Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 魔法使いたちの恋 

 卒業 (中編) 


 ―卒業4―

 頭がまだふわふわしている。身体が熱い。

 変だ……。
 僕の身体、どうにかなっちゃったんだろうか……。

「リュイ」
 カイが呼んでいる。
「……なあに?」
 呼ばれるままに、顔を上げた。
 とろんとしたままの思考回路は、一向に回復しそうになかった。

「リュイ、すっげぇ可愛いぜ?」
 カイが笑う。
 『可愛い』と言われるのは腑に落ちない。
 でも、

 何だろう……?
 カイ、とっても嬉しそう……。

 微笑むカイがあまりに嬉しそうなので、何だかこっちも嬉しくなった。

「好き」
 そう声にして、微笑み返してみる。
 目の前で、カイの頬がぱっと紅潮した。
 こんなカイは珍しい。そうさせているのが自分だと思うと、堪らないほどに嬉しかった。
「好き、大好き。カイのことが、好き」
 込み上げてくる想いを言葉にして、カイに手を伸ばす。触れる直前、逆にぎゅっと抱き締められた。
「リュイ、お前、その表情(かお)、犯罪だぜ……。って、自覚ねぇよな、お前……」
 耳元でカイがぼやく声が聞こえた。同時に吐息が耳朶を刺激してくる。
「あ……っ、ふ、あっ!」
 思わず声が上がった。
「あ、また……っ、何? これ……、なあに……、んっ!」
 カイの指先が脇腹を滑り落ちていく。再びぞくぞくっと何かが集まってくるような気がした。
「変になる……っ、あ、や……っ、また、身体が、変だ、……あ」
「……変じゃねぇよ、リュイ。これは、感じてる、ってんだ……」

 感じる……?

 ハルの言葉を思い出す。

 『感じるとリュイはどんな声を上げるのかな?』

 声……?

 ふとさっきの自分の姿が浮かんだ。
 何が何だか判らなくて、無我夢中でカイにしがみついていた。きっとたくさん声を上げていた。

「いい声、聞かせてもらったぜ?」
 夏空色の瞳で、カイが覗き込んでくる。
「……やっ、」
 不意に恥ずかしさが込み上げてきた。

 どうしよう。恥ずかしい……。

 顔から火が出そうだった。カイに知られたくなくて、寝布を引き寄せて、頭から被る。

「おいおい、リュイくん?」
 カイがくすくす笑う声が聞こえた。
「本番は、これからなんだけど?」
 そう告げられ、思考を巡らせる。

 本番……?
 あ……!

「やっ! 恥ずかしいから!」
 ちょっと触られただけでこの有様だ。これ以上何かしたらどうなるか、想像もつかなかった。
「これ以上変になったら……、も、戻らなくなる……っ」
 情けないことに、語尾はまるで泣き声のようだった。
「俺の方は、はなっからそのつもりだけどな。もう元には戻してやんねぇよ」
 そう告げるカイの声に、ぞくりと何かが背中を駆け抜けるのを感じた。

「自分で出て来れるよな? リュイ」
 意地悪な声にそう促される。つんつんっと突付かれると泣きたい気分になった。
「や、僕、ばっかり……」
 思わずそう声にして、はたと気付く。

 そうだ。僕ばっかり……。

「カイも……、か、感じてよ」
「いいぜ?」
 反撃したつもりが、あっさりとそう返される。
「来いよ、リュイ」
 隣にごろんと寝転がられ、くいくいっと手招きされる気配を感じた。

 え? ええっと……。

 恐る恐る寝布から顔を出して、カイの様子を伺う。
 にやにやと笑う意地悪な顔がそこにあった。

「やり方が判らねぇなら、もう一度手本を見せてやろうか?」
「で、出来るよ……」
 売り言葉に買い言葉とはこういうのを言うのだろうか。我ながら呆れた性格だと思う。
 勉強したつもりだった。肌に触れ合って、身体を繋げる。手順は知っている。
 でもどうすればいいんだろう?
 どうやれば、カイを感じさせられるんだろう?

 どきどきだけが止まらない。


 ―卒業5―

 おずおずと伸ばした手が震えた。
 カイがしてくれたように、乳首に唇を寄せてみたら、胸がどきどきと高鳴った。
「あ……、」
 馬鹿だ。自分が感じてどうする?
「手ぇ、止まってるぜ?」
 カイが笑う。

 意地悪、意地悪……。

 逞しい胸に舌を這わせた。掌を引き締まった下腹部へと滑らせてみる。
 時折、ぴくり、とカイの身体が反応した。

 感じて、くれている……?

 1つ息を呑んで、そろりと、カイのものへと手を伸ばした。何かに触れた瞬間、カイに手首を掴まれる。
「え……っ!?」
 景色が流れた。
 そうして、止まったと思ったときには、完全にカイに組み敷かれていた。

「も、我慢できねぇ」
 唸るようなカイの声が聞こえた。夏空色の瞳が見つめてくる。
 どきん、と鼓動が跳ねた。
「リュイ、いいか?」
 低い声がそう問い掛けてくる。こくんと頷くと、カイの腕に両脚を開かれた。そのまま、カイの頭がするりと下腹部へと滑り降りていく。
「んっ、……ひぁ、あ、ああっ!」
 自分自身の裏側を、ぬるりとした温かい感触が這っていく。思わず声が上がり、慌てて両手で口を抑えた。
「んっ、んんっ!! ……っん、く!」
「手、どけろよ」
 顔を上げてカイがそう告げてくる。
「や、変な、声が、出る……っ」
「馬鹿。声は聞かせるもんなの。知らねぇの?」
 当然のようにそう告げられて、涙目で抑えていた口を開放した。
「あ、あ……っ!」
 すぐさま声が溢れ出してしまう。
 くすりとカイが笑ったような気がした。
 非難しようと思った瞬間、カイの舌が後ろの孔に辿り着くのを感じて、身体が強張った。
「やっ! 何、やめ……っ! え、ええっ? や、やぁ……っ!」
 何とも形容し難いその感覚に、思わずカイの黒髪に両手を絡めて、引き剥がそうと試みた。何度も必死で力を込めてみたが、片腕で完全に太腿を抑え込んでいるカイの身体はびくりともしない。
「やっ、……ああっ! 何? ……何か、あ、あっ、何? 何か、入ってくる……っ! はぅ、んんっ!」
「力、抜いてろ」
「無理、無理っ! や、あ……っ!」
 何かが、入り口に侵入している。それ以上異物を侵入させまいと、反射的に全身に力が入った。
 上手く、呼吸が出来ない。

 何……? 何してるの……?
 えっと、ええっと……。

 そうだ、カイのを、お尻に入れるんだっけ……?

 勉強して、何度も想像してみたはずである。

 もっと簡単なものだと思っていた。
 これは……、これは何?

「カイ……っ! カイが入っている、の? ……んっ、あ、……ぼ、僕……、今、抱かれた、の?」
 短く息を吐いて、悲鳴に近い声でそう尋ねた。
「無茶言うな、まだ入んねぇよ」
 カイが答える。

 え?
 じゃあ、何? 何が入ってるの?

「……まだ無理だな」
 そう告げる声とともに、その何かが引き抜かれるのを感じた。ふ、と安堵の息を吐こうとすると、後ろの入り口をぐるりと引っ掛かれた。

 指だ。

 そう認識する。

「ふ……っ、あっ、ん……っ! あ、あ、あ……っ、」
 再び、丁寧に入り口が解されていくのを感じた。同時に前にも刺激を与えられ、意識が攫われそうになる。
「リュイ、そのままでいい。俺を感じとけ」
「あ、……う、うん……」
 カイの言葉に従い、与えられる感覚に身を任せた。
「あ、あ、……ん、……っあ、あ、あ、……カイ、」
 ざわざわと寄せては返す波の中に漂っている、そんな錯覚の中にいた。

 ほんの少し開いた口からは、抑えられない声が零れた。
 ぼんやりと開いた瞳が宙を彷徨い、カイを見つける。

 全ての感覚で、カイを追い掛けた。

 その時だった。

「あ!」
 カイの肩越しに、白い炎が上がるのが見えた。
 それは一瞬で燃え尽き、その後にいくつかの文字を残した。
「……呼び出しだ」
 そう呟くと、カイが動きを止めた。
 夏空色の瞳が宙を見上げて細められる。形のいい唇からは、大きな舌打ちの音が響いた。

 この時期の呼び出しが何を意味するかは、考えなくても判っていた。
 進路のことである。

 はあぁっと大きな溜め息を吐いて、カイが立ち上がる。そのまま、カイが小さく杖を振ると、いくつかの衣装が飛んでくるのが見えた。

 僕の、服……?

 そう思った時には、カイの手がてきぱきと服を着せてくれていた。
「自分で、出来るよ……?」
 真剣なその様子に思わず微笑んでそう告げると、カイはもう一度溜め息を落とした。
「いいの。こうでもしなきゃ、収まりつかねぇから」
 そう答えて、カイはふっと笑みを浮かべた。


「さ、行って来いよ。夢への第一歩だ」
 扉を前に、カイが背中を叩いてくれた。
「いいか、これだけは忘れるなよ、リュイ。何があっても、俺はお前を手放すつもりはねぇから。お前と別れるくらいなら、俺は何もかも捨ててやったっていいんだ」
「カイ、それは……」
 言い掛けた言葉はカイの口付けに塞がれた。
「判ってる。お前がそれを望んでねぇことは。だから、俺も精一杯やってきた。……大丈夫、大丈夫だ、リュイ。何もかもきっと上手くいく。この俺を信じろよ」

 信じる。信じたい。
 それでも不安は消すことはできないけど。

 カイの気持ちだけは、伝わってきた。
 僕と一緒にいたいと、そう思ってくれている。
 そのために、頑張ってくれている。

 カイの言うとおり、出来るところまで足掻いてみよう。

「うん。行ってくる」
 顔を上げて、笑顔でそう答えると、カイの腕に引き寄せられた。
「しっかり話を聞いて来い。でもって……、今夜は寝かせねぇからな」
 耳元でそう囁かれる。

 どういう意味だろう……?

「どうして?」
 小首を傾げると、ぽかりと頭を叩かれた。
 そうして、
「朝まで抱いてやるってことだよ」
 そう付け足された。


 でも――、
 その夜、カイは帰って来なかった。


 ―卒業6―

 学院からカイがいなくなって、もうすぐ1ヶ月が過ぎようとしていた。

 こんなに長い間、カイがいないのは、初めてのことだった。
 ふとした瞬間に、不安に押し潰されそうになる。

 その度に、心の中で呪文を唱えてきた。

 カイが好き。大好き――。
 そう、大丈夫。カイを、信じている。


 みんなの進路が決まったあの日、カイが学院から姿を消した。学院長の説明によると、進路先の都合とかで、卒後の準備を学院外で行わなくてはならないとのことだった。
 でも、真意はきっと別のところにある。

 だって、いなくなったのは、カイとシアだもの……。

『シン先輩の件があるからな……』
 そう呟いたのは、誰だっけ……。

 みんな考えることは同じだった。

 カイと僕、ライとシア。
 卒業が決まった今、引き離しておいた方がいいと判断されたのだ。


「リュイ」
 部屋を出たところで、声を掛けられた。振り返ると、エルの顔が見えた。
 何故だろう。カイがいなくなってからというもの、エルがとても優しい。
 眠れているか、食事は摂れているか、事あるごとに心配そうに声を掛けてくる。

 ……エルらしくない。

 そう思っていたのに。警戒していたのに。

 何で、こんなことになってしまったのだろう……。


 気が付けば、自分の寝台の上だった。
 エルの指が、釦を外していく。
「……いいの?」
 そう尋ねて、エルが優しく微笑んだ。

 いい、わけがない。
 こんなこと、こんなこと……。

 だって、エルは恋人じゃない。
 判っている。
 そんなこと、ちゃんと判ってる。

 でも――、

「怖いんだ……」
 何故だろう、思わず本音が漏れた。

 そう、怖い。

 カイがいない。カイがいない。カイがいない――。
 不意に、このまま、カイが帰って来ないような気がしてしまう。

「リュイ……」
 髪を優しく撫でられる。啄ばむように口付けられる。

 カイじゃない。

 判ってる。判ってるのに。
 他の人に抱かれようとしている。
 何て、浅ましいんだろう……。

「考えないで」
 エルの声がそう告げた。
 その声に、指の動きに、思考が攫われていく。

 瞳をぎゅっと閉ざすと、カイの顔が浮かんだ。
 怒った顔、笑った顔、呆れた顔……。全てがまるで走馬灯のように、次々と浮かんでくる。

 カイが、好き――。
 その想いが込み上げる。

『俺を信じろよ』
 カイにそう告げられたような気がした。


「ごめ、ん、……エル」
 震える手で、エルの胸板を押し返した。
「僕、カイが、好き……」
 そう告げると、至近距離にあるエルがくすくすと笑った。

「知ってるよ、そんなこと」
 目尻の流れた薄灰色の瞳が楽しげに細められる。
 その瞳に、ぞくり、と背筋が凍った。
「僕には関係ないと言ったら?」
 笑顔のまま、そう告げられる。
「出来れば無理強いはしたくなかったんだけどね」
 その言葉の意味を理解したとき、目の前が暗転した。




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