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―星祭1―
ずっと傍にいてやっから――。
あの夜、カイはそう言ってくれた。
とても嬉しかった。
でも、判っている。
それが簡単なことではないことを――。
互いの素性も卒業後の行き先も明かしてはならない。
それが、魔法使い養成学校ともいえる、ここ『塔の学院』、第1の塔における絶対の規則。
ずっと傍にいる――。
それは、僕たちが今まで必死に歩んで来た魔法使いへの道を、断ち切ることを意味する。
そんなこと、出来やしない。
でも、傍にいたい。
だから、残る1年と半年、自分に出来る精一杯のことをする――。
この学院には、この地方最大の蔵書を誇る図書館が併設されている。その一番奥にある机の上に大きな本を拡げて、真剣に文字を追い掛けた。
「媚薬、媚薬……、あ、あった。惚れ薬、または催淫薬……? 催淫薬って……?」
ぱらぱらと頁を捲る。
「……性欲を催させ、生殖器の機能を高める……? 性欲……?」
頁を捲る度に疑問が増えていくような気がする。
「性欲とは……、性行為、への欲望? ……性行為って何?」
「何してるの?」
突然背後から声を掛けられ、どきりとして顔を上げた。
両目を覆い隠すぼさぼさの赤毛を片手で掻きながら、覗き込んでくる、ひょろりと背が高いその人物は、よく知った人物だった。卒業試験をほとんど終えた現在、たったの3人しか残っていない最高学年に在籍しているのが、シンとタウ、そして、目の前のケンである。
「ケン先輩……」
そう声を掛けるが全く聞いていない様子で、ケンはふむふむと開いた頁を覗き込んでいる。
「あの……」
「“お人形さん”も、こういうことに興味があるんだねー。へー、意外意外」
うんうんと頷き、とんっと指で先程まで辿っていた文字を指差してくる。
何で、ここを読んでたって判るんだろう……?
ふと疑問が沸いたが、この人の『不思議』は今に始まったことではないので、深く追求することは止めておく。
それよりも――。
「あ、あの……、」
尋ねてみてもいいだろうか?
「先輩、性行為って何ですか? 教えて下さい」
解けなかった問題を質問する子供のように、そう問い掛ける。
「……それ、誘ってんの?」
長い前髪の奥で、ケンの瞳が見開かれたような気がした。
「んなわけないかー」
そう言って、ぼさぼさの赤毛を掻きながら、ケンは書棚の奥へと姿を消した。
何かまずいことを言ったのだろうか……。
哀しくなりながら本に視線を戻していると、隣にばさばさっと何冊かの本を置かれた。見上げると、にっこり笑うケンの口元が見えた。
「ホントなら、シンあたりに尋ねるのが手っ取り早いとは思うけど、今あいつ煮詰まってっからね……。何仕出かすか判らないし。……というわけで、参考文献。覚悟があるなら、読んでみる?」
そして、
「そうそう、さっきの台詞、迂闊に人前で言わない方がいいよ、リュイ。食べられちゃうよ?」
そう付け足して、片手をひらひらさせながら、ケンはその場を後にした。
何だったんだろう……?
置き去りにされた本を抱き締めながら、小首を傾げて何処か楽しげなケンの背中を見送った。
―星祭2―
窓際に並べた2つの机。その1つに向かいながら、ぼんやりと月を見上げた。
「カイ、何してるんだろ……?」
隣の机に視線を送る。その机の主は、夕食後から姿を消したままであった。
今日に限ったことではない。
このところ、カイが部屋にいる時間はぐっと減ったような気がする。
もしかして、避けられてる――?
ふとそんな考えが脳裏を過る。
その瞬間、ずきり、と胸が痛んだ。
その全てを否定するように、ぶんぶんと大きく頭を振る。
「集中しよう!」
自分に言い聞かせるかのようにそう言葉にして、机に並べた本に視線を戻す。
今日、借り出してきた本は3冊。いずれもケンに薦めてもらった本である。
『恋愛指南書』、『性を考える』、『体位全集』――。
「今までに借りた人っているのかな……?」
ふとそう思い、本の後ろに刺さってあるカードを取り出してみる。どうやら自分が初めてというわけではなさそうだった。数人ずつ連なる名前の中に、比較的新しいインクで書かれた名前を見つけ、視線を止めた。
「……タウ先輩?」
流れるような独特の筆跡は間違いなく、寮長であるタウのものであった。
見知ったその名前に、いつも冷静で落ち着いた雰囲気の先輩の姿を思い出す。表情を変えることは少ないが、後輩が困っているときにはさり気なく的確な助言をくれる、頼れる先輩である。
「タウ先輩が参考になさった本かぁ……」
そう思うと何だかとても安心できた。
早速手に取って、ぱらぱらと捲ってみる。
「…………?」
2人の人物がいろんな格好で抱き合っている。その絵の横には、一見詳細に見える解説があったが、その多くが理解できなかった。不可解な文字が並んでいる。
恋人になったら、キスする。抱き締め合う。
それは、知っている。
それにしても何で裸なんだろう……?
挿入するって、何のことだろう……?
不可解なその解説を解読しようとすると、余計に疑問が増えていくような気がする。
「今度、聞いてみよう」
大きく頷いて、その本はぱたりと閉じた。
「まずは基本から勉強しよう。知らないことがあまりに多すぎる……。これ、がいいかな?」
改めて『恋愛指南書』と書かれた本を開く。
「ええっと、『初めに、恋する気持ちが大切です』……。うん、そうだよね。僕もそう思う」
どうやら判る言葉が書かれている。
ぽんと手を叩き、机の引き出しを開いて紙を取り出すと、ポイントをまとめていきながら、読み進めていくことにした。
―星祭3―
「よし! 出来た!」
そう声にして、輝かせた若草色の瞳に、今出来たばかりの『やらなきゃいけないリスト』と『計画書』を映した。
「我ながら、完璧!」
その出来映えには、かなり満足している。
「まずは、告白。カイにちゃんと気持ちを伝える。目標、今週中!」
時間がないことは承知していた。多少無理な計画かも知れないが、そんなことを構っている余裕はない。幸いなことに、最高学年の卒業試験が終わる今週末には、星祭りの集いがある。普段ならあまり参加しないのだが、今年は違う。
頑張ろう、そう改めて決意を固める。
「次に、キ、キスをする。目標、今月中!」
キス――。考えただけでどきどきしてくる。
今からこんなので、果たして大丈夫だろうか……。
うん、大丈夫。頑張る。
「でもって、Hをする……?」
これがよく判らなかった。どうやら『性行為』のことらしい。
抱き締め合うこと、かな……?
だとすると、さっきの本にあった『抱き締め方』を実践すればいいのだろう。
「……ぜ、全部、しなくちゃいけないのかな?」
卒業までに、出来る、かな……?
両腕を組んで考え込んでいると、窓の下に人影が見えた。
立ち上がり、窓から外を覗いてみる。
「やっぱり、カイだ……」
遠目だけど、月明かりの下だけど、間違いない。
少し背を反らせた立ち姿、すらりと長い手足、少し跳ねた短い黒髪。そうして、ほんの少し首を傾けるのは、相手の話を真剣に聞こうとしているときのカイのくせである。
どんなに離れていてもすぐ判る。間違えるはずがない。
「何してるんだろ……?」
はっきりとは見えないが、もう1人誰かと話をしているようであった。
「……え?」
カイの隣に立つ人物が、背を伸ばし、爪先立ちになる。
一瞬、悪い予感がしたが、視線を外すことは出来なかった。
そうして、見開いた若草色の瞳の中、その人物がカイに口付けた、ような気がした。