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「だあれ?」
人がいる。良かった。
いや、果たしてそうだろうか?
激しく動揺しながら、まとまらない思考のまま、俺は声の主を振り返った。
「……人形?」
思わずそう呟くと、目の前の人形のような少年は、にっこりと笑った。
ふわふわした金髪に、大きな緑色の目。真っ白な手足。
本当に同じ人間か、と疑いたくなる。
いや、『同じ』、じゃないかも知れない。
「何かお探しですか?」
少し首を傾げながら、その少年が近付いてきた。どうやら、俺の手にある『千晴の本』に気付いたようだ。
「あ、その本なら、こっち。この間僕も読んだばかりだから、少しは詳しいですよ?」
ぱあっと浮かんだ笑顔が眩しい。
警戒心というものがないのか、少年は笑顔のまま、俺をそこへ案内してくれた。
俺はというと、その少年の後に素直について行った。
不思議人間千晴に鍛えられた俺の順応力も大したもんだ。
「ほら」
着いた先、少年が指差したのは、どうやら1番上の棚。この図書館は、天井が異様に高い。
梯子を探すべく、きょろきょろ巡らせた俺の視界に飛び込んだのは、ありえない光景だった。
「な、な、な……」
「はい」
少年が、本を数冊手渡してくる。相変わらず笑顔のままだ。
「――それは、魔法の杖?」
確かに見た。
少年が何か俺の知らない言葉を口にして、その杖を振るのを。
そうして、何かに操られるように、その本たちが少年の手の中に落ちてくるのを。
いや、魔法なんて馬鹿な話はない。きっとこの図書館のシステムに違いない。きっとハイテクシステムだ。俺にはよく判らないけど、理数系に強い千晴ならきっと判るのかも知れない。きっとそうだ。
少年の綺麗な緑の瞳が、不審そうにじーっと俺を見つめてくる。
何だろう。このシステムを知らないのは、まずかったのか。
「……え?」
その時、少年の金髪の間から、小さな額が見えた。驚いたことに何やら文字が書いてある。額に文字を書くって、変な文化だ。
しかも、これは、『カタカナ』に見える。どういうことだ。
「――カイ?」
何故かカタカナで書かれたその文字を素直に読むと、少年は驚いたように顔を上げた。
「カイのお友達?」
「――知らねぇよ。離れろ、リュイ」
間髪入れずに答える声。誰もいなかったその場所に現れたその少年――たぶんカイという名前だ――は、人形のような少年――で、こっちがリュイ――をその腕の中にぐいっと引き寄せ、警戒心も露に俺を見据えた。
何処の人種だろう……、褐色の肌に真っ黒な髪。どう見ても日本人ではなさそうだ。
そういや、何で会話できてるんだ?
何語だ、これ。日本語とは違う響き。英語でもない。強いて言うなら、この丸みはフランス語だ。
だが、渡された本の文字は――、読めない。
でも、額にある文字は、どう見てもカタカナだ。今度は『リュイ』と書いてある。
何が何だか。
「ええっと……」
「どうした? リュイ、カイ」
また別の少年が現れた。1人は茶髪。もう1人は何と真っ白な長髪だ。
一体、どこから現れるのか、どう見ても瞬間移動にしか見えないが、既に容量オーバーだ。
細かいことは気にしない。それが、千晴と一緒にいる秘訣だ。
いや、ここに千晴はいないんだけど。
「どう見ても、第1の塔の人間じゃないね」
白髪を掻き上げながら、額に『ライ』と書かれた少年が溜め息を落とす。綺麗な灰色の瞳は見えていないのかも知れない、何処か宙に浮いたままだ。その隣に立つ茶髪の少年の額には、『シア』の文字だ。
どうやら額には相手の名前が書かれているようなので、白髪が『シア』、茶髪が『ライ』といったところだろう。
何かの呪(まじな)いだろうか。
ああ、女子が騒いでたな。好きな人の名前を書いてどうこうすると……、ってどう見ても男同士だ。
でも、リュイはどきどきするくらい可愛い。よく見るとシアもちょっと見たことないほど美形だ。
もしかすると、女の子なのか――?
「わ、すごい本持ってんな、あんた」
ライが覗き込んでくる。
何だ何だ。この本たちのことか?
「……何て、書いてる、のかな?」
尋ねる俺の声は、かなり不安げだ。情けない。だが、仕方ない。
ライがにやにや笑った。
この俺が読めないなんて、――悔しい。
いや、そういう場合じゃないのだけど。
「――『男同士のSEXの仕方』。何なら教えてやろうか?」
その答えに、俺は持っていた本を、ばさばさと足元に落とした。
フリーズした俺の前で、ふーっと、カイが溜め息を落とす。
「貸したの、お前か、リュイ」
正解です。ご明察です。
こんな可愛らしいお人形さんのくせに、とんでもない本を貸してくれるものだ。
「――問題になるね」
そう呟いたのは、シア。
「どうする?」
尋ねたのは、ライ。
「――揉み消す」
答えたのは、カイだ。その青い瞳は、鋭い光を放っている。
消されるかも知れない――。
恨むぜ、千晴。
あああ、でも死ぬ前に、この文字、読めるようになりたい……。そんなことを考えてしまうから、『言語オタク』と言われるのかも知れない。
何はともあれ、「ついて来い」との声に逆らえず、とりあえず4人の後について行きながら、俺は、言語を学ぶチャンス、もとい逃げ出すチャンスを窺うことにした。