Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 魔法使いたちの恋 

 卒業 (前編) 


 ―卒業1―

 ここは、何処だろう……?

 澄んだ青い空に、真っ白な雲。
 何処までも続く草原を、風がさわさわと駆け抜けていく。

 とても懐かしい風景――。

 誰かが笑っている。金の髪を揺らしながら、若草色の瞳を輝かせて、走って来る少年が見える。

 あれは、僕だ。

 小さな左手に握り締める1枚の紙。それは、学院の入学許可証。
 その紙を受け取ったとき、とても嬉しかったのを覚えている。

 だって、やっと僕も何かが出来るかも知れない。
 育ててくれた養父母や義兄(にい)さん、大好きな実兄(にい)さん。僕と同じ寂しさを知っている義弟妹。
 学院に入ったら、魔法使いになったら――。


「……え?」
 瞳を開くと、寮の自室だった。眩しいくらいの朝の光が、視界に飛び込んでくる。
「……夢?」
 幼い頃の夢を見たのは、随分と久しぶりだった。同時に、そのことが何を意味しているのか、何となく判るような気がした。

 夢を、捨ててしまいたい――。
 そう思ってしまった僕を、責めているのかも知れない。

 そう考えずにはいられなかった……。

 瞳を閉ざすと、昨日の出来事が思い出された。


「すごいな、リュイ。全教科満点かよ……」

 そんな感嘆の声を上げたのは、誰だっけ……。

 昨日の夕暮れ、卒業試験の成績が貼り出された。その紙を前に、さまざまな声が上がっていた。
 最高学年に進学できた10名全員の合格――。2桁卒業者が出るのは、実に5年ぶりのことらしい。

 頑張ってきた成果だ。
 最上位に名前を挙げたということは、魔法使いとしてガリル王城に招かれる可能性を意味する。この世界にたった7人しか存在しない、ガリル王国宮廷魔法使い――。魔法使いたちの最高峰といえるその場所に辿り着けるかも知れないのである。

 願い続けてきた道が、拓かれた。

 なのに、そこに書かれた『卒業』という文字に、視線が奪われる。心が囚われる。
 素直に喜べない自分がいた。

 戸惑いがちに視線を巡らせると、ライの姿が飛び込んできた。腕を組んだまま、成績表を睨み据えるライの顔にも、いつもの明るい笑顔はなかった。
「何だ、卒業できるのか……」
 ふっと苦笑いを浮かべたライが視線を外す。その向こうに、踵を返してすたすたと歩いていくシアの姿が見えた。その姿を見送るライの背中に、ずきんと胸が痛んだ。

 カイ……!

 ともすれば胸が張り裂けてしまいそうで、人込みの中、視線を巡らせてカイの姿を探した。片手で胸をぎゅっと握り締め、胸の痛みに何とか耐える。気を緩めると、涙が溢れてしまいそうだった。
 その時、
「リュイ!」
 そう呼ぶカイの声が聞こえた。

 何故だろう。
 会いたいとそう願うと、いつもカイは来てくれる。
 まるで僕の心が判るかのように――。

「カイ!」
 縋りつくような気持ちで、声のした方を振り返った。

「リュイ、おめでとう」
 カイの笑顔が飛び込んでくる。
 本当に嬉しそうなその笑顔に、言葉を返せなかった。


「おはよう、リュイ」
 カイの声に、現実へと引き戻された。寝台の上、上半身を起こしながらもう一度瞳を開くと、朝陽の中に、カイの笑顔があった。
 目が痛い。カイの顔を見ることが出来ない。
 それはきっと、朝陽が眩しいからだ。そう思い込もうとして、涙がつうっと頬を流れた。
「リュイ?」
 カイが近付いてくる。
「どうした?」
 カイの指が涙を拭ってくれた。濡れた頬に口付けが降ってくる。

「……何が、嬉しいの?」
 ふと昨日から抑えていたその言葉が、唇から零れ落ちてしまった。
 馬鹿なことを言っていることは判っていた。カイを困らせることも判っていた。
 でも、どうしようもなかった。一度堰を切った感情は抑えることが出来そうになかった。

「卒業……出来るのが、そんなに、嬉しいの?」
 声が震えた。寝布を握り締める両手に涙がぽたぽたと落ちてくる。
「ああ、嬉しいぜ? リュイが頑張った成果だ。首席卒業だぜ? 喜べよ」
 諭すような優しい声が聞こえる。ゆっくりと伸ばされた手が、頬に触れてくるのを感じた。その手を思い切り跳ね除ける。
「どうして!? 僕は、喜べない……」
 両手を伸ばして、カイの胸元のシャツを掴んだ。そのまま引き寄せる。

 言っちゃだめだ。
 言ってどうするつもり?

 頭の中で、誰かが、そう告げる。
 でも、
「嫌だ、卒業したくない! カイと離れたくない……っ!」
 引き寄せたカイの胸に顔を埋めて、ほとんど泣きじゃくるようにそう声にしていた。

「馬鹿。言ったろ。ずっと一緒にいてやるって」
 耳元でカイがそう告げる。
「無理だよ、そんなの」

 そう、無理だ。
 そんなの判ってる。

「信じろよ」
 カイの手が、背中をとんとんと叩くのが判った。いつもと同じその動作はまるで癇癪を起こした子供をあやすかのように思えた。

 違う。そうじゃない。

「……だったら、抱いて!」
 気が付けば、そう口にしていた。
 自分の声が耳に届くと、顔が火照った。耳元が熱い。鼓動が騒がしい。

 でも、どうしても知りたいことがあった。

「今ここで抱いてくれたら、信じるから」
 重心をずらして、カイの身体を引き寄せる。驚くカイがバランスを崩して、倒れ込んできた。
 さっきまで眠っていた寝台に背中が当たる。上に跨るような格好で、それでも咄嗟に腕を付いてカイは自分の身体を支えていた。
 見下ろす夏空色の瞳が、すぐ目の前にあった。


 ―卒業2―

 どうしようもなく不安でたまらない。
 その理由は判っていた。

 昨日見たカイの笑顔。
 あまりに嬉しそうなその表情(かお)を見たとき、ふとある考えが頭を掠めた。

 カイ、もしかして、卒業できることにほっとしている?
 僕と、離れたいの……?

 そんなはずはない。
 何度もそう否定しようとした。

 でも、そう考えると辻褄が合うような、そんな気がしてしまう。


「……僕を抱かないのは、カイの優しさ?」

 知っている。どんなに意地悪な態度を取っていても、カイは本当に優しい。
 だから、僕を抱けない。
 だって、いつか別れなきゃならないのだから。
 だから、この肌に想い出を残さない。残せない。

「……そういうことか」
 じっと見つめていた夏空色の瞳が溜め息とともに閉ざされる。
 カイの唇から零れるその溜め息がカイの黒髪を揺らすのが見えた。
「リュイ、お前、俺のこと、ちっとも信じてねぇのな」
 そう告げるカイの声が、いくらか低くなったような気がする。

 カイ、怒ってる……?

「お前と別れてぇから、俺が喜んでるとでも思ってんだろ」
 もう一度溜め息を落として、夏空色の瞳が開かれた。
 目尻の上がったその瞳が、真っ直ぐに見据えてくる。

 何故だろう。胸が痛い。
 カイを傷つけた、そう感じた。

「抱かなきゃ信じられねぇってんなら、抱いてやるよ」
 吐き捨てるように、カイにそう告げられた。
 その言葉の意味を考えていると、カイが上体を起こして上着を脱ぎ捨てるのが見えた。自分と対照的ながっしりとした褐色の胸板が、視界に飛び込んでくる。

「後悔するなよ、リュイ」
 低い声が、そう告げる。

 後悔なんてしない。
 でも、カイは……?

「カイ、ちょっと、待って……」
「待たねぇ」
 厚い胸板を押し退けようと試みるが、全くの徒労に終わる。
 近付いてきたカイの顔が、首筋に埋められていく。
「あ……、」
 鎖骨を舐め上げられると、ぞくり、と何かが背筋を駆け上がった。
 くすぐったさに、何か別の感覚が混じる。
 次の瞬間、ひやりとした空気を感じ、シャツが肌蹴られたのを理解した。
「や、……見ないで」
 貧弱な身体を晒すのには抵抗があった。慌てて寝布を引き寄せる。
「見ねぇと出来ねぇだろ?」
 その声に視線を上げると、口元を上げて笑みを浮かべるカイの顔があった。
 いつもの、ほんの少し意地悪な表情だ。その表情に何処か安堵する。
「カイ……」
 声が震えた。
 涙腺がおかしくなっているのだろうか、涙がまた溢れてくる。
「ごめん、不安にさせた」
 カイの声が聞こえる。
 その言葉に、小さく首を振って答えた。

 僕の方こそ、ごめんなさい。
 カイの言葉を信じられなくて、カイを傷つけた。
 きっと、とてもたくさん、傷つけた。

「ごめ……っ、ひっ、く……」
 伝えようとした言葉は、そのまま泣き声に変わった。それでも何とか伝えたくて、泣きじゃくる声だけを上げてしまう。
 カイの指が、そっと髪を撫でてくれるのが判った。優しいその手をぎゅっと握り締める。

「カイ……、大好き」
 何とかそう声に出来た。
 一番大切な言葉だ。

「俺も好きだ、リュイ」
 その言葉に、どくんと鼓動が跳ねた。体温が上がるのを感じる。

 これは、何……?
 変だ、僕……。

「リュイ?」
「カイ……、どうしよう。……身体が、変だ……」
 カイが一瞬、息を止めるのが見えた。

 どうしよう、何、これ……?

 夏空色の瞳がじっと見つめてくるのが判る。

「や、見ないで……」
 見られている、そう思うだけで、身体がますます変になっていく。寝布を握り締める指に、力が入らない。

「ふ、あ……っ」
 髪に触れていたカイの指が、首筋に降りてくる。
 それだけで、身体が、びくんと跳ね上がった。

「どう、なるの……?」
 ほんの少し怖くなって、カイに視線を送った。

 カイは、何故かいつもの意地悪な表情だった。

 何だが、ちょっぴり悪い予感がした……。


 ―卒業3―

「手ぇ、どけて」
 カイにそう告げられる。

 え……? 何? 手?

「どけねぇと、触れねぇだろ?」
 カイが笑う。かなり意地悪な表情だ。
「……触る?」
 何に? そう言い掛けて、その言葉をぐっと呑み込んだ。

 知らねぇの? とは言われたくない。
 途中で止められたくはなかった。

 これまで勉強してきたことを思い出す。

 身体を触るんだ。
 おっぱいや、その、えっと……。

 かあっと身体が火照った。

「どうした?」
 くすりと笑う声が聞こえる。
 何だか少し悔しい。
「手伝おうか?」
 胸の前で握り締めていた寝布を引っ張られる。
「……自分で、出来るよ」
 悔しくて咄嗟にそう答えた。

 そのことを、後でかなり後悔した。

「あ……っ!」
 乳首の先端に触れられる。布一枚隔てた指の動きに、思わず声が上がった。
「や……っ、え……? あ、」
「手、どけて、リュイ。……自分で出来んだろ?」
 カイの声が耳元でそう囁く。
 掛かる吐息に、何故だろう、ぞくり、と身体が震えた。
「続き、出来ねぇんだけど?」
 カイの声にそう促される。
 何だかとっても楽しそうだ。

 ……意地悪。

 心の中でだけそう呟いて、1つ息を吸い込んだ。
 意を決して、寝布を取る。
 素肌が晒されるのが判った。

 カイが見つめている。

「そんなに、見ないで」
 思わずそう嘆願した。
「んな勿体ねぇこと出来るかよ」
 そう答えるカイの指が触れてくる。
 直接触れたカイの指は、とても熱かった。
 火照る身体と同じ熱を持ったその指が、何だか少し嬉しかった。

「……あ! 何……?」
 不意に左胸がぬるりとした感覚に支配される。
「あ、や、……やっ、何? 何?」
 自分の意思に反して、背中がびくんと跳ねた。
 何とか視線を送ると、カイの黒髪が見えた。

 え……?
 何? 舐めてるの?
 え? え?

「あ、あっ、……やっ、カイ……っ、あ、カイっ!」
 指とは違うその感触が、何かを連れてくる。
 どうしていいか判らず、手が宙を舞った。
「や、やぁ……っ!」
 宙を彷徨った両手で顔を覆う。
 手の行く先を見つけたことに安堵したのも束の間、
「見えねぇよ」
 即座にカイの声が非難してくる。

「じゃ、手、どうしたら、いいの?」
 声が上ずる。息が上がる。
 何だか少し苦しい。
「変、なんだ……。どうして……? 少し、苦しい……」
 視界が潤んだ。

 あれ?
 また、泣いてる……?

 どうにも思い通りに行かない。

「……少し、腰、浮かせろ」
 カイの声が聞こえた。
 何だろう、カイの声も少し上ずっているような気がした。
 そういえば、息も少し上がっている……?

「うん……」
 そう答えて、カイの言葉に素直に従った。
 腰を浮かせた直後、下着ごとズボンを下ろされる。
「え……? ……あっ!!」
 声を上げようとした瞬間、自分自身を掴まれた。恐怖に息が詰まる。
「カイっ! ……カイ! カイ!」
 カイの肩に両手を置いて、引き剥がそうと試みる。
「……リュイ、そのまま、肩掴んでろ」
「ああ……っ!!」
 カイの指が動く。
「あ、あ、……何? な、……あ、あっ!」
 緩やかに力を込めた指先が、根元から先端へと行き来した。次第にその動きが激しさを増していく。
 意識が攫われる。腰が浮く。
「何、これ、……あ、あ、カイ……っ!」
 カイの肩を掴む指に力が入った。
「は、あ、あ、……ああ――……っ!!」
 どくん、と身体が跳ねた。

 全身から、力が抜け落ちていく。

 何? 何が起こったの……?

 肩で息をしていたら、ぴちゃりという音が聞こえた。カイが触れているお臍の辺りが、生温くべたべたしているのを感じる。
 全身が麻痺したかのように、上手く力が入らない。
 なのに、下腹部だけはどくどくと脈打っているのが判った。




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