Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 魔法使いたちの恋 

 星祭 (中編) 


 ―星祭4―

 女の子だった。
 何となく、そう思った。

「どういう、こと……?」
 胸に手を当て、そのまま窓辺にずるずると座り込んだ。
 考えようとすると、胸の奥がきゅっと締め付けられるような感じがした。

「痛いよ……」
 そう呟いて、両手で自分の胸をぎゅっと抱き締める。

 何故だろう、カイに恋人はいないと、そう思っていた。
 考えてみれば、あれ程の容姿で成績も優秀、剣術の腕もいいと来ている。
 これまでそんな話がなかったのが不思議なのかも知れない。

 見たことない子だった。
 第3の塔(占術師)の子だろうか、それとも第4の塔(幻術師)の子だろうか……。


 ここ塔の学院には、女生徒は少ない。全体でも2割にも満たず、そのほとんどが第3の塔か第4の塔に籍を置いている。女生徒が少ない理由としては、魔法使いの資質自体に男女差があるのかも知れないが、それよりも自分の娘を魔法使いにしようという親が少ないのかも知れない。
 そのこととどう関係があるのかは不明だが、ガリル王国では女の子の出生率が極端に少ないという現状もあった。出生の男女比はだいたい4:1程度である。そのため、同性同士の婚姻も許可されているし、男性同士の夫婦も珍しくはない。

 それでも――。

 女の子の方が、いい、よね……?


 寝台に潜り込み、寝布を頭から被る。泣き声が漏れないように、息を殺して、たくさん泣いた。
 泣いて泣いて、それでも想いはたった一つの場所に辿り着く。

 カイが好き――。


 かちゃり、と扉が開く音が聞こえた。誰かが部屋に入ってくる気配を感じる。
 それが誰なのかは明らかだった。

「リュイ……?」
 カイの声にそう名前を呼ばれる。ただそれだけで、必死で抑えていた嗚咽が漏れそうになった。
 両手で口をしっかりと抑えて、寝布の中、肩を震わせた。

「珍しいな、寝てるのか……?」
 カイの気配が近付いてくる。ぎしっという軋む音とともに、カイが寝台の端に腰を下ろすのが判った。
 間近に感じるカイの気配に、鼓動が速くなる。

 え……っ?

 髪に触れられたような気がした。
 カイの吐息を感じた。

 キス、された……?

 固まったまま、身動ぎ一つ出来なくなる。呼吸が乱れる。鼓動が頭に響く。その音が寝布を通してカイに聞こえてしまうんじゃないかと、そう思うと余計に、鼓動が騒がしく感じた。


 ―星祭5―

 落ち着け、落ち着け……。

 そう呪文を繰り返す。
 一秒一秒がやけに長く感じられた。

 とくん。

 これは何だろう……?

 何処かで感じたことがある。

 あ、『媚薬』を飲んだ時の……?

 少し違うけど、よく似た感覚だった。
 身体の奥が熱を帯びていく。

 もっともっと触れたい。
 カイが欲しい……。


 ふーっという長い吐息が聞こえた。
 少し間を置いて、カイが立ち上がる気配を感じた。
 遠ざかる足音と、かたん、という椅子を引く音が耳に届く。

 寝布の隙間から盗み見ると、机に向かうカイの後ろ姿が見えた。
 窓から差し込む月上がりが、闇色の短髪に落ちている。少し顔を上げたカイは、月を見上げているのだろうか。

 その後ろ姿を見つめながら、カイが好きだと、改めて思う。

 きっと何度でもそう思う。

 答えてもらえなくてもいい。
 この想いを伝えたい――。


「……カイ?」
 寝布の中から、カイの背中にそう声を掛ける。一瞬驚いて、そうしてゆっくりと振り返るカイの姿が見えた。
 寝布をもう一度頭から被り直す。

 とくんとくん……。

 鼓動が騒がしい。

「起き、たのか? リュイ」
 カイらしくもなく、少しだけ動揺した声が答えた。

「……ね、今度の星祭の集い、行く?」
 震えそうになる声で、何とかそう言葉を紡ぐ。

「……どうした? リュイ」
 カイは鋭い。
 もっともカイでなくても、これまで一度たりとも出席しなかった『星祭の集い』の話を急にすれば、何かあったのかと思うのは当然なのだが。


 カイと一緒に行きたい。
 星が降る空に願いをかけたい。

 この想いを、伝えたい――。


「珍しいな。行きたいのか? リュイ」
 カイがそう尋ねてくる。
 小さな声で肯定すると、椅子に座ったまま、カイは少し考えているようだった。

「1人で行けねぇくせに……」
 そうぼやく声が聞こえてくる。

 でも判っていた。
 それが、『一緒に行ってやる』という答えであることも。

「ありがとう」
 そう声にして、瞳を伏せた。


 カイが好き――。
 ぶっきらぼうなその優しさも全て。
 カイの全てが好き。

 考えるとまた、ずきん、と胸の奥が痛んだ。


 ―星祭6―

 天空に瞬く星々が地上に降るその夜は、人の運命すら変化させる、そう聞いたことがあった。
 実際のところ、人の運命なんて、占うことは出来ても、簡単に変えることなど出来はしない。そのことは十分判っていたけど――。
 それでも、何かが変わるのは怖かった。
 だからこれまで、『星祭の集い』には参加したことがなかった。

 でも、定められた運命を変えられるものなら、変えたい。
 そう思わずにはいられない想いがある。


 カイの傍にいたい――。


「俺から離れるなよ、リュイ」

 カイのその台詞を聞くのは、何度目だろう――。

 『星祭の集い』が開かれる中庭までの道中、何度もカイにそう念を押される。
 もともと心配性ではあるものの、今日のカイは過ぎるくらいだ。

 そんな子供扱いに苦笑しながらも、しっかりと握ってくれるその手が嬉しくて堪らない。
 そう思ってしまうほど、カイが好き――。

 何度考えても辿り着いてしまうその想いを、今日、カイに伝える。
 降り注ぐ星々に願いを込めながら――。

 でも、言葉にするのは、何て勇気が要るんだろう。
 考えただけで、こんなにもどきどきしてくる――。

「はぐれるなよ、リュイ」
 中庭の手前で足を止め、カイが振り返る。1つ息を吐いて見つめてくるその瞳は、星明かりの下にあっても澄んだ夏の空を思わせずにはいられない。

 強い意志を宿す綺麗なその瞳に、強烈に心を奪われる。

「だ、大丈夫だよ、カイ。ほら、第1の塔だって見えてるし」
 顔が火照るのが恥ずかしくて、星明かりに浮かぶ塔のシルエットを指差しながら、視線を外した。
 背けた横顔に、溜め息が耳に届く。

「……そういうことを言ってるんじゃねぇよ。リュイ、お前、てんで自覚ねぇのな」
 見上げると、ふうっと落とされる溜め息に、カイの黒髪が微かに揺れるのが見えた。ぼんやりと見つめていたら、握ったままの手に力を込められる。
 鼓動がとくん、と跳ね上がる。

 カイは普段、あまり感情を表に出さない方だと思う。
 対照的に自分は感情を隠すのは苦手だから、鋭いカイはきっとこの想いに気付いている。何となくそう確信している。それでもカイの態度は変わらない。気付いていて、知らない振りをしている――。
 それでいて、ふとした拍子に見せる態度に、どきりとさせられる。

 握り締めてくれる手に、落とされるキスに、期待をしてしまう。

 カイは僕のこと、どう想っているんだろう……?

 大切に想ってくれているのは知っている。
 なのに、僕はそれ以上を求めている――。


 考えを巡らせていると、カイの舌打ちが聞こえたような気がした。
 同時に、人々のざわめく声が飛び込んでくる。その声に混じって、自分の名前が囁かれているような気がするのは、気のせいだろうか。

「……? 僕、何処か、変かな?」 

 一応ちゃんとした格好で来たつもりだけど……。

 不安になって自分の姿を見渡していると、隣で確かに舌打ちする声が聞こえた。見上げると、かなり不機嫌そうなカイの横顔があった。

 ……うわ、怒ってるの……?
 来たい、なんて言わなきゃ良かったかな……。

 不安が急速に胸に拡がっていく。
 そして、次の瞬間、視界に飛び込んだ人物の姿に、その不安は一気にピークに達した。
 目の前が暗転していくような気がする。

「カイ!」
 僕の動揺を他所に、その人物はにっこりと笑顔でこちらに近付いてきた。




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