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明日になれば、元の世界に帰れるのだろうか……。
「帰れなかったら、どうするんだよ……」
誰かの声がする。
「ま、何とかするさ」
そう答えたのはタウ寮長。
あああ、お願いだから、何とかしてやって下さい。
「ここだよ」
考え事をしていたら、千晴のそっくりさんにそう声を掛けられた。視線を上げるとドアの前だ。どうやらここが、ええっと、ハルだっけ――の部屋らしい。
あいつらの言葉を鵜呑みにしたわけじゃないが、既に外は真っ暗だ、今更見知らぬ世界に放り出されるのも正直言って怖い。泊めてくれるというなら、従った方が得策だ。
この時、俺は、ここが『ホモの巣窟』であることをすっかり忘れていた。
「入りなよ、臣」
そう促され、目の前で開かれたドアの先へと足を進める。
それにしてもこいつ、千晴にそっくりだ。声までよく似てる。
ん? 今何て言った? 臣って呼ばなかったか?
「千、晴……?」
振り返った俺の前で、千晴がにっこりと笑った。
後ろ手でかちゃり、と鍵を閉める。
「千晴、なのか?」
笑顔のまま千晴が近付いてくる。
これは、何だか良くないことを企んでいる時の顔だ。
思わず、一歩二歩後退ってしまう。
千晴だ。間違いない。
だが並んでみると、何故かいくらか目線が低かった。
ひょろりとしていて、千晴は案外背が高い。白人の血が入っているからかも知れないが、この春の健康診断では一応175cmある俺よりも更に3cmも高かった。悔しいことに、最近その差は少し広がったようにも思える。千晴のくせに――。
だが、目の前の千晴はどうだ。
俺より5cmは低い。見上げてくる視線が新鮮だ。
「……臣、」
油断していたら、すぐ目の前に千晴がいた。息が掛かりそうな距離だ。
「千晴はいないよ。臣が消したんじゃないか」
――え?
「今更、何しにきたわけ?」
声楽家を母に持つ千晴の声は、やわらかく、それでいて良く響く。思わず聞き惚れたくなる声だ。
だが、今は違った。
そんな声も出せるのか――。
低く淀んだ、それでいてちゃんと千晴のものであるその声に、胸の奥がずきん、と痛んだ。
「千……っ、うわっ!」
声を掛けようとしたところを、どん、と突き飛ばされ、そのまま後ろに倒れ込む。
突然、何するんだ。後ろにベッドがなかったら、間違いなく怪我している勢いだ。
「千晴、」
一応苦情を言おうと顔を上げると、またすぐ目の前に千晴がいた。
2人分の体重を支えるベッドが、ぎし、と軋んだ音を立てる。
「僕の目の前に現れた、臣が悪いんだよ」
そう前置きされた時には、千晴の体重が圧し掛かっていた。
「な、な……、何する、つもり、だよ?」
問い掛ける声が、動揺しまくっているのは、俺にも良く判った。
何って、この状況で何するのか判らないほど、俺も子供じゃない。
その証拠に、千晴の顔は俺の首筋に埋められている。でもって、器用なその手は、俺のシャツを捲り上げようとしていた。
「ち、千晴、早まるな……。俺は、お、男だぜ?」
落ち着け、と自分に言い聞かせながら、千晴の両肩を掴んだ。何とか引き剥がそうと試みてみる。
「それが何?」
短くそう答える千晴は、動きを止めようとしない。
そうか。
この瞬間、俺は、ここが『ホモの巣窟』であったことを思い出した。
千晴、お前もそうなのか?
思考は既にぐるぐると迷路に突入してしまったようだ。
「抵抗しないの? じゃあ、抱かせてもらうよ?」
動きを止めた俺に、いけしゃあしゃあと千晴が言い放つ。
こら待て。誰が抵抗しないと言った?
こうなりゃ力ずくだ。腕力なら、千晴に負けない自信がある。
千晴の肩を掴む腕に力を入れる。そうして、そのまま思い切り突っ撥ねると、覆い被さっていた千晴の身体が離れた。ふうっと、一先ず安堵の息を吐く。
「……お前、相手選べよ」
どうやら、ここが『ホモの巣窟』で、千晴も『ホモ』になってしまったことは認めざるを得ないようだ。あんな可愛い子や美人と暮らしていたら、仕方がないのかも知れない。少しは気持ちが判らないこともない。
だが、何故俺なんだ、千晴。
男なら誰でもいいのか? いや、お前、かっこいいんだから、他に相手いるって。
「な、千晴……」
「ふうん。それで? また、『大嫌い』とかいうつもり?」
千晴の言葉に、一瞬背筋が凍りついた。
「悪いけど、何言われても今度は逃げないからね」
千晴が片手を上げる。その手に握っているのは――、
「魔法の杖!?」
さっき、リュイが振っていたのと同じものだ。
「へえ。知ってるの。ま、これは形だけなんだけどね」
ちらりと視線を送った後、千晴は何やら言葉を紡ぎ始めた。
何? 俺の知らない言葉を話している……??
思わず、『言語オタク』の血が騒いだ。何とか聞き取ろうと、必死に耳を傾けてみるが、全く持って聞いたことのない音だ。どの言語の音とも違う。
何だ、この響き――??
「――え?」
千晴の声に聞き入っていたら、突然、何か見えない力に抑え込まれた。
両手両足が、ベッドに縫い付けられた、そう表現するのが正しいのかも知れない。
「僕のコレクションに、加えさせてもらうね」
視線を上げると、にっこりと笑う千晴と目が合った。とんでもなく悪い予感がする。
「な、何を……? コレクション、だって??」
「そう。臣がイク時の声」
涼しげな薄茶色の瞳を細めながら、千晴がさらりと問題発言をした。
イクって……??
俺はお前にイカされるのか??
どっと冷や汗が流れた。
「ここは『魔法学院』。臣に勝ち目はないよ」
俺の動揺を知ってか、俺を見下ろしながら千晴はそう勝利宣言をした。