Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 Crossing 

 第8話 


 夕暮れの中を、レイチェルは馬を駆った。熱はすっかり下がり、気だるさは残っているものの、寝込むようなものではなかった。というよりも、一人部屋の中に居ることには耐えられなかったというのが真実だった。
 静かな部屋に一人で居ると、さまざまなことを考えてしまう。

 本当はきちんと考えなくてはならないのかも知れない。自分の気持ちに向き合わなくてはならないのかも知れない。
 そう思えば思うほど、思考回路は堂々巡りを繰り返す。
 薄々自覚しているその答えを、どうしても認めることは出来なかった。

 キースを愛してしまったかも知れない、というその答えは、これまでの自分も、兄さえも、裏切る行為にも思えた。何より心よりも先に身体がキースを求める、それはあってはならないことのように思えた。

 愛馬に鞭を入れ、追い立てるように加速する。昨日の行為の名残か、身体中が鈍い痛みを訴えてきたが、構うことなくレイチェルは馬を走らせた。
 程なくして、馬が嘶き、その足を緩やかなものへと変化させる。

「古代の森、か……」
 愛馬が足を止めた原因を瞳に納め、レイチェルは一つ息を吐いた。
 セレン王国には足を踏み入れてはならない禁忌の場所がいくつか存在する。古代の森もその一つだった。その奥にはエルフ族が住まうと言われている。もっともレイチェル自身も見たことはなかったのだが。
 森には足を踏み入れぬよう細心の注意を払いながら、辺にある泉に近付く。膝を落とし、水を掬ったその時だった。

「……?」
 微かな気配に、レイチェルは動きを止めた。馬を制し、流れるような動作で木陰に身を隠す。

「……んっ!」
 ぐぐもった声と草の音が聞こえる。
 気配を殺して近付いたレイチェルの瞳に、豪華そうな外套を羽織った男の背と、その両脇でばたばたと動く細く白い脚が映った。
 一瞬にして状況を察知する。

「殿下!」
 そう叫び、身を翻して、レイチェルはその二人の前に姿を現した。体格の良いその男の顔は初めて見たが、セレン王国では見慣れない褐色の肌と紅い髪、そして身に纏う高価な宝石の数々が、彼が何者であるかを明らかにしていた。
 そして、彼の下で衣服を乱され組み敷かれていた少年は言うまでもなく、ロイフィールド王子その人であった。形の良い小さなその口には布らしきものを押し込まれている。それでも気丈なことに見開いた綺麗な青灰色の瞳には涙の跡すらなかった。きつい眼差しで、しっかりとカルハドール王を見据えている。
「陛下、お戯れが過ぎましょう」
 そう声にして、レイチェルは膝を付き頭を垂れた。
 今すぐ殴り倒して、抑え付けられている王子を救い出したい気持ちをぐっと抑え込む。同時に腰に提げた剣の柄を握り締め、これ以上少しでも動こうものなら、刺し違える覚悟も出来ていた。
 レイチェルの気迫が通じたのか、カルハドール王が溜め息を落として立ち上がる。
 一つ短く息を吐いて、レイチェルは幼い王子の傍へと駆け寄った。衣服は乱され、艶やかな黒髪は草で塗れていたものの、幸いなことに許されざる行為は未遂で終ったようだった。安堵の息を吐きながら、レイチェルはロイフィールド王子を抱き寄せた。その腕の中で、レイチェルを見つめた王子がふっと息を吐いて、糸が切れたように崩れ落ちる。

「ようも邪魔をしてくれおったな」
 頭上から尊大な声が降って来る。
「名を名乗れ」
 その声は十分過ぎるほどの怒りを含んでいた。これ以上幼い王子を危険に晒すわけにはいかない。レイチェルは恭しく礼を取り、良く通る鈴のようなその声で名乗りを上げた。
「セレン王国騎士隊長ハサウェイ=ギィ=ウェイクフィーズが次男、レイチェルと申します。重ねて非礼をお詫びいたします」
 そうして、意を決したように面を上げる。
 レイチェルの容貌を見た王の口から、「ほう……」という感嘆の息が漏れた。興味の対象が自分に移ったことを察知する。
 カルハドール王が、子供を甚振る方が趣味ではなかったことにレイチェルは感謝した。と同時に初めて自分の容貌を有難いとそう思えた。
「そなた、美しいな……」
 カルハドール王が率直な感想を述べる。
「ロイフィールド殿下とは比べようもございませんが、このレイチェルでお気に召していただけますのなら……」
 最後まで言い終らないうちに乱暴に引き寄せられ、レイチェルは眉を顰めた。そのまま貪るように口付けられる。

「……はぁ……、あ……っ」
 激しい口付けの合間に、レイチェルの苦しい吐息が上がる。
 衣服の間を滑り込んでくる無骨な指先に耐え難い嫌悪感を覚えたが、瞳を伏せてレイチェルはそれに耐えた。片手で胸をもみくちゃにされながら、草の上に押し倒される。引き裂くように衣服を剥がれ、ところどころ剥き出しになった白い肌に歯を立てられると、レイチェルの喉から微かな苦痛の声が上がった。
「ほう、そなた、男を知っているな?」
 レイチェルの白い肌に残る跡を見い出して、カルハドール王はそう告げた。にやりと笑みを浮かべてレイチェルの後蕾へと指を滑らせる。
「……はい、……あっ!」
 返事を返した直後、後蕾に指を挿入され、レイチェルはぴくんと跳ねた。
「そなた、歳は?」
「あ、……んっ、あ、……十、九、です……」
 巧みな指先の動きに翻弄され、レイチェルは大きく頭を振った。
 キースとは明らかに異なる指先の感触、舌使い、その一つ一つに嫌悪感がざわざわと沸き出す。それでいて行為に慣らされた身体は、レイチェルの意思とお構いなしに高ぶりを見せていく。

 ――この身体は、誰でもいいのかも知れない……

 ――キースでなくても、こんなにも感じることが出来る……

 そう考えると、涙が溢れそうになった。
 カルハドール王に抱かれながら、キースの顔ばかりが脳裏に浮かぶ。

「あぅ……、」
 カルハドール王自身が侵入してくる。それを何処か遠くの出来事のように感じながら、レイチェルはただ唇から吐息と嬌声を漏らした。
「気に入った」
「あ、あ……、も、もう……っ」
 レイチェルの内腿が小刻みな痙攣を起こす。
「お前を、買い取ってやる……」
 そう告げて、カルハドール王はレイチェルの中に激しく打ち付けた。
「すばらしい……、んっ!」
 突き上げ、レイチェルの最奥に精を迸らせる。
「あ……っ」
 ずるりと出て行く感覚に、レイチェルは身を震わせた。
「よい、イかせてやろう」
 そう言ってカルハドール王がレイチェル自身に手を添える。
「……あ――、あ……っ!」
 巧みなその手の動きに追い立てられるように、レイチェルもまた白濁した液を放った。それを手に取りくちゅくちゅと弄ぶ音と淫猥な笑い声が、いつまでもレイチェルの耳にも響いていた。



 脱力し、四肢を投げ出した格好で、レイチェルはぼんやりと空を見上げた。
 生気を失くした薄紫色の瞳に、流れ行く雲の姿が映る。

 『今宵、予の部屋に来るがいい』
 そう言い残して、カルハドール王は既にその場を後にしていた。

 拒むことなど出来はしないだろう。

 『お前に免じて、王子には手を出さないでいてやろう』
 何の気紛れか、それともこの身体が余程お気に召したのか、王はそう約束した。今はその言葉を信じるしかない。
 王の滞在中、この身体を弄んでそれで気が済むのなら、それでもいい、そう思う。
 そして、もしかすると、そのままカルハドールへ連れて行かれることになるかも知れない、そう考えると、胸が痛んだ。

「……キース」
 浮かんでは消えていくその名を口にする。

 流れていく雲に力なく手を伸ばし、そうしてレイチェルは拳を握った。ふと力が抜け落ちる。脱力した腕は重力に従い、大地の上に落ちてくる。

「……疲れた」
 微かな声でそう口にして、レイチェルは瞳を伏せた。




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