Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 そこは、魔法使いたちの学校だった! 

 第2話 


「だあれ?」
 人がいる。良かった。
 いや、果たしてそうだろうか?
 激しく動揺しながら、まとまらない思考のまま、俺は声の主を振り返った。
「……人形?」
 思わずそう呟くと、目の前の人形のような少年は、にっこりと笑った。
 ふわふわした金髪に、大きな緑色の目。真っ白な手足。
 本当に同じ人間か、と疑いたくなる。
 いや、『同じ』、じゃないかも知れない。
「何かお探しですか?」
 少し首を傾げながら、その少年が近付いてきた。どうやら、俺の手にある『千晴の本』に気付いたようだ。
「あ、その本なら、こっち。この間僕も読んだばかりだから、少しは詳しいですよ?」
 ぱあっと浮かんだ笑顔が眩しい。
 警戒心というものがないのか、少年は笑顔のまま、俺をそこへ案内してくれた。
 俺はというと、その少年の後に素直について行った。
 不思議人間千晴に鍛えられた俺の順応力も大したもんだ。
「ほら」
 着いた先、少年が指差したのは、どうやら1番上の棚。この図書館は、天井が異様に高い。
 梯子を探すべく、きょろきょろ巡らせた俺の視界に飛び込んだのは、ありえない光景だった。
「な、な、な……」
「はい」
 少年が、本を数冊手渡してくる。相変わらず笑顔のままだ。
「――それは、魔法の杖?」
 確かに見た。
 少年が何か俺の知らない言葉を口にして、その杖を振るのを。
 そうして、何かに操られるように、その本たちが少年の手の中に落ちてくるのを。
 いや、魔法なんて馬鹿な話はない。きっとこの図書館のシステムに違いない。きっとハイテクシステムだ。俺にはよく判らないけど、理数系に強い千晴ならきっと判るのかも知れない。きっとそうだ。
 少年の綺麗な緑の瞳が、不審そうにじーっと俺を見つめてくる。
 何だろう。このシステムを知らないのは、まずかったのか。
「……え?」
 その時、少年の金髪の間から、小さな額が見えた。驚いたことに何やら文字が書いてある。額に文字を書くって、変な文化だ。
 しかも、これは、『カタカナ』に見える。どういうことだ。
「――カイ?」
 何故かカタカナで書かれたその文字を素直に読むと、少年は驚いたように顔を上げた。
「カイのお友達?」
「――知らねぇよ。離れろ、リュイ」
 間髪入れずに答える声。誰もいなかったその場所に現れたその少年――たぶんカイという名前だ――は、人形のような少年――で、こっちがリュイ――をその腕の中にぐいっと引き寄せ、警戒心も露に俺を見据えた。
 何処の人種だろう……、褐色の肌に真っ黒な髪。どう見ても日本人ではなさそうだ。
 そういや、何で会話できてるんだ?
 何語だ、これ。日本語とは違う響き。英語でもない。強いて言うなら、この丸みはフランス語だ。
 だが、渡された本の文字は――、読めない。
 でも、額にある文字は、どう見てもカタカナだ。今度は『リュイ』と書いてある。
 何が何だか。
「ええっと……」
「どうした? リュイ、カイ」
 また別の少年が現れた。1人は茶髪。もう1人は何と真っ白な長髪だ。
 一体、どこから現れるのか、どう見ても瞬間移動にしか見えないが、既に容量オーバーだ。
 細かいことは気にしない。それが、千晴と一緒にいる秘訣だ。
 いや、ここに千晴はいないんだけど。
「どう見ても、第1の塔の人間じゃないね」
 白髪を掻き上げながら、額に『ライ』と書かれた少年が溜め息を落とす。綺麗な灰色の瞳は見えていないのかも知れない、何処か宙に浮いたままだ。その隣に立つ茶髪の少年の額には、『シア』の文字だ。
   どうやら額には相手の名前が書かれているようなので、白髪が『シア』、茶髪が『ライ』といったところだろう。
 何かの呪(まじな)いだろうか。
 ああ、女子が騒いでたな。好きな人の名前を書いてどうこうすると……、ってどう見ても男同士だ。
 でも、リュイはどきどきするくらい可愛い。よく見るとシアもちょっと見たことないほど美形だ。
 もしかすると、女の子なのか――?
「わ、すごい本持ってんな、あんた」
 ライが覗き込んでくる。
 何だ何だ。この本たちのことか?
「……何て、書いてる、のかな?」
 尋ねる俺の声は、かなり不安げだ。情けない。だが、仕方ない。
 ライがにやにや笑った。
 この俺が読めないなんて、――悔しい。
 いや、そういう場合じゃないのだけど。
「――『男同士のSEXの仕方』。何なら教えてやろうか?」
 その答えに、俺は持っていた本を、ばさばさと足元に落とした。
 フリーズした俺の前で、ふーっと、カイが溜め息を落とす。
「貸したの、お前か、リュイ」
 正解です。ご明察です。
 こんな可愛らしいお人形さんのくせに、とんでもない本を貸してくれるものだ。
「――問題になるね」
 そう呟いたのは、シア。
「どうする?」
 尋ねたのは、ライ。
「――揉み消す」
 答えたのは、カイだ。その青い瞳は、鋭い光を放っている。
 消されるかも知れない――。
 恨むぜ、千晴。
 あああ、でも死ぬ前に、この文字、読めるようになりたい……。そんなことを考えてしまうから、『言語オタク』と言われるのかも知れない。
 何はともあれ、「ついて来い」との声に逆らえず、とりあえず4人の後について行きながら、俺は、言語を学ぶチャンス、もとい逃げ出すチャンスを窺うことにした。




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