Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 そこは、魔法使いたちの学校だった! 

 第7話 


「ほら、動けよ、千晴」
 そう促してやったのに、千晴はまだ動けずにいる。
 俺の告白の意味を考えているらしい。
 こんなことを仕出かしておいて、今更何だってんだ。
 やっちまえよ、とっとと。

「――それ、本当?」
 やっと答えやがった。
「本当、本当。俺はずっとお前が好きだったんだ、ああ、畜生、言いたくなかったのに」
 半ばやけくそでそう答えてやる。
 どうでもいいが、早くしてくれ。
 想像したくもないが、今俺たち、とんでもない格好してんだぜ……?
「嬉しい」
 相変わらずいい声だ。
 視線を上げると、千晴の笑顔が見えた。
 その笑顔に、思わず、くらり、と来てしまう。
 あああ、これで俺も、『ホモ』の仲間入りか?
「早くしろよ。も、限界……」
 実際、無理な体勢を強いられたままの足が悲鳴を上げていた。

 ――ん??

 一瞬、ちらりと見えた千晴の表情が変化したような……。
「……色っぽいねぇ、臣。もう一回言って」
 はい?? 何言ってんだ、千晴。
「『限界……』って、ほら」
「い、言わねぇ」
 何なんだ、キャラ変わってないか、お前。
 そう考えて、はた、と気がついた。
 いや、千晴はこういう奴だった。
「言わないと、このままだよ?」
 う。主導権を握られた。
 このままじゃお前だって困るだろうに――。

 結局、ここじゃ分の悪い俺は、朝まで散々泣かされた。
 恥ずかしい台詞を、何度言わされたことだろう。
 思わず声が漏れると、「あ、それ、もう一回」と千晴が催促する。
 まいった。
 何て奴だ。

 でも、2度と「大嫌い」とは言えなかった。
 そんなこと言えば、何をされるか判らない。
 
 それより何より、
 また、俺の前から千晴がいなくなるのだけは、嫌だ。

「帰って来いよ」
 そう告げると、千晴は嬉しそうに笑った。



「臣、臣!」
 名を呼ばれて、うっすらと瞳を開く。
「寝かせろよ、千晴」
 散々無茶しやがって、もう動けねぇよ……。
 言い掛けて、俺は大きく目を丸くした。
「――俺の部屋??」
 千晴の背景は、間違いなく俺の部屋だ。がばっと身を起こす。
「――うッ!!」
 ありえねぇ。ありえねぇ処に痛みが走った。
「臣?」
 少し首を傾げて、千晴が心配そうに覗き込んでくる。
「あ、いや、な、何でもないから!」
 間近に見えた千晴の顔に、慌てて視線を外した。
 まともに見ることなんて出来やしない。
 あ、あんなことしたんだぜ? 俺たち。
「どうしたの?」
 千晴の声。何だってそんなに平然としてやがる。
 夢? もしかして、夢か??
 出来ればそういうことにしておきたい。でも、なら何だってんだ、この痛みは。
 ドサッと何かがベッドから落ちる音がした。
 千晴が身を屈めて、それを手に取る。そうして、少しの間その本を見つめた後、千晴はくすくすと笑った。
「――会ったんだね、向こうにいた僕に」
 不思議人間千晴の台詞。いつもなら、気にすることもない。
 だが、今の俺には十分すぎるほど、思い当たることがあった。
 会った。
 向こうの世界の千晴に。
 そして、抱かれた。
「よ、よせよ」
 思い出すとまたどうにかなりそうで、伸ばされた千晴の手を弾いた。
「あ、つれないんだ、臣。僕に抱かれたくせに」
「な、な、何を根拠に……」
 第一お前、記憶なかったんじゃないのか?
「覚えてるよー、全部。あの後、目が覚めたら、臣いなくてさ。でも、臣が『帰って来い』って言ってくれたから、頑張って卒業と同時に帰ってきたんだよ? 臣が待っててくれているとそう信じてさ」
 わざとらしく少し口を尖らせて、千晴が説明を加えていく。
「なのに、臣ったら全く知らない顔して……。散々鎌かけてみたけど、結局判ってないみたいだし。僕、泣きたくなったよ。恋人といるより友達と遊んでいる方が楽しいみたいだし。てんで子供だし。お陰で僕がどれだけ淋しい夜を過ごしたと思う? 僕のコレクションだけじゃ、もう持たないよ?」
「コ、コレクション……?」
 やな予感がする。
 ほら見てみろ。千晴の奴、にっこりと笑ってやがる。
「ん? これ」
 千晴がぱっと手を広げた。そこには何もない。何もないのだが――。

『あッ、……あ、もう……、ち、千、晴……ッ』

 げ。何なんだ、これ。
「やっぱ、臣のが一番だねー」
 千晴が笑う。俺は、目の前が真っ暗になるのを感じた。
 不思議人間千晴め。
 何なんだ、これは。何の魔法だ……って、魔法か、魔法なのか??
「驚かないでよ。卒業してきたって言ったろ?」
「ど、何処を……?」
「『魔法学院』。もう知ってるよね? 臣」
 千晴が笑う。本当に楽しそうに笑いやがる。
 ああ、もう、いいや。千晴がそこで笑ってるなら。
 そう思ってしまう俺が、確かにいた。でも、それも悪くない、そう思った。




Back      Index      Next