Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 そこは、魔法使いたちの学校だった! 

 第5話 


 明日になれば、元の世界に帰れるのだろうか……。
「帰れなかったら、どうするんだよ……」
 誰かの声がする。
「ま、何とかするさ」
 そう答えたのはタウ寮長。
 あああ、お願いだから、何とかしてやって下さい。

「ここだよ」
 考え事をしていたら、千晴のそっくりさんにそう声を掛けられた。視線を上げるとドアの前だ。どうやらここが、ええっと、ハルだっけ――の部屋らしい。
 あいつらの言葉を鵜呑みにしたわけじゃないが、既に外は真っ暗だ、今更見知らぬ世界に放り出されるのも正直言って怖い。泊めてくれるというなら、従った方が得策だ。
 この時、俺は、ここが『ホモの巣窟』であることをすっかり忘れていた。
「入りなよ、臣」
 そう促され、目の前で開かれたドアの先へと足を進める。
 それにしてもこいつ、千晴にそっくりだ。声までよく似てる。
 ん? 今何て言った? 臣って呼ばなかったか?
「千、晴……?」
 振り返った俺の前で、千晴がにっこりと笑った。
 後ろ手でかちゃり、と鍵を閉める。
「千晴、なのか?」
 笑顔のまま千晴が近付いてくる。
 これは、何だか良くないことを企んでいる時の顔だ。
 思わず、一歩二歩後退ってしまう。
 千晴だ。間違いない。
 だが並んでみると、何故かいくらか目線が低かった。
 ひょろりとしていて、千晴は案外背が高い。白人の血が入っているからかも知れないが、この春の健康診断では一応175cmある俺よりも更に3cmも高かった。悔しいことに、最近その差は少し広がったようにも思える。千晴のくせに――。
 だが、目の前の千晴はどうだ。
 俺より5cmは低い。見上げてくる視線が新鮮だ。
「……臣、」
 油断していたら、すぐ目の前に千晴がいた。息が掛かりそうな距離だ。
「千晴はいないよ。臣が消したんじゃないか」
 ――え?
「今更、何しにきたわけ?」
 声楽家を母に持つ千晴の声は、やわらかく、それでいて良く響く。思わず聞き惚れたくなる声だ。
 だが、今は違った。
 そんな声も出せるのか――。
 低く淀んだ、それでいてちゃんと千晴のものであるその声に、胸の奥がずきん、と痛んだ。
「千……っ、うわっ!」
 声を掛けようとしたところを、どん、と突き飛ばされ、そのまま後ろに倒れ込む。
 突然、何するんだ。後ろにベッドがなかったら、間違いなく怪我している勢いだ。
「千晴、」
 一応苦情を言おうと顔を上げると、またすぐ目の前に千晴がいた。
 2人分の体重を支えるベッドが、ぎし、と軋んだ音を立てる。
「僕の目の前に現れた、臣が悪いんだよ」
 そう前置きされた時には、千晴の体重が圧し掛かっていた。
「な、な……、何する、つもり、だよ?」
 問い掛ける声が、動揺しまくっているのは、俺にも良く判った。
 何って、この状況で何するのか判らないほど、俺も子供じゃない。
 その証拠に、千晴の顔は俺の首筋に埋められている。でもって、器用なその手は、俺のシャツを捲り上げようとしていた。
「ち、千晴、早まるな……。俺は、お、男だぜ?」
 落ち着け、と自分に言い聞かせながら、千晴の両肩を掴んだ。何とか引き剥がそうと試みてみる。
「それが何?」
 短くそう答える千晴は、動きを止めようとしない。
 そうか。
 この瞬間、俺は、ここが『ホモの巣窟』であったことを思い出した。
 千晴、お前もそうなのか?
 思考は既にぐるぐると迷路に突入してしまったようだ。
「抵抗しないの? じゃあ、抱かせてもらうよ?」
 動きを止めた俺に、いけしゃあしゃあと千晴が言い放つ。
 こら待て。誰が抵抗しないと言った?
 こうなりゃ力ずくだ。腕力なら、千晴に負けない自信がある。
 千晴の肩を掴む腕に力を入れる。そうして、そのまま思い切り突っ撥ねると、覆い被さっていた千晴の身体が離れた。ふうっと、一先ず安堵の息を吐く。
「……お前、相手選べよ」
 どうやら、ここが『ホモの巣窟』で、千晴も『ホモ』になってしまったことは認めざるを得ないようだ。あんな可愛い子や美人と暮らしていたら、仕方がないのかも知れない。少しは気持ちが判らないこともない。
 だが、何故俺なんだ、千晴。
 男なら誰でもいいのか? いや、お前、かっこいいんだから、他に相手いるって。
「な、千晴……」
「ふうん。それで? また、『大嫌い』とかいうつもり?」
 千晴の言葉に、一瞬背筋が凍りついた。
「悪いけど、何言われても今度は逃げないからね」
 千晴が片手を上げる。その手に握っているのは――、
「魔法の杖!?」
 さっき、リュイが振っていたのと同じものだ。
「へえ。知ってるの。ま、これは形だけなんだけどね」
 ちらりと視線を送った後、千晴は何やら言葉を紡ぎ始めた。
 何? 俺の知らない言葉を話している……??
 思わず、『言語オタク』の血が騒いだ。何とか聞き取ろうと、必死に耳を傾けてみるが、全く持って聞いたことのない音だ。どの言語の音とも違う。
 何だ、この響き――??
「――え?」
 千晴の声に聞き入っていたら、突然、何か見えない力に抑え込まれた。
 両手両足が、ベッドに縫い付けられた、そう表現するのが正しいのかも知れない。
「僕のコレクションに、加えさせてもらうね」
 視線を上げると、にっこりと笑う千晴と目が合った。とんでもなく悪い予感がする。
「な、何を……? コレクション、だって??」
「そう。臣がイク時の声」
 涼しげな薄茶色の瞳を細めながら、千晴がさらりと問題発言をした。
 イクって……??
 俺はお前にイカされるのか??
 どっと冷や汗が流れた。
「ここは『魔法学院』。臣に勝ち目はないよ」
 俺の動揺を知ってか、俺を見下ろしながら千晴はそう勝利宣言をした。




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