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うっすらと瞳を開くと、やわらかい光が飛び込んできた。
視界が滲む。それを朝陽のせいにして瞳を伏せた。
身体が重い。
随分とひどい扱いを受けたように思う。
『何故』『どうして』
幾度となく繰り返した俺の声に、あいつが答えることは最後までなかった。
ある意味、それが救いなのかも知れない。
答えは、判りきっている。
――もう、何も考えたくはなかった。
どんどんどん。
扉を叩きつける騒がしい音が、空っぽになった頭に響く。
このまま消えてなくなってしまいたいのに、現実はそうもいかないらしい。
朝食の時刻はとうに過ぎているのだ。幾ばくもしないうちに朝礼が始まる。
父上や兄上より後に出席するわけにはいかない。
たとえそれが、俺にとって意味のないものだとしても――。
1つ息を吐いて起き上がる。その時、袖に点在する青い染みが視界に入った。
「……何だ、これ、」
かつて見たこともない程の、鮮やかな青藍色だ。
いや、何処かで見たような気もする。
記憶を辿ろうとしたその時だった。
ばんっ。
乱暴に扉が破られ、わらわらと兵士たちが中に雪崩れ込んで来る。
仮にも王子たるこの俺の部屋に、だ。
「……何事、だ、」
異常事態に全身が警鐘を鳴らした。
尋ねる声が上ずる。護身用の短剣を探る手が震えた。対応らしい対応も出来ないまま、あっという間に周りを囲まれていく。
結局、事態を飲み込めないまま、完全に退路を塞がれた。そして、彼らの向こうに立つ人物の姿を確認し、俺は完全に抵抗を諦めた。
首席宮廷魔術師ジュト。
俺ごときが敵う相手ではない。
「……叛乱、か……?」
推測を言葉にすると、恐怖が背筋を駆け上った。
ふと、あいつの顔が浮かぶ。
まだ何かを期待してしまう自分にいる。
あいつは俺の恋人じゃない。
こんな状況で味方になってくれるとは限らない――。
辿り着いてしまうその答えに、胸の奥がまた軋んだ音を立てた。
俺を見据えたまま、ゆっくりとジュトが近付いてくる。
ごく、と苦い唾液を飲み込んだその時、ジュトの低い声が告げた。
「陛下と王太子殿下は、……られました」
一瞬、何を告げられたのか、理解できなかった。
放心する俺の前で、ジュトが無念そうに眉を顰める。
「――“風奏花”に相違ございません」
風奏花――。
学院で叩き込まれる薬草は数千種に及ぶ。その中に、風奏花という名はない。
分厚い薬草学書にも全く記載されていない植物。
だが、俺はその名を確かに聞いたことがあった。
いつだったか、あいつが手にした瓶の中、見事に咲き誇っていた一輪の花。
大きなその花弁が風に揺れる時、精霊たちが楽を奏でるような音を響かせることからそう呼ばれるのだと、あいつは珍しく楽しそうに笑っていた。
開かれたその花弁は見事な青藍色で、思わず見惚れてしまう美しさだった。
――そう、俺の袖に付着している、この色だ。
どくん、と気味悪く鼓動が跳ねた。
――今朝、俺は何をしていた……?
記憶はひどく曖昧で、だが断片的に幾つかの残像が残っている。
何かを手にしていた感触。
小瓶に入っていたのは――。
「まさ、か……、」
「――今朝方、厨房で殿下のお姿を見たとの証言がございます。……何故、このようなことを……?」
ジュトの悲痛な声が遠ざかっていく。細いその瞳が、俺の袖に残る証拠を映していた。
俺はというと、糸の切れた人形のように、その場にへたり込む以外何も出来なかった。
風奏花の花蜜、――別名を“精霊たちの涙”。
それはまるで、強すぎるその毒性を嘆くかのように、花弁の色を映して零れ落ちる。
鮮やかな青藍色を誇るそれは、たった一口で確実なる死をもたらすという。
『近いうちに大切な役割を果たす花ですよ』
風奏花を手にそう告げた、あいつの声が木霊する。
その姿を思い出したくなくて、瞳を閉ざし、両耳を塞いだ。
それなのに、止まってくれない思考が、答えを導いていく。
父上と兄上が毒殺された。
それを行ったのは、――この俺だ。
そして――。
昨夜、媚薬を盛ったのも、意識を失くすまで激しく抱いたのも、何もかも、この瞬間のために画策されたことだとしたら――。
どんなに否定してみても、恐ろしいまでに符号が合う。
指先から感覚が消えていくような気がした。
もう、指一本動かせそうになかった。