Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 切り札 

 第5話 恋人だなんて、思い上がりも甚だしい


『話を受けてほしい』
 あの日、学院長室に向かうあいつに、そう声を掛けた。
 首席卒業を決めたあいつの卒後の進路を予測することは、そう難しいことではなかった。ガリル王室が誘いの声を掛けないはずがないからだ。
 問題は、あいつがそれを受けるかどうか。
 他の選択肢を選ばれたら、俺にはどうしようもなかった。あいつの行方を知ることさえ出来なくなる。
『……あなたをくれるのなら』
 笑顔とともに返された答え。
 その真意も判らないまま、俺はそれを承諾した。

 そしてその夜、俺はあいつに抱かれた――。



「……殿下?」
 俺を気遣う声が聞こえる。
 当たり前だ。
 俺は王子で、こいつは宮廷魔術師なのだから。

 聡いこいつのことだ。学院にいた頃から、俺の身分についても気付いていたはずだ。
 王国の第2王子で、親友の弟。
 最初から、俺はこいつにとって拒めない相手だった。
 それだけのことだ。

「どうかなさいましたか?」
 長い指が近付いてくる。俺の頬にそっと触れる。
 ――だめだ。
 そう警告する心を裏切って、身体の奥が火照っていくのが判った。
 視界の端に、いつもの机が映る。眼鏡の奥の瞳がまた、くすっと笑った。

「殿下、こちらへ」
 長くしなやかなその指先が、俺の行動を促す。その手に導かれるようにして、俺は片隅に置かれたその机に辿り着いた。
 ただ、なけなしのプライドで、涙を零すことだけは拒んだ。

 ――これを最後にする。こいつを解放してやる。

 弾き出したその答えに、胸の軋みが増したような気がした。
 それでも気付かない振りをして、机の端に手を置いた。

「そのままで」
 いつものように自ら衣服を肌蹴ようとした瞬間、厳しい口調で制止された。
「両手をこちらに」
 背後から覆い被されるような格好で、両手を机の端に抑え付けられる。
 そのまま耳朶に軽く歯を立てられ、背筋が震えた。吐息とともにぬるりとした感触がうなじを移動していく。
「あ……っ、」
 膝から崩れそうになったところを、腰に回された腕に受け止められた。安堵する間もなく、その手が腰紐を外していく。

 ――こいつの手で衣服を肌蹴られるのは、初めてのことだった。

 らしくない早急な動作に、求められているのかと錯覚してしまう。
 布1枚隔てて、熱を感じた。髪を揺らす熱い吐息が、俺の肌にさざ波を連れてくる。

 期待しても、いいのだろうか……?
 こいつも俺を離したくないと、そう願ってくれていると……。

 停止させていた思考が、ぐるぐると答えを探し始める。


「――んっ、」
 濡れた指が、身体の中に滑り込んできた。
 先を急ぐような行為の中、それでもなお慎重に解そうとするその指の動きに、いつものようなもどかしさでなく優しさを感じる。
「……っ、も、いいから……。大丈夫……」
 本当はまだ、十分拡がってはなかったが、
「挿れて……」
 一瞬でも早く、身体の奥で確かめたかった。

 入口に宛がわれた瞬間、全身が歓喜に震えた。
 十分すぎる硬度を持ったものが、狭い内壁を押し拡げていく。いつもより大きく感じられるそれは、灼熱の塊のように思えた。
「いっ……、っ、」
 内臓をせり上げる感覚に、呼吸が止まる。全身に緊張が走る。
「……殿下。息を……、吐いて……。そう、ゆっくり……」
 耳元で囁かれる甘い言葉に導かれるように、無理矢理息を吐き出すと、それに合わせてずいっと奥へと侵入された。
「そう、お上手ですよ……、殿下」
 褒美とばかりに、感じる場所を擦り上げられる。それだけで内壁が蠢いた。この先の快楽を知っている身体が、彼のものを締め付けて奥へと誘っていく。
「あっ、あっ、あっ、」
 身体が変だ。どうしようもなく熱い。
「あっ、あっ、……っ、んっ!」
 呆気ないほど簡単に達してしまう。つま先立ちになっていた足先から痺れが駆け上がり、両手から力が抜け落ちた。机に顔を預けるような格好で、繋がったままの腰だけを彼の腕に抱えられる。その姿を考え、一瞬羞恥心が湧き上がった。だが、その直後ゆさっと身体を揺さぶられ、何もかもが吹き飛んでいく。
「あっ、」
 挿入ったままのものが、僅かに角度を変えた。それだけで、敏感になった内壁が戦慄くのが判った。
 繋がった場所が、いつもの何倍も感度を増しているような気がする。それに反比例するかのように、手足の感覚は遠ざかっていった。快楽を追い掛けようにも、身体が上手く動かない。
「……変、だ……、何か……っ、あっ、」
「大丈夫ですよ、ちゃんと感じさせて差し上げますから」
 そう宣言された直後、脱力した片膝を抱えられ、より深い場所へと穿かれた。
「……んっ、あぁあっ、」
「ここ、でしょう? 殿下」
 暴かれたその場所を軽く何度も突き上げられる。ただそれだけで、ぱたぱた、と、はしたない液体が零れ落ちた。それでもまだ身体の奥が疼いている。

 ――怖い。

「……こんな、の、……変だ……、ど、うして……?」
「――媚薬ですよ」
 さらりと告げられたその答えに、衝撃で一瞬時間が止まった。
「先ほどの紅茶に混ぜました。迂闊でしたね、殿下」
 簡単な説明が投げ落とされ、動きが再開される。
 恐怖に身を竦めると、繋がったままのものが大きさを増したように思えた。
 引き抜かれると、内壁がぞくぞく、と快楽を運んでくる。息を吸う間もなく、再び震える内壁を押し拡げられ、突き上げられた。それが繰り返されていく。

「な、ぜ……? ……俺、が、……何か、したか……?」

 理由が判らない。
 何故媚薬なんか盛られなければいけない?

 苦しい息の中、必死に問い掛けたが、答えはなかった。


「あっ、あっ、……いや、だ……っ、ん、あぁっ、あっ、」
 全身の感覚が堪え難いほど研ぎ澄まされる。僅かな動きにも背筋が震えた。
 指1本満足に動かない。なのに、意識だけはやけに鮮明になっていく。
「や……っ、あ、あっ、」

 俺は、糸が切れた人形のように全身を投げ出し、ただ与えられる苦痛と快楽を貪ることしか出来なかった。


 自分の浅はかさを呪った。
 身体を繋ぐ行為を繰り返すだけなのに、“恋人”になった、と、そう思い込もうとしていた。
 何者かさえも知らないのに、求めては縛り続けてきた。

 “恋人”だなんて、思い上がりも甚だしい。


 ――俺はずっと、憎まれていたのだ。


 そんな簡単なことに気付いたのは、翌日の朝のことだった。




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