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「……何者です?」
背後から投げられたその台詞に、コウは楽しそうな笑顔のまま振り返った。そのコウを不審の塊といった視線が出迎える。
「精霊たちが歓喜に踊り狂ってますよ」
「みたいだな」
シャオの説明にさして驚くわけでもなく、コウは浅瀬のせせらぎに足を突っ込んで楽しんでいた。
「祝福の歌の大合唱です」
やけにご機嫌なその様子に溜め息を落とし、シャオは少し誇張気味に説明を加えた。
コウには精霊たちの気配は判っても、姿を見ることはできない。そもそも人間で精霊たちを見ることが出来るのは稀有な存在だ。自分がその稀有な存在であることはシャオも十分自覚していた。だから、実の親に捨てられたのだから。ふと思い出してしまった嫌な記憶を小さな溜め息で払拭し、シャオはもう一度、目の前の異常事態に視線を送った。
ただの人間ではない。
そう確信する。ただの人間に精霊たちがここまで祝福の歌を歌うことはない。彼らは本来、他の生命に気を掛ける存在ではないのだ。
「ま、じき判る」
質問を打ち切られ、シャオは不満げにコウを見下ろした。コウはと言えば、そんなことなど構わない様子で、浅瀬の石を拾い、空を見上げている。
「一雨来るぞ」
短くそう告げ、前方に立ち尽くしているスイを呼び寄せる。
コウの推測は正しい。それは何も天候のことに限らない。コウの瞳には、自分たちには見えない道筋が見えているのではないかと常々シャオはそう思っている。実際のところは、コウが紛れもなく人間であることは間違いないのだが、3000年以上生きているとか噂される老師ファンに育てられたのだから、普通でないのも確かである。
だが、コウという人間には、それ以上の何かがあった。コウの存在は堪らなく人を惹きつける。そうでなければ、七星祭を3度終えたばかりの若造がガリルの民を率いていくことなど考えられない。
この暗い世界で未来に光を灯すためには、コウの存在は必須だ。シャオはそう考えていた。だからこそ、コウの身を危険に晒すわけにはいかない。それなのに当のコウはといえば、外の世界に何かあればいつだって自ら先頭を切って飛び出してしまうのだ。
未来を守るために、コウの危険を排除する。その覚悟はシャオには出来ている。
シャオの鳶色の瞳に、コウの声に振り返るスイの姿が映る。
よく見えていないらしい灰色の瞳が世界を見渡し、悲しげに揺れた。
精霊たちが心配そうに声を掛け、スイの周りを舞い続ける。
害を為す存在には見えない。
だが、何かが起きる。そんな予感にシャオはもう一度溜め息を落とした。
「どうした?」
若木を傷つけないように利用し、大きな葉や草でなけなしの屋根を作っただけの住まい。木の根の窪みを使って、寝床とする。それがガリルの民の生活だ。コウも例外ではない。
「あまりに粗末で驚いたか」
きょろきょろするスイを引き寄せ、コウが笑う。
「……ずっといい」
城塞都市スピルリーチは完璧な都市だ。細部に至るまで細かい装飾がなされ、見事な調度品が並ぶ。
でもそこには何1つ自然はない。リリアン人は、光から逃れるように、緑から目を背けるようにして、生きている。
「こっちの方が、ずっと好きだ……」
そう告げると、スイは夜空を見上げた。
その瞳はほとんど光を捉えることが出来ない。もとは光の種族であったリリアン人は、光の神々を裏切った代償として、その身に色を纏うことも、その瞳に光を見ることも禁じられたと聞いている。それでもなお、長い時を生きている。持てる力でもって、弱き人々を支配し続けている。
月明かりからすら隠れるように丸くなって、スイは瞳を伏せた。
「随分としおらしいな。もう抵抗は止めか?」
ぐいっと大地に抑え付けられ、スイは夜空を見上げていた視線をコウに向けた。
目尻が流れた綺麗な瞳にコウの姿が映る。聡明さが窺える眉をほんの少しだけ辛そうに顰めて、それでいてその瞳は微塵も揺れ動くことなく、真っ直ぐにコウを見つめたままだ。
「――僕は、あなたを王にする」
きっぱりとそう言い切って、スイは1つ息を吸い込んだ。
沈黙が流れる。風がざわざわと木々を揺らす音だけが響いた。
一瞬驚いたように僅かに瞳を見開き、そうしてコウが長い息を吐く。
「……何だ、そんなに良かったか」
口端を上げて告げられた言葉の意味が判らず、スイは少し首を傾げた。ただ、コウの表情からその台詞に悪意が込められていることだけは何となく判った。
「ま、初めてだったからな。病み付きになっちまうのも仕方ないか」
ぐいっと衣服をたくし上げられ、同時にズボンに手を掛けられて、スイはようやくその意味を理解した。
「違う!」
らしくない怒声で、コウの台詞を否定した。
だが、コウには聞き入れるつもりはないらしい。露わになった白い胸を掴み、その先端を口に含む。
「違う! 違う……っ、ん、」
「そうか? 身体はそうは言ってないみたいだがな」
尖っていく突起を甘噛みし、白い肌に舌を這わせていくと、スイの身体がびくん、と跳ねた。月明かりにスイの肌理の細かい白い肌が晒される。触れられることすら知らなかったその肌には、あちこちに昨夜の跡が刻まれていた。感じるその場所を確認するかのように、コウの舌が辿っていく。
「や……っ、あぅ、……ちが、……ん、ぅんっ!」
もともと感じやすい性質なのだろう。コウの巧みな動きが、瞬く間にスイの身体に火を点ける。
「はぁ……っ、嫌、……あっ、」
「声、」
一瞬だけ動きを止め、そう告げられ、スイは意識を向けた。コウがくす、と笑う。
「抑えないと、里中に聞こえるぞ」
その直後、ズボンを引き摺り下ろされ、スイは小さな悲鳴を上げた。コウの指が伸ばされる。
「――あ、……いや、だ……っ、ぅく、ん、あ、」
全身が攫われていく。
その感覚が怖かった。
それなのに覚えてしまった身体はスイを裏切る。もっと刺激が欲しいのだと脚が淫らに動き出す。それが堪らなくて、スイは大きく首を振った。白金の髪の動きに涙が舞う。
「んっ、……あっ、あっ! ……やぁ……っ、」
「あっさりと俺を受け入れるからなぁ、ここは」
後孔にコウのものが押しつけられる。
「っ、や……っ、無理……っ、あ、」
「そうかな」
膝を抱えられる格好で、体重ごと圧し掛かられ、スイは息を詰めた。
昨夜無理を強いられた場所が、痛みとともに押し開かれていく。白い指が空を彷徨い、褐色の肩を掴んだ。そのまま全身を強張らせるようにして、スイはコウを受け入れた。途切れがちな悲鳴が木霊する。
「ほら、挿入った」
口元に笑みを乗せ、コウがそう告げた。そのまま、しなやかなスイの脚を抱え直し、1つ突き上げる。
「あぅ……っ、あ、あっ、嫌だ……っ、も、……や、」
深い処でコウを感じ取り、スイの身体がぞくりと戦慄く。
「ここだろ、挿入れられて感じてるんだろ?」
酷い台詞とともにコウは抽挿を開始した。その動きが容赦なくスイの身体に変化をもたらしていく。
何て残酷なんだろう。
唇からは拒絶の声しか出てこない。それでいて身体は残酷なほどにコウを受け入れていく。
月が隠れ、虚ろな瞳に微かな星空が映し出された。それが不思議なほど美しく思えて、スイは溢れ出した涙を抑えることは出来なかった。