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「…………レイ?」
そう名を呼ぶアロウェイの声が、まるで雨音を掻き消すようにレイチェルの耳に響いた。
いつも優しく微笑む翠色の瞳が、驚いたように見開かれているのが見える。
その表情に、自分が置かれている状況を再確認させられ、レイチェルは指先が震えるのを抑えることが出来なかった。
そう、こんな場所で、服を乱して、両脚を拡げて、男に抱かれている。
それどころか、乱れた声を上げ、男を受け入れて、――感じていたのだ。
焦がれ続けたアロウェイの腕ではなく、キースの腕の中で――。
「……っ!」
ずるり、とキースが自分の中から出ていく感覚に、レイチェルは息を詰めた。離れようとするキースのシャツを震える指先で握り締める。
その間も、レイチェルの薄紫色の瞳はアロウェイの視線から外されることはなかった。
レイチェルの指先の震えが、次第に大きくなっていく。
呼吸が乱れ、全身から血の気が引いていくのを、レイチェルは感じていた。
「レイ」
そう名を囁いて、キースがレイチェルを抱き締める。と同時に、ばさりと何かに視界を覆われて、レイチェルは張り詰めていた糸が切れるのを感じた。
キースの腕の中に、力をなくしたレイチェルの身体が、ふ、と崩れ落ちてくる。
「……レイ」
小さな声でそう名を呼んで、キースはレイチェルの痩身を抱く腕に力を込めた。
すぐ傍に、アロウェイの気配を感じる。
「何か言いたいことでも?」
口元に笑みを浮かべて、キースはアロウェイを見上げた。
「レイを、泣かせるなと、そう言っておいた筈だが?」
雨音の中、静かにそう告げるアロウェイの声が響く。一見冷静なその声に微かに含まれる怒りを感じ取り、キースは更に口元に笑みを浮かべた。
「泣かせてねぇよ。あんたも見ただろ? こいつのイイ顔を」
笑みを浮かべたまま、キースがそう挑発する。そうして、射抜くような深緑色の瞳で、キースはアロウェイの反応を凝視した。
キースの瞳の中、ほんの一瞬だけ表情を変えた後、アロウェイが深い溜息を落とす。
その後はただ淡々とした口調で、アロウェイは言葉を紡いでいった。
「あまり無理をさせるな」
いつもの冷静な翠色の瞳で、掛けられた外套の向こうにいる、レイチェルの姿を見下ろして、
「こういう行為は、身体にかなりの負担を掛けるものだと、そう聞いたことがある」
その口調はまるで業務報告でも行うかのようで、弟が犯される場面を見た兄の言葉とも思えなかった。
「……少し慎め」
冷静な口調のまま最後にそう締め括って、アロウェイは踵を返した。
「待てよっ!」
アロウェイの背に、キースが怒声を投げ掛ける。そうして、意識を手放したレイチェルの身体をそっと横たえ、自らの外套を掛けてやりながら、キースは先程まで掛けられていた外套を手に取った。
振り返ったアロウェイの胸にその外套を乱暴に押し付ける。
「他に言うことはねぇのかよ?」
低い声で、キースがそう問い掛ける。
「ない」
短くそう答え、もう一度深い溜息を落としてから、アロウェイはその外套に手を伸ばした。外套に触れる直前で、キースの腕がアロウェイの手首を掴み上げる。
「……離せ、キース」
アロウェイが視線を上げる。
「てめぇ、何とも思わねぇのかよ」
一際低い声でそう告げ、キースはアロウェイを見据えた。アロウェイもまたキースを見据える。
「……一体何が言いたい?」
「レイを放っておくのか?」
その言葉にアロウェイが失笑する。
「……連れて帰れとでも?」
「そうじゃない」
「ならば、お前に任せる。夕刻までに連れて帰ってくれると助かる」
そう告げて、アロウェイはキースの腕を引き剥がそうと試みた。手首を掴むキースの腕に一層力が込められ、アロウェイがもう一度溜息を落とす。
「レイが……、レイが気を失うほど思い詰めたのは、」
キースの脳裏を、先刻のレイチェルの姿が掠める。
かたかたと震えていたレイチェルの細い指先――。
必死で握り締めてきたその指先からは、レイチェルの想いが伝わってくるようであった。
「……お前のせいだろう?」
アロウェイが少しだけ苛立たしげにそう答える。
「てめぇのせいだよ!」
震える指先から流れてきたレイチェルの想い。その想いを、淡々と言葉を紡ぐこの男に判らせたくて、キースは遂にそう言葉にした。