Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 白の桎梏 

 第2話 


「怖いか?」
 寝台に押し倒され、告げられた言葉に、スイは小さく首を振って答えた。
 怖くないと言えば嘘になる。だが、虚勢を張っているわけでもなかった。
 “諦め”という言葉が一番近いような気がした。だが同時に、スイは自分が未来を分ける大きな分岐点に立っていることも理解していた。
 未来が視(み)えた。
 目の前の男――コウは、王になる。そして、祖国リリアンは滅ぼされる。
 ただ、自分は何をなすべきなのか、その結論は出せずにいた。

 夕刻より降り出した激しい雨が、粗末な宿の窓を叩く。隙間風が燭台の灯を揺らめかせ、僅かな光しか捉えることの出来ないスイの瞳に、コウの姿を映し出そうとしていた。
「――――っ、」
 突然、乱暴な動作で胸元を肌蹴られ、スイは息を呑んだ。ほんの少し翠がかった灰色の瞳を見開いて、コウを見上げる。
「恐ろしいほどに白いな」
 スイの肌を瞳に収め、コウは率直にそう述べた。
 一点の染みも見当たらない、完璧な白磁のような肌である。蹂躙されることを知らないその肌を、コウは空色の瞳でじっと見つめた。それはまるでこの一瞬を瞳に焼き付けようとしているかに思えた。
 しばらくして、何かを吹っ切るようにコウは1つ息を吐いた。闇色の髪が揺れる。そして、ゆっくりと手を伸ばし、コウは白磁の肌に触れた。スイの身体に緊張が走る。
「生きるということがどういうことか、教えてやる」
「……い、やだ……、」
 思わず漏れたその声に驚いたのは、他ならぬスイ自身だった。
 城塞都市スピルリーチにおいて、たった1人の肉親である兄に疎まれ続けた日々も、その兄によって奴隷の身分に落された時でさえも、一粒たりとも見せなかった涙が灰色の瞳に溢れてくる。その理由はスイにも判らなかった。初めての行為に対する恐怖ではなかった。ただ得体の知れない何かに全身が呑み込まれていく、そんな感覚だった。
「嫌、だ……っ、」
 見開いたままのスイの瞳に、鮮明な光景が浮かび上がる。
 炎に包まれる城塞都市スピルリーチ。血を吐き倒れる兄イルリアン。
「……や、っ、」
 真っ白な細い指がコウの褐色の肌を押し返す。だが、震えるほどに力を込めたその手は、スイに己の無力さを知らしめただけだった。
「嫌、だ……っ、いや、いや、」
 それでもスイは、闇色の髪を掴み、必死の抵抗を試みた。鍛錬された褐色の肌はびくともしない。無言のまま、スイの肌を蹂躙し始める。
「――――い、や……ぁっ、」


 スイの脳裏に、最後に見た兄イルリアンの表情が蘇る。
 同じ瞳を持つ兄弟である。イルリアンの瞳にこの未来が視えていないはずがなかった。
 それなのに――。


 膝を割られ、ぐいっとコウに侵入される。
 時間を掛けて解されたその場所は、スイの意思などお構いなしにコウの侵入を許していった。
「あっ、い、やだ……っ、んっ、ぅんっ、」
 中を犯されていくその感覚に、スイの全身が戦慄いた。寝布の上で、長い白金の髪が乱れる。
「や、……ぁ、あ、あっ、嫌……、いや……っ」
 内壁を押し拡げるようにして、コウが最も深い場所まで入り込んでいく。
 小刻みに震えていたスイの内腿から力が抜け落ちた。その脚を掴んで、コウが自身を打ち付ける。
 スイの喉から小さな悲鳴が上がった。
 それが最後だった。
 抵抗する力はもうなかった。
 ゆっくりと、そして次第に激しく揺さぶられる。

 ぼんやりとした意識の中、犯されているという感覚だけがスイを支配していた。

(何故、ここにいるのだろう……?)

 兄イルリアンとは、もう長い間疎遠だった。
 話をするどころか、顔を合わせることさえ、拒絶されていた。

 そして突然、奴隷商人に売られた。

 その結果、この男に買われ、こうして『性奴隷』の扱いを受けている。

(どうして……?)

 答える声などない。
 ただ、衣擦れと熱い吐息だけが、狭い部屋を支配していた。




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