Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 小説 

 Spirit Stones 

 第2章 Fire Stone−炎の精霊石− 
第1話 Separate ways−別離−


 地下道での戦いに勝利し、3人が地底都市ガルーナの門の前まで帰って来た時、既に空には月が昇っていた。
「……悪ぃ、」
 門の前、小さくそう呟き、ジークが膝から崩れ落ちる。
「ジーク!?」
 咄嗟にジークの身体を支えるロイの瞳に、月明かりに照らされた蒼白な顔が映った。そして、ロイに抱えられたまま、ジークは意識を失った。


「……ロイ、食事を摂らんか?」
 ガルワードの屋敷の一室、ジークが眠っている部屋の扉を開け、しばらく躊躇した後、ラギはロイにそう声をかけた。
 寝台の上では、ジークが眠り続けている。その隣で椅子に腰掛け、長い足を組み、ロイは膝に置いた本に視線を落としていた。だが、その本の頁が捲られることはない。
 窓から差し込む月明かりが2人の姿を照らし出す。
 ジークの左腹部の傷は深手であったものの、鍛えられた身体は徐々に回復に向かっていた。月明かりが照らすジークの顔にも血の気が戻ってきている。今、眠っているジークの横でジーク以上に白い顔で血の気を失くしているのは、むしろロイの方であった。
 ラギの視線に気付き、ロイが青灰色の瞳を向ける。
「……後でいただく」
 涼しげに笑ってよこす表情。
 だが、心優しいドワーフの戦士にはそれが何より痛々しく思えた。
「ジークはもう大丈夫だ。それよりこのままではお前が倒れてしまうぞ。……ジークもそんなことは望んじゃおらんと思うがな」
「……別に。本を読んでるだけさ」
 そう答え、ロイは再び本へと視線を戻した。
 そんなロイに溜め息を返し、
「ここの食事はうまいぞ」
と笑顔を残して、ラギは部屋を後にした。

「……ジーク」
 ラギが去った後、ロイの澄んだ声が静かな室内に響いた。
「俺は、……行かなければならない」
 そう呟き、ロイは手の中で輝く翠色の石の欠片に視線を落とした。その石がただの石でないことは、ロイが何より知っていた。
 ――水の精霊石である。
 今、この地上には4つの精霊石が存在する。英雄ディーンが魔獣封印に用いてから4千年、4つの精霊石が同時に存在するのは初めてのことであった。
 ロイは、その中の1つ、風の精霊石の所有者である。
「……アルフ」
 セレンに置き去りにした愛しいその名を唇に乗せ、ロイは瞳を伏せた。
 地下道で石の欠片を手にした時、ロイの瞳には確かな映像が視えた。風の精霊石の力を使い、その手で水の精霊石を手にしたことが、精霊石を持つ者同士の意識を繋げたのかも知れない。
 だが、そのことは同じく精霊石を持つ叔父ダンフィールドにもいえることであった。居場所は確実に知れたと思わなくてはならない。
「アルフ、お前は今、どうしている?」
 遠い記憶に想いを馳せる。
 アルフを死なせたくなかったから、ロイは祖国を捨てた。そしてその身に精霊石を隠し、逃げ続けて5年――。
 長い吐息の後、ロイはゆっくりと瞳を開け、眠り続けるジークの横顔を見つめた。
「……俺は、アルフを、愛していた」
 一言一言、搾り出すようにロイは言葉を紡いだ。
「……この命を賭けてアルフを守る。そのためだけにこれまで生きてきたんだ……」
 ジークを見つめる美しい青灰色の瞳が揺らぐ。
「その他のものは、俺には何の意味も成さない……。そう、誓った」
 窓から入る風が、ロイの少し長い綺麗な黒髪を揺らした。
「……それなのに、俺は……」
(お前と一緒にいたいと思ってしまう……)
 その想いは決して言葉にはしない。出来はしない。
 ゆっくりと閉ざしたロイの瞳に、ジークと出会ったからの出来事が走馬灯のように浮かんでは消えていった。
「これきりだ。もう、お前のことを、想い出す事もすまい」
 そう告げて、ロイはもう一度だけ瞳にジークの姿を映してから、その唇にそっと唇を寄せた。
 静かな時が流れた。
 さらさらと音を立てて、ロイの黒髪がジークにかかる。
「……さよならだ。……ジーク」
 最後にもう一度だけ、澄んだ綺麗な声で心からジークの名を呼び、ロイは部屋を後にした。


「…………ロイ?」
 静寂の中、深く濃い漆黒の瞳がゆっくりと開かれる。
 視線を巡らせたその先には、先程までロイがいた確かな気配があった。だが同時にロイが去っていく耐えがたい喪失感がジークを襲う。
「ロイッ。待て!」
 がばりと身を起こし、ジークは閉ざされた扉に向かって叫んだ。
 一瞬の静寂。
 そうして、駆け出すロイの足音が響いた。
「ロイッ!」
 寝台から飛び出し、駆け出そうとして思うように力が入らない身体は膝から崩れた。遠ざかる足音だけがジークの耳に届く。
「……馬鹿野郎」
 そう呟き、ジークは拳を握り締めた。




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