Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 小説 

 Spirit Stones 

 第2章 Fire Stone−炎の精霊石− 
第4話 Fire Stone−炎の精霊石−


(禍々しい空気が集まってくる……)
 神殿の最奥に位置する部屋の中、小さな窓の傍に立ち、ロイは静かに外の様子を眺めていた。その視線が見つめる先には朝靄の中で紅く燃え上がる炎の湖。そして揺らめくその炎がロイの端正な横顔を紅く染めていた。
 紅い炎はまるでそれ自体が生命を持った生き物であるかのように蠢いていく。そしてその中に存在する禍々しい気配を、ロイは全身で感じて取っていた。
(……古代の遺物、か)
 この世界には邪悪なる炎を纏う魔物が眠っている。かつて愚かな召喚魔術師が喚(よ)び出したそれは、魔獣ザィアと呼ばれている。
 本来闇の世界に存在するもの。
 それが今、この世界に息を吹き返そうとしているのだ。
(精霊石……)
 自らの左手に視線を落とし、ロイは1つ息を吐いた。
 この世界が闇に閉ざされた時、魔獣ザィアを封じ込めたのが、英雄ディーン。その時手にしていたのが4つの精霊石。彼は4大精霊の力を借り、その石の中に魔獣ザィアの力を封印した。
 ロイが持つ風の精霊石にも魔獣ザィアの力が封印されている。そのことはロイも十分承知していた。
(……どうしても奪われるわけにはいかない……)

「どうかしましたか? 贄の君」
 突然背後から声を掛けられ、ロイはゆっくりと振り向いた。気配もなく現れたヴァイラスの冷笑がロイの瞳に映し出される。
「……別に」
 小さくそう呟き、ロイは近付いてくるヴァイラスを見上げた。ヴァイラスの指が伸ばされ、白く整ったロイの下顎を掴み上げる。そのまま重ねられる口唇を、ロイは青灰色の瞳を開いたまま受け入れた。
「炎の中のあなたは、さぞや美しいことでしょうね……」
 長い口付けの後、冷たい色を帯びた瞳を細めてヴァイラスが微笑む。
「……汚れたこの身体に、贄の価値があるとは思えないが」
 表情を変えないままそう反論し、ロイも口元に笑みを浮かべてみせた。そんなロイの様子を瞳に映し、ヴァイラスが楽しげに声を上げる。 「あなたほど贄に相応しい方はいないでしょう? あなたは精霊石の所有者。彼の血を受け継ぐ者。そして何より……」
 ロイの首筋へと指を這わせ、襟を肌蹴させながらヴァイラスは1つ息を呑んだ。胸元に残る昨夜の跡を瞳に映し、感心したように大きく頷く。
「これまで何人の人間に抱かれました? 抱かれれば抱かれるほど美しさを増すとは、まさしく闇の贄に相応しい……」
 滑り降りていくヴァイラスの指に、敏感な身体は見事なまでに反応をみせていく。それでもそれを思わせない涼しい瞳で、ロイはヴァイラスを見据えた。
「……大人しく精霊石を渡すとでも? 生憎これは俺の意思にしか従わない」
 冷たい壁に身体を預けながらそう言い放ち、ロイはふっと息を吐いた。だがその直後胸の先端を含まれ、息を詰める。
「ふ……っ、」
 絡み付くような愛撫にロイは膝から崩れた。その膝を開かせ、ヴァイラスが身体を割り込ませてくる。その瞬間、ロイは身体を強張らせた。
「可愛い方だ……。何度抱いても慣れないとみえる」
 囁かれるその言葉をロイは瞳を閉ざしながら聞いた。
「その表情がどれだけ他人を欲情させるか……」
「……はっ、あ……っ」
 喉の奥で笑いながら、ヴァイラスはロイの中に指先を滑り込ませた。ゆっくりと奥まで侵入させた後、ロイの反応を楽しむ。
 どれだけ嫌がろうが、どれほど恐怖を感じようが、行為に慣れた身体はロイの意思に反して貪欲にヴァイラスを求めた。どうすれば快楽を得られるのか知ってしまっているその身体を、ヴァイラスの指が瞬く間に高みへと連れ去っていく。
「……あなたの精霊石を手に入れるためではないですよ、これは」
「――えっ?」
 耳元で囁かれたその台詞に、ロイは瞳を見開いた。
「……まさ、か、」
 聡明なその頭脳があらゆる可能性からその1つを選び取っていく。
「アルフ、か……ッ!」
 両腕を突っ撥ねて、ロイはそう叫んだ。見開いたままの瞳にヴァイラスの冷笑が映る。
「長い時を掛け多くの美しい生命を吹き込み、かの魔獣を蘇らせました。飛び散った水の精霊石も集めて……。残る精霊石は3つ、」
 尚も突っ撥ねようとするロイの腕を片手で壁に抑え込み、もう片方の手で膝を押し開き、ヴァイラスは腰を進めた。
「あう……っ、う……、くっ、」
「わざわざ炎の湖を作り上げ、あなたという餌を用意した。炎の君はどうなさるでしょうねぇ……?」
 そう告げて楽しげに笑うと、ヴァイラスは抵抗するロイの中に自分自身を埋め込んだ。仰け反る喉に口唇を寄せて紅い華を咲かせ、視線を上げてロイの表情を楽しむ。
「あなたは我が君の大切な贄。この美しい身体は我が君のもの。御安心なさい、魔獣如きにやるつもりはありませんよ」
 その言葉の意味を察し、ロイはヴァイラスを睨んだ。
「……お美しい……」
 険しいその表情に満足したかのようにそう呟く。そしてくすっと笑みを浮かべると、ヴァイラスは動きを再開した。激しく何度も突き上げロイの中を欲望で埋めていく。
「あ……っ、う……くっ、この世界を、闇に変えて、どうする……っ」
 苦しい息の中でそう問い掛け、ロイはヴァイラスを見つめた。
 ほんの一瞬、ヴァイラスから微笑が消える。そして、
「……この世界? この世界なんてどうでも良いのですよ」
 小さくそう呟くと、ヴァイラスはまた冷たい笑顔を浮かべた。


「1つ尋ねるが、ここに黒髪の男が訪ねて来なかったか? なんつーかその、綺麗な顔した奴なんだが、」
 一軒の宿に入り、開口一番ジークはそう尋ねた。
 宿帳をつけていた手を止め、青年ががばっと顔を上げる。
「いるのかっ?」
 身を乗り出したジークを視界に納め、青年は開きかけた口を閉ざした。その表情は硬い。その様子に胸騒ぎを覚えながら、ジークは質問を繰り返した。
「何処にいる? 教えてくれ」
 ジークの真剣な表情に青年が重い口を開く。
「……連れて行かれた。たぶんもう生きてはいない」
 短くそう告げて、青年は申し訳なさそうに頭を垂れた。拳を握り締め、ジークがぎりっと歯軋りをする。
「大丈夫だ。あいつはそう簡単に死ぬようなタマじゃねぇ……。何処だ? 何処に連れて行かれた?」
 1つ息を吐きそう告げると、ジークは窓の外に視線を向けた。暗くなっていく空が否応なしに不安を掻き立てる。それを打ち消すようにもう一度息を吐き、ジークは青年に視線を戻した。


 湖面が紅く燃え上がっていた。その中央に据えられた祭壇がロイの視界に入る。
 あの後夕闇が訪れるまで、ロイはヴァイラスに抱かれ続けた。そして逃げ出せないことを再認識させられた。囚われてからの数日、ロイはヴァイラスの結界から出ることさえ叶わなかった。風を渡ろうにも、張り巡らされたその結界のせいかそれとも魔獣ザィアの影響なのか、精霊たちの声さえ聞こえなかった。
 そして、無理を強いられた身体を丁寧に磨かれ、真っ白な衣装に着替えさせられて、祭壇の前まで連れて来られたのが一刻ほど前のこと。ロイの周囲では、狂信者たちが一心に祈りを捧げていた。
(……必ず、機会はある……)
 祭壇の向こうを見据えながら、ロイはその時を待っていた。
(あいつの言葉が真実なら、この身体は邪神を受け入れる贄になる。その時まで傷つけることは出来ない。……この場での狙いはアルフ。精霊石の力を解放させるため、あいつは結界を解く……)
 見据える視線の向こうで禍々しい気配が形を成していくのを感じ、ロイは1つ息を呑んだ。
 突然巨大な炎が立ち上り、熱風が吹き荒れる。
「……そろそろ引き上げたらどうだ? このままここにいれば命を落とすことになる」
 狂信者たちに声を掛けるが、ロイの声は彼らの耳には届かなかった。遥か後方でヴァイラスが微笑んでいる。
(……初めから捨て石にするつもりか、)
 ヴァイラスを睨み据え、ロイは小さく息を吐いた。
 炎の中の邪悪なる気配が大きさを増していく。
「アルフ、」
 生き延びるために別離を選んだ愛しい存在の名を唇に乗せ、ロイは青灰色の瞳を伏せた。伏せた瞳の奥に遠い記憶を辿っていく。アルフの瞳はいつも真っ直ぐにロイを見つめていた。それなのにロイはどうしてもその想いに応える事は出来なかった。
「……来るな、アルフ、」
 この炎の中にアルフが現れないようにと心から願いながら、同時に現れるという確信もロイにはあった。
 会いたくない――、それでも会いたい。
 矛盾した2つの想いがロイの中で交叉する。こんな最悪の形での再会になるのは、5年間自分を偽り逃げ続けてきたことに対する当然の報いかも知れない。そう思えて、ロイは唇を噛み締めた。
(道が開かれた直後アルフは来る……。その一瞬を突いてアルフを逃がす。何処でもいい出来るだけ遠くに……。この身体を盾にしてでも、炎の精霊石を奪ってでも、――アルフだけは)
 そう覚悟を決め、ロイは瞳を開いた。その脳裏を一瞬ジークの姿が掠める。
「……ジーク」
 その音とともにロイの全身を冷たい汗が流れ落ちた。
 もう一度会いたい。触れたい。死にたくない。
 そんな感情がロイの中に溢れ出てくる。それを振り切るように首を左右に振ると、ロイは目の前の炎を見据えた。
 見開いたロイの瞳の前で、巨大な炎が立ち上る。同時に狂信者たちの悲鳴がその場に木霊した。狂信者たちが次々と炎に呑まれていく。だが、ロイ自身は熱気を感じることすらなかった。突如出現した水の障壁がロイを囲んでいた。
「父上、の……、水の精霊石か」
 それはまるで遠い記憶にある父の腕の中に似た感覚だった。水の精霊石の欠片が亡き主人の想いをロイに伝える。そして一際鮮やかに輝いた後、その精霊石の欠片は輝きを失くした。同時に恐ろしい咆哮が響き渡る。
「――魔獣ザィア、」
 遂に姿を成した炎の魔獣に対峙し、ロイは小さくそう呟いた。
「これが欲しいか」
 左手を翳し、口元に笑みを浮かべる。
 その直後、耳を劈くような咆哮とともに魔獣がロイを呑み込んだ。
「無駄だ」
 蒼い光とともに風が舞い、炎を退ける。ロイの周囲に風が渦巻き、蒼みがかった黒髪が舞った。
 ロイの読み通り、張り巡らされていた結界は解かれていた。ヴァイラスはと言えば微動だにしないまま瞳を細めてロイたちを観察している。
(思う存分精霊石を使わせ、その力を魔獣に吸い取らせようというつもりか……)
 ヴァイラスを一瞥した後魔獣へと視線を戻し、ロイは大きく息を吸い込んだ。
 その時だった。
 ロイの全身が戦慄くのと同時に、ロイの視界に鮮やかな紅が飛び込んでくる。
 両手を翳して燃え盛る炎を退ける後ろ姿が、ロイの瞳に映し出された。その瞬間、押し込めてきた記憶がロイの中に溢れてくる。
「我が名はアルフィールド。炎よ、我に従え」
 その声に一瞬遅れて我を取り戻し、ロイは左手の精霊石に視線を移した。
 風を呼ぶ。アルフを逃がすための――。
「――ロイには従わないよ」
 アルフの口から放たれたその言葉にロイは動きを止めた。大きく見開かれた瞳がアルフの背中を映す。
 短く刈った薄茶色の髪が紅く染まり、炎のように立ち上っていた。一回り大きくなった背中がロイを守るように魔獣に対峙している。
「ロイが考えていることぐらい判る。でもそんな勝手なこと2度と許さない!」
 そう告げるアルフの背中が5年間の苦しみを訴えているようで、ロイは息を詰めた。その直後、魔獣の炎がアルフに襲い掛かる。
「出来そこないの魔獣ごときが俺の炎に敵うかよ!」
 そう叫び、アルフは両手を前方に押し出した。真紅の炎が立ち上り、魔獣の行く手を阻む。
 アルフが導く真紅の炎に巻かれ、魔獣が苦しそうな咆哮を上げた。
「邪悪なる炎よ、闇に帰れ!」
 アルフの手の中で精霊石が真紅の輝きを増す。
 魔獣がのた打ち回りながら炎の湖へと沈んでいくのが、見開いたままのロイの瞳にも映った。
 湖面が静けさを取り戻す。
 だが、
「下がれ! アルフ!」
 そう叫び、ロイはアルフの身体を引き寄せた。
 その直後、耳を劈く咆哮とともに炎の中から再び魔獣が姿を現す。その瞬間、ロイの背筋を冷たい汗が流れ落ちた。ロイの直感が現実を知らせてくる。
 魔獣は明らかに力を増していた。対照的にアルフの精霊石が輝きを失っているのがロイの視界に入る。精霊石の力を吸収したのだ。
「……動くなよ、アルフ」
 そう告げ、ロイは片手で風の障壁を作り出した。もう片方の手でアルフの腕を掴む。
「――嫌だ」
 昔と変わらない、意志の強い赤褐色の瞳がそこにあった。ロイの意図を組み、拒絶の声を上げる。
「ロイを残して何処にも飛んでやらない」
 真っ直ぐに見つめてくるその視線がロイの胸に突き刺さった。
 だが猶予はない。
「……アルフ、」
「一緒に行こう」
 そう告げられ、ロイは一瞬躊躇した。
 その迷いが一瞬の隙を生んだ。
 そのことをロイが後悔したのは、ヴァイラスの魔法に四肢を絡め取られた後のことだった。
「……逃がしませんよ」
 背後から手足を絡め取られ、ロイの身体は宙を舞った。あっという間にアルフから引き剥がされていく。
 その直後、冷たい指がロイの首筋に触れた。すぐ背後にヴァイラスの気配を感じ、ロイは息を呑んだ。
「さあ、炎の君。残る石の力ごと喰われてしまうがいい」
 冷たい声がそう告げた。見開いたロイの瞳にアルフを守る風の障壁が消されていくのが映る。
「アルフッ!」
 低い呻り声とともに魔獣がアルフの上に襲い掛かっていく。
「やめろ――ッ!」
 落ちてくる炎の塊を両手で辛うじて受け止めて膝を落とすアルフの姿がロイの瞳に映った。力の限り叫び、ロイが手足を暴れさせる。白い肌に見えない糸が食い込んでいく。それでも構わずにロイは力を込めた。
 その時だった。
「ロイ!」
 突如ロイの目の前に何かが飛んでくる。それはロイの弓と矢だった。
「うおおお――ッ!」
 同時に魔獣の背後から大剣が突き刺さる。見覚えのあるその剣は、ジークの大剣であった。
 呻き声とともに魔獣が身体を仰け反らせる。
「風よ……」
 短くそう告げ、ロイは弓を引き寄せた。満足に動かせない腕で矢を射る。続け様に2本――。
 その隙に魔獣の下から身を翻し立ち上がるアルフの姿を視界の端に捉え、ロイは小さく息を吐いた。
 だが、
「ロイ、俺は……、」
 振り返り、何かを言おうとしてその言葉が音に成りきらないうちにアルフの姿は消えた。
 残されたその気配は、ロイが良く知っているものであった。
「――叔父上か」
 そう呟き、ロイは長い息を吐いた。

 再び開いたロイの瞳に蒼く澄んだ湖が映し出される。魔獣の気配はない。ただ、風がやわらかい空気を運んでいた。

「ロイッ!」
 戒めが解かれ、すとんとその場に座り込みながら、ロイは声の方に視線を送った。駆けてくるジークの姿を青灰色の瞳が捉える。
「…………ジーク、」
 やっと出たその声はロイが思っていた以上に情けない声で、ロイは苦笑しながら視線を落とした。綺麗な青灰色の瞳が揺れる。
 それでも出来うる限り平静を装って、ロイはジークを迎えた。
「多少の誤算はありましたが、」
 遠くから冷たい声が響く。
 反射的に見上げたロイの視線の先、遥か上空で冷笑を浮かべるヴァイラスの姿があった。
「今回はひとまず退いて差し上げましょう、贄の君。……またお会いする日まで」
 静かな笑い声を残して、ヴァイラスは姿を消した。
 その後、
「ヴァイラス!!」
 そう叫んだのは、ジークであった。




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