Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 魔法使いたちの恋 

 星祭 (後編) 


 ―星祭7―

 声が喉に張り付く。声に出来ない。

 カイによく似た空色のアーモンドアイにカイの姿を映して、楽しそうに微笑む女の子。
 溜め息を吐きながら、カイが口元に笑みを浮かべる。

 こんな間近で、見たくなかった。
 逃げ出したい。でも、足が竦んで動けなかった。

 ぐらり、と足元から崩れそうになる。

「リュイ!」
 カイの声が聞こえた。肩を支えられたのだろうか、地面に倒れ込むことはなかった。

「あなたがリュイくん?」
 トーンの高い声は、さっきの女の子の声だろう。

「私はリア。カイのあ……」
「リア!!」
 言い掛けたその言葉は、カイの怒声によって阻まれた。
 同時に空気が裂ける音とカイの苦痛の声が聞こえる。

「カイ!」
 見開いた瞳に飛び込んだのは、左手首を押さえてしゃがみ込むカイの姿だった。
「カイ! カイ!!」
 駆け寄り、夢中でカイの手首に手を添える。

 どうしたらいい……!?

「……大丈夫だ、リュイ」
 莫大な量の知識と呪文を総動員していると、カイの声が割って入ってきた。
「大丈夫。切れてねぇから……」
 そう言って、手首を見せてくる。
 カイの言葉どおり、手首に巻かれた『誓約環』は無事であった。

 『誓約環』――。
 塔の学院には幾つかの戒律が存在する。魔法使いという存在は時として危険な存在にもなりうるから、その戒律は絶対であり、破るものは学院を去らなくてはならない。
 中でも最難関とされる『第1の塔』の戒律は最たるもので、入学時に取り交わした誓約書は特殊な魔法が施され、各生徒の左手首に巻かれる。それが『誓約環』であり、これが切れることは退学を意味する。

 安堵すると、途端に全身の力が抜け落ちた。その場にぺたんと腰を落とす。

「ごめんごめん。カイ、第1の塔だったよね……」
 忘れてた、と付け足すリアを、カイが睨み据えているのが見える。
「てめぇ、俺の努力を無駄にするつもりかよ」
「カイに努力って似合わないけどねぇ」
 そう言ってリアがくすくす笑うのが見えた。

 リアの言うとおり、カイが努力する姿はあまり想像が付かないだろう。
 たいして苦労せずに、どれもこれも要領良くこなしているように見える。

 でも、僕は知っている。
 カイは、いつだって頑張ってきた――。

「知らないくせに……」
 気が付けば、そう口にしていた。
 自分らしくない、不機嫌な声色だと思う。
 それでも、カイが選んだ人ならば、カイの本当の姿を知っていてほしい。

 カイが驚いて空色の瞳を見開いている。その隣で良く似た空色の瞳が微笑んでいた。

 あれ……?

 1つに纏めた黒髪はカイと同じ闇色で、褐色の肌に、意志の強そうな空色の瞳……。

「もしかして……」
「言うな! リュイ!」
 その声と同時にカイの右手に口を塞がれる。

 カイのお姉さん……?

 その考えを肯定するかのように、笑顔でリアが頷いてくれた。


 ―星祭8―

「……何だ、じゃあこの間のは……」
 何だか全身から力が抜けていく。
「この間の……?」
 少し首を傾げるようにして、カイによく似た顔が近づいてきた。
「ははぁん、アレね? なるほど、心配してくれてたんだ? 良かったねぇ、カイ。あんた、脈ありそうよ?」
 何処か意地悪そうなその笑顔は、やっぱりカイに良く似ている。
 ぼんやり見上げていたら、顔がますます近づいてきた。

「リア!!」
 カイの怒鳴り声が聞こえる。

 え? なになに?
 もしかして、キス、された……?

「こいつ、キス魔なんだ……。あまり気にするな、というか、リュイ、お前、無防備すぎ」
 不機嫌そうなカイに引き寄せられた。リアはというと楽しそうに笑っている。

「ごめんごめん。カイをやる気にさせるリュイくんがどんな子なのか、卒業前にどうしても見ておきたくてね……。潜り込もうとしたところをカイに見つかって追い出されたってわけ。それがこの間の真相ね。リュイくんが心配するようなことは何一つないからね」
 僕の視線に気付いたのか、リアはにっこり微笑んでそう説明を加えてくれた。
 今度こそ本当に膝から力が抜けてしまう。

 暗闇が晴れていくような気がした。

 大きく息を吸い込んで、顔を上げる。
「うわぁ……」
 視界全体に拡がる満天の星が見えた。
「きれい……」
 限界まで首を反らせて、瞳いっぱいにその星空を映す。

「こら! リュイ!」
 ぐらりと体勢を崩したところを、背中からカイに支えられた。
 視線を向けると、溜め息を吐くカイの顔が見えた。夏空色の瞳の中に映っているのは、たぶん恥ずかしいくらいの笑顔だろうと思う。

 カイが好き。
 カイがいたから、いつだって僕は頑張ることが出来た。

 カイもそう?
 僕の存在に、少しは影響された?

 もしそうなら、こんなに嬉しいことはない。

「あ……」
 カイの背後に、瞬く星々が一斉に降り注ぎ始めるのが見えた。
 流れる星の1つ1つに運命があるというのなら、願わくば、カイの星と同じ軌跡を描いて行きたい――。

「カイ、大好き」
 その言葉は、不思議なくらい簡単に唇から零れていた。
 どうしてだろう、あんなに騒がしかった鼓動も、驚くほど静かな音を奏でている。

「大好き」
 もう一度、そう声にする。


「……馬鹿。もう手放してやんねぇからな」
 カイの声が少し震えているように感じるのは、気のせいだろうか。
 目の前で、大好きな夏空色の瞳が微笑む。

「うん。離さないで」
 そう答えて、カイの背中に両腕を回した。

 何かが唇に触れた。
 少ししてそれがカイの唇だと判った。
 2度、3度――。

 その度に、とくん、とくんと鳴る音が、1つになっていく。

「約束する。ずっと傍にいてやる」
 耳元で、カイの声がそう囁いた。


 ―星祭8―

 ぱんぱんぱん、と誰かが手を叩く音が聞こえた。

 視線を巡らせると、すぐ傍で端正な美貌が微笑んでいた。

「……シン、先輩?」

「よく出来ました」
 そう告げられ、顔面が紅潮する。
 よく見ると、当たり前だが、注目の的になっていた。

 つまり、だ。
 公衆の面前で、カイに告白して、キスまでしてしまったわけで――。

 どうしよう……。

 え……っ?

 俯いていると、カイの腕に抱き寄せられた。

「これで俺のもんだから。誰にもやんねぇぜ?」
 そう宣言したカイの声に、周囲がざわめく。

「お熱いことで」
 ざわめきの中に割って入ったその声に振り向くと、タウ寮長の姿があった。
「さあ、散った散った。騒ぎはこれまで」
 そう言って、他の塔の寮長たちとともに、テキパキと観衆を整理していく。


「『星祭の集い』の伝説。知ってる?」
 去り際に、シンがそう問い掛けてきた。

 伝説……?

「降る星々の中、好きな人に告白してキスしてもらえたら、その人とずっと一緒にいられるんだってさ……」
 小首を傾げていると、にっこりと微笑んで、シンはそう教えてくれた。

「良かったね、リュイ」
 優しい声でそう告げられ、何だが嬉しくなる。

「何の根拠もねぇけどな」
 カイはそう言うけど――。

「そういうカイは知ってたくせに。ホント要領いいよね、カイ」
 シンの言葉にカイを見上げる。小さく舌打ちして、視線を外すカイの姿が見えた。

 カイ、知ってたんだ……。
 知ってて、キス、してくれたんだ……。

「根拠がないって? 僕が作ってあげるよ」
 綺麗な笑顔を浮かべて、シンがそう言葉にする。

「もっとも僕の場合、キスだけじゃなかったけどね」

 キス、だけじゃないって、何だろう?
 抱き合う、とかいうことだろうか?
 あ、性行為だっけ……?

 そうすると、ずっと一緒にいられる……?

「それは、抱き合ったということですか?」
 そう問い掛けると、シンは瞳を丸くした。

「もしかして、あの本にあった……、ええっと、『体位』! そう、全部の体位を?」

 しん、と静まり返る。どう見ても空気が凍り付いているようだ。

 何か間違ってる……?

「……タウ先輩が、借りてらしたでしょう?」
 恐る恐るそう問い掛けてみると、シンはその美貌を微かに引き攣らせた。

「……今度おいで、リュイ。じっくり教えたげるから」
 その魅力的な誘いは、カイによって即座に却下された。

「ちょっかい出さないで下さい。俺が教えますから」
 カイの声が、若干低いトーンになったような気がする。

「でもカイ、教えるの下手だし。シン先輩に……」
 それは事実である。カイは頭はいいが、人に教えるのが上手いとは思えない。

「黙れ、リュイ。少しは警戒しろ、お前」
 ぴしゃりとそう言われては、もう反論しようがなかった。
 
 意外と独占欲が強いのかな……?
 もしそうだとちょっぴり嬉しい。

 でも、『媚薬』とかいう薬を飲んだときの、あの何だかよく判らない感覚――。あれはちゃんと確認してみたい気もするけど。

「教えるの、楽しみだねー、カイ」
 本当に楽しそうにシンが微笑う。
「俺、楽しみを邪魔されるの、好きじゃありませんから」
「僕は好きだな、邪魔するの」
 くすくす笑うシンの横顔が、ほんの少しだけ哀しそうに見えるのは気のせいだろうか。

 それでも、『作ってあげる』、そう言ったシンの言葉に嘘は感じられなかった。
 意志の強いこの先輩はきっと、自分の意志を貫くのだろう。

 自分は……?

 1年先のことを考えると、不安が沸き起こる。


「心配するな、俺は嘘を吐かねぇからな」
 ふと黙ってしまったことに気付いたのか、カイがそう告げた。

 『ずっと傍にいてやる』

 その言葉を信じたい。

 でも、魔法使いへの道は、諦めることも、諦めさせることも出来ない。

 見上げると、満天に瞬く星々が、怖いくらい輝いていた。




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