Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 小説 

 Spirit Stones 

 終章 


あれから、1ヶ月が過ぎようとしていた。

この美しく力強い国は、確実に復興への道を歩んでいた。
唯一残された王家の直系として、アルフは不眠不休で国の再建を行った。実際、優秀な統治者の資質も兼ね備えているのだろう。そうでなければ、これだけの速さで国を再興させることなどありえない話であった。
 アルフの中に王者の魅力と資質を見い出し、不安に怯えていた国民も少しずつ笑顔を取り戻していた。

 短い夏が訪れ、城下は緑に包まれていた。
 風が、爽やかな空気を運んでくる。

 ――セレン城。
 階段を登り、屋上へと足を踏み入れて、ジークは先客に気付いた。先客は、薄茶色の髪を風に靡かせながら、静かに城下を見下ろしていた。
(何処か、ロイに似ている……)
 そう思い、ジークはふっと口元に笑みを乗せた。実際、ロイとアルフでは、髪の色も、瞳の色も、体格も、何もかもが違うのだが、ふとした仕草に流れる血が同じであることを感じさせられていた。
 静かに近付き、アルフの背中に声を掛ける。
「かなり進んだな」
「……ああ」
 意志の強い赤褐色の瞳が見ているものは、何であろうか。
「……なぁ、」
 ふと背を向けたままのアルフが呟く。
「ロイが帰ったら、連れて行くんだろう?」
 『ロイが帰ったら――』
 今まで口にしなかった台詞をアルフは口にした。
 心の何処かでジークもそう確信している。
 ロイは帰ってくる――。
 だから、この1ヶ月、ジークはただこの国に留まり続けた。
 時が流れ、周りが皆諦め始めても、その想いを捨て去ることは出来ない。
 そしてまたアルフもジークと同じようにロイの帰還を信じていた。
「連れて行って欲しいのか?」
 ほんの少し意地悪くそう尋ねるジークに、アルフが振り返り非難の眼を向ける。
「あんた、ロイに似てるな」
 「意地悪なとこ」とそう付け足して、アルフは屈託のない笑顔を浮かべた。そして顔を上げて、北側に建つ塔に視線を向けてから、少し悲しげに俯いてアルフは言葉を繋いだ。
「あの塔にロイは幽閉されてたんだ。……1年。その間、俺、何も出来なかった。ロイを守りたかったのに、ロイを助けたかったのに。結局、ロイを追い込むことしか出来なかったんだ……」
 顔を上げ、真っ直ぐな赤褐色の瞳がジークを見つめる。
「……あんたの存在は、ロイを変えた。ロイの笑顔を取り戻してくれた……」
 その言葉に同意するかのように、ふわりと舞った風がジークの深い茶色の髪を靡かせた。
「4年かかったがな」
 口元ににやりと笑みを浮かべて、ジークが答える。
「ロイに出会ってからの4年、あいつの中には常にお前がいたぜ」
 「俺はずっと嫉妬してたんだ」とそう付け足してジークはアルフの額を小突いた。アルフが嬉しそうに笑う。
 「4年もかけるなんて、あんたも大概暇だよな」と悪態吐きながら――。
「俺、ロイを手に入れてしまったら、手放せなくなることが怖かった。俺にも親父の血が流れてるからな。いつでもロイをこの手に捕まえて、誰の目にも触れさせず、縛っておきたいって想いが、何処かにあったんだ。でも、」
 1つ深呼吸して、アルフはジークをじっと見つめた。
「その想い以上に、ロイが大切だ。そう思える自分が、今、嬉しいんだ」
 吹っ切れたような、無邪気な笑顔を浮かべる。
「……だから、連れて行ってやれよ」
 真剣な眼差しに戻って、アルフはそう付け足した。
 それには答えず、ジークはただ同じくらい真剣な眼差しを返した。

「「ロイっ!」」
 2人が声を上げたのは、ほとんど同時であった。競うように階下へ向かい、ロイの部屋へと駆けつける。

 扉を開くと、大きめの窓にもたれかかるようにして、ロイが立っていた。
 伏せがちな青灰色に瞳で何処か一点を見つめている。陶磁器のような白い肌は、生きている人間であることを疑いたくなるほど白く、紅い口元にはただ薄い笑みを浮かべていた。
(――ロイ?)
 どう見てもロイなのに、纏う空気が違い過ぎてまるで別人であるような錯覚を覚える。どうやらそう感じたのはジークだけではないようだった。ジークの隣で見つめるアルフも同様に、声を掛けることが出来ずにロイの姿を見つめていた。
 次の瞬間、窓から暖かい風が舞い込み、ロイに柔らかい空気を運んだ。
 はっとしたように、眼を見開き、ロイが小さく首を振る。
「……ここ、は……?」
 そしてゆっくりと振り返ったロイは、以前と同じロイだった。
「ロイっ!」
 眼に涙を浮かべながら駆け寄るアルフを、ロイが受け止める。ロイの腕の中で、ひたすらに泣きじゃくるアルフの頭を撫ででやりながら、ロイは扉の処に立つジークに視線を送った。
「……随分と、心配をかけてしまったようだな」
「ああ、お仕置きが必要だな」
 ジークがにやりと笑みを浮かべると、肩を竦めてみせながらロイが小さく溜め息を吐いた。


 その夜、ジークが眠る客室をロイは訪れた。
「……あれから、1ヶ月、か」
 持参した酒を注ぎながら、ロイがそう呟く。
「アルフの奴も大したものだな。しっかり再興への道を進んでいる」
 嬉しそうな笑みを浮かべて話すロイの手を、不意にジークが掴んだ。
「……ロイ、お前、何か変じゃねぇか?」
 はっきりとそう言葉にして、ジークはロイの青灰色の瞳を覗き込んだ。その瞳が揺れるのを見逃さず、漆黒の双眸に映す。
「ジーク、実際よく判らない。この1ヶ月の記憶がない。何処で何をしていたのか……。自分が自分でなくなるような錯覚がする……」
 瞳に浮かぶ不安の色を隠そうと、ロイは静かに瞳を伏せた。そのロイの肩をジークの腕が抱き寄せる。
「……ジーク、」
 ゆっくりと瞳を開けて、ロイはジークを見上げた。
 そして、互いの瞳に互いの姿をしっかりと映し、唇を寄せた。
 求め合うように、与え合うように、深く口付ける。何度も何度も――。次第に潤んで熱を帯びた青灰色の瞳が、ジークを見つめた。そのロイの細い身体をきつく抱き締めて、ジークは息を吐いた。
「……ジーク?」
 ジークの腕がゆっくりとロイの身体を引き離す。
「今日はもう寝ろ、ロイ」
 低く通る声でジークはそう告げた。
 しばらくの間、青灰色の瞳でジークを見つめ、そしてロイは瞳を伏せた。
「……判った」
 短くそう答えると、ロイはジークの部屋を後にした。


 明け方から降り始めた雨音が、静かな城内に響いていた。
 夜が明けきる前に、ジークは部屋を後にした。旅支度を背に、大剣を腰に提げて、広い廊下を一人歩を進める。
 一瞬、ロイの顔を見ておきたい衝動に刈られるが、小さく首を振ってその想いを打ち消した。

 昨日、自分たちの前に姿を現したロイは、明らかに今までとは異なっていた。

『お前の大事な君はもう帰しませんよ。闇の世界から』
 ヴァイラスの高笑いが頭に響く。

 ロイに邪神を降臨させるといったヴァイラス。
 そのヴァイラスが、簡単にロイを諦めるとはジークには思えなかった。

 そして、ロイの変化――。

 胸騒ぎが大きくなる。

「……ヴァイラス、俺が終わらせてやる」
 天を睨み、ジークはそう呟いた。
 ロイを置いて行くことが、正しいことかどうかはジークにも判らなかった。
 どちらがより安全か、どちらがロイにとって幸せか、考え続けたが、結論は出なかった。

 ただ、あれだけ想い続けた祖国に、そして過去を受け入れてやっと進み始めた未来に、その中に身を置くことが出来たロイを連れ出すことは――。

 城を出て門番に礼を言うと、ジークは雨の中を歩き始めた。

「――置いて行くつもりか?」
 門を数歩出たところで、ジークが足を止める。
 振り返ると、雨の中、門にもたれ掛かるようにロイが立っていた。
 旅支度を整えた背負い袋を片手に、レイピアと弓を持って――。
「……何故、俺が一人で出て行くと思った?」
 尋ねるジークに、ロイがほんの少し笑みを浮かべる。
「俺を、抱かなかったからな」
「……置いていくなら、最期の想い出にお前を抱いただろうとは考えないのか?」
「お前はそんな器用な奴じゃないさ」
 もう一度、笑みを浮かべるロイに、ジークが大きく息を吐く。
「……ついて来たいか?」
 『ついて来るか?』でも『ついて来い』でもない問い。
 ロイが、『ついて行きたい』とは言えないであろうことを見越して用意した問いであった。
 ロイが小さく息を吐く。そして、意を決したかのように口を開いた。
「ああ。ついて行きたい」
 真っ直ぐジークを見つめてそう答えると、すぐにロイは顔を背けた。
 顔を背けた片耳がほんのり染まって見えるのは、気のせいだろうか。
 ジークがにやりと口元に笑みを浮かべて、がっしりとした左腕でロイの頭を抱き寄せる。
「離しゃしねぇよ、ロイ」
 耳元でそう囁いて、ジークはもう一度ロイの身体を抱き締めた。

 いつの間にか雨が上がり、淡い朝の光が2人を照らし始めていた。
 そして、雨上がりの涼しい風が、2人の旅立ちを祝福するかのようにやんわりと通り抜けていった。

                 『精霊石編』 完。 



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 後記 


精霊石編は、長い間溜め込んでいたお話ですvv 
テーブルトークをしていた頃、シナリオとして考えていたお話にちょっと(?)アレンジを加えたもの。
キャラは高瀬の趣味丸出しです(笑)。高瀬は美形で意地っ張りな受けは大好きですvv ロイはその典型例。
さて、折角ですので少々そのキャラについて少しお話させて下さい。

ではまずロイについて。
ロイは、血筋も良く、顔も良く、剣の腕もまあまあという設定。でもって風の精霊の寵愛を受けてますので、彼の弓は外れることはないんですね。これだけ恵まれたキャラなのに何故にここまで不幸になるのでしょう…? ロイはアルフを愛してます。ええ、家族として、庇護対象として、恋愛対象として…。理屈抜きに存在そのものを何より大切に想ってます。きっとロイはアルフのためなら、国も世界ももちろん自分もどうでもいいんでしょう。そういう意味では王様には向いてませんね、彼。そんなロイを変えたのはジークです。共に生きていきたいと思うようになれたんでしょう。いろんな意味で成長したのかも知れない。でもまだまだ素直にはなれなさそうなロイです。高瀬的には、これからも苛めたいキャラNo.1ですので。まだ不幸になるでしょう。邪神が降臨する予定ですし(^^;

続いてジークについて。
何でこいつはここまで、というくらい人間が出来てますね。設定は王都ラストアの騎士隊長の家柄。 一応お貴族様です。ラストア史上最年少で近衛隊に入隊したくらい腕も立ちます。ロイが柔の動きなら、彼は正しく剛の剣。正統な訓練も受けていますが、力技的なところもあります(笑)。ヴァイラスを追って国を出たジークですが、それでいて真剣には探していない様子。見つけたい思いと決着をつけたくない思いがあるのでしょう。ロイの青灰色の瞳に魅せられ、ロイの刹那的な生き方を心配しながら、傍で見守り続けて4年。えらいです。特にロイが望まない限り干渉しないというところが。ロイが過去を受け止めた今、やっとロイを幸せに出来るのでしょう。ただし、ヴァイラスが大人しくしているわけがないですが。さてさて。
ちなみにジークは次男坊です。兄貴の名前はラインハルトといいます。『ラストア王国シリーズ』に出ています♪ 余談ですが、ジークは妾腹で実家とは折り合い悪く、幼少時から師匠の家で生活しています。実は結構大変な生い立ちです(^^;

アルフについて。
彼はひたすら真っ直ぐな少年気質を目指したキャラです。一途過ぎて、策略など出来そうにありません。ロイやジークのような大人の心情も良く分かってないでしょう。でもロイのことは大切にしてます。恋愛対象として大事に守りたいという感じ。でも彼も成長したのかな。ロイを手放すことでロイの幸せを願えるようになりました。これからはロイの大切にしたセレン王国を守って生きていく予定。まあセレンにはアスランやリーゼもいますし。それなりに幸せになれるでしょう。ちなみに剣の腕はロイより上です。

ヴァイラスについて。
少々困ったキャラです…。複雑怪奇です。屈折した想いを抱え、闇に下った神官様です。設定としては100年、いや500年に1人と言われた神童です。幼い頃からアマリーラ神殿に仕え(というか封印されて育ったのですが)、賢すぎる頭で彼なりに『生と死』や『信仰の意味』を考えた挙句、ライカ(ジークの姉)の死によって壊れてしまったんですね。ええ、敵に回したら手ごわいですよ。何たって神聖魔法の使い手で、今は独学で古代魔法も使います。レベルはとんでもなく高いです。

その他
叔父様ダンや悪女メディナ。彼らに弁解する場を与えてあげたい気もしますが。今回、書き直しをして少しだけ触れました。少しでも汲み取ってやって下さると嬉しいです(^^) 実はダン叔父様は兄であるミルフィールドを大切に想っています。でもね、ミルフィールドでは世界を守れないことも察しているのです。でもって世界が闇に閉ざされるのをミルフィールドには見せたくないという想いもあり、結局ああいう凶行に走ってしまったわけです(^^;

最後にフォード
エトゥス出身。実は高瀬お気にのキャラ。ジークのぼやき相手。良き理解者とでも言っておきましょうか。優秀な情報屋で大抵のことは知っています。実は元暗殺者という複雑な過去もありまして……(^^; 何故か人気が出た彼のお話は別シリーズにまとめています。興味を持って下さった方はぜひどうぞ。→ 『Roots

あ、あともう1人アスラン
セレン王国の元騎士。で、ロイとアルフの剣の指南もしてました。最後に美味しく登場しましたね〜。政変後は彼なりに苦労をしてきてます。彼の家も代々王家の指南役を務める名家です。父と2人の兄も騎士様。ちなみに彼の兄レイチェルが主人公のお話もあります。→ 『セレン王国シリーズ』 アスランも登場していますvv

あああ、書きたいことを書いていたら長くなりました。
最後までお付き合い下さり、ありがとうございました。

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それではまた、次回作で♪
                 高瀬 鈴 拝。