはレイチェル自身を口に含んだ。
「んっ、……あっ!」
 レイチェルの声が上がる。
 巧みな舌使いで、シーマがレイチェルの快楽を導き出していく。同時にバドに耳朶を甘噛みされ、胸の突起を摘まれ、レイチェルは身体を緊張させた。
「ああっ、……あ、っ……んんっ」
「いい声……」
 硬くなったレイチェル自身に舌を這わせながら、シーマがそう溜め息を零す。
「……あ、あ……っ、あうっ!」
 後ろへと指を這わせると、レイチェルは苦痛の声を上げた。
「初めてじゃないんだね、レイ。……ああ、そうか。昼間も外で陛下に抱かれたんだっけ?」
 その言葉がレイチェルを現実へと引き戻していく。

「……キー、ス……」
 縋りつくようにその名を口にする。
「今は忘れろ」
 そう告げて、バドはレイチェルの身体を反転させた。細い腰を掴んで上げ、両膝を立てさせて、レイチェルの秘部を露にさせる。
「あ……っ、な、何……?」
 ぬるりとした何かを感じ、レイチェルは動揺の声を上げた。
「ただの潤滑油だ、心配するな」
 そう告げると同時に、バドの指がレイチェルの中に押し入ってくる。
「ああっ!」
「力を抜け」
 バドの声がそう命令する。
「協力したげるね」
 そう告げてシーマが笑う。
 そうして、立てた膝の間に滑り込んで、シーマは再びレイチェル自身に指を添えた。先端を掻きながら、裏側へと舌を這わせていく。
「あ、あ……っ、あ、あ」
 2人の動きに追い立てられるように、レイチェルの身体が上り詰めていく。
「キー、ス、……キース、」
 掠れた声でそう何度も名を呼びながら、それでいて、自分を侵食していく存在がキースではないことも同時にレイチェルは判っていた。

 ――突き放したのは、私だ……

 怖かった。
 キースに惹かれていく自分を認めることが。
 そうして、キースに愛されていないことを知るのが。

 ――今更、気付いても、もう遅い。

 近付いて来るカルハドール王の荒い息遣いが、レイチェルの耳に届く。

 ――全てを、なかったことには出来ないのだから……。

 限界まで開かされた両脚の間に、カルハドール王の身体が割って入ってくる。
 大きなその手が腰を掴み、有無を言わせずカルハドール王自身へと引き寄せられていくのを感じ、レイチェルは瞳を伏せた。

 その時だった。
 間続きの隣の部屋の大きな扉が叩かれる音が響いた。

「陛下。どうしても陛下に拝謁したいとのことで、ウェイクフィーズ家の長男が参っております」
 扉の向こうから告げられる台詞に、レイチェルの表情が強張る。
「ウェイクフィーズ……?」
「……兄さん」
 身体を強張らせてそう呟くレイチェルの声に、合点がいったかのようにカルハドール王は大きく頷いた。
「通せ」
 扉に向かってそう答える。
「嫌です!」
 声を荒げて、レイチェルは身を捩った。自分を掴む腕から逃れようともがくレイチェルの姿が、カルハドール王の嗜虐心を煽る。
「良いではないか。兄にも見てもらえば」
「……陛下。お止め下さい」
 レイチェルの細い腰を掴み上げるカルハドール王の手を制し、首を横に振ったのはバドだった。

「つまらぬ」
 そうぼやいて、カルハドール王はしぶしぶ立ち上がった。そのまま、隣の部屋へと向かう。

「つまんないの」
 ぼやくシーマを、バドはその鋭い瞳で睨み据えた。
「だって、レイだってこのままじゃつらいよね?」
 自身を撫で上げられ、レイチェルが美眉を寄せる。
 そのレイチェルを寝布で覆いながら、バドは隣の部屋へと視線を送った。


「失礼致します」
 扉が開かれると同時に一礼し、アロウェイが部屋の中に入ってくる。
 そして、視線を巡らせ、寝台を見つけるや否や、アロウェイは寝台の方へと駆け出した。

「レイっ!!」
 天蓋から下りる薄布を捲ると同時に、アロウェイの喉元に曲刀が突きつけられる。その剣先を鞘に入ったままのエストックで受け止め、アロウェイは鋭い視線を向けた。
「無礼だぞ」
 アロウェイの視線を受け止め、バドがそう告げる。
「無礼は百も承知」
 そう答えて、アロウェイはレイチェルの腕を掴んで、自分の方へと引き寄せた。そのまま、レイチェルを背中に回しながら、カルハドール王へと向き直る。
「お咎めなら受けましょう。ですが、これは私の弟。指を銜えて見ていることなど出来ません」
 緊迫した空気がその場を支配した。

 その空気を破ったのは、シーマの甘い声だった。

「陛下ぁ、もうそんなの放っといて、シーマとイイコトしましょうよ」
 そう言ってくすくす笑みを浮かべる。
 そして、
「あ、良いこと思いついた」
 妖艶な蒼い瞳を細めて、まるで用意していたかのように、シーマはその台詞を口にした。

「今度、剣術大会を開いてくれるんでしょう? その優勝者をカルハドールに招きましょうよ」
 シーマの言わんとすることが理解できず、一同は訝しげにシーマを見た。その様子に、シーマが楽しそうにくすくすと笑みを浮かべる。
「レイってばこう見えて、昨年の優勝者なんだもの。ねぇ、陛下。レイを連れて帰った方が楽しいでしょう?」
 その言葉にカルハドール王はにやりと笑みを浮かべた。

「――国一番の剣の使い手を、軽々しく国外にやるわけには参りません」
 割って入ったアロウェイの声に、待ってましたとばかりにシーマがすかさず返答する。
「だから、バドを置いて帰る」
 その台詞に、バドは瞳を見開いてシーマを睨んだ。
「バドさえいなきゃ、シドも抱けるし。陛下、一石二鳥だよ?」
 バドの視線を無視して、シーマはそう促した。
「……なるほど」
 しばし考えた後、カルハドール王が大きく頷く。
「陛下、約束を違えるおつもりですか!?」
 食って掛かるバドを、カルハドール王は片手で制した。バドは歯軋りをして、抗議の声を呑み込んだ。
「良い。剣術大会で優勝した者を我が国へ招こう。ただし、バドに勝てば、という条件で。これならば良かろう? だが、もしわざと負けるような真似をしたら……」
「大丈夫、陛下。レイはそんなこと出来ないよね?」
 そう言ってシーマはけらけら笑った。
 レイチェルの性格からして、その言葉どおりであることはアロウェイにも判っていた。
 納得し兼ねる条件ではあったが、それでも今のこの状況よりは随分とマシに思えた。条件を呑んで引き下がるしかない。
「うんと言った方が賢明だよー」
 シーマに言われるまでもなかった。
「判りました。ですが、一つだけ。剣術大会が終わる日まで、レイチェルにも王子にも手は出さないとそうお約束下さい」
 一礼して、アロウェイはそう嘆願した。
「……良かろう」
 アロウェイの背で、かろうじて身形を整えていくレイチェルを瞳に映し、カルハドール王はそう答えた。
 もう一度一礼して、アロウェイはレイチェルとともにその部屋を後にした。
 ただ、バドだけがぎりりと歯を噛み締めていた。




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