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それは、印象的な、色違いの瞳だった。
『紅』、と『翠』の――。
セレンを出て、ジークとロイは街道を南下していた。
旅は順調に見えた。
時折見せる、『ロイ』の変化を除けば――。
そうして、立ち寄った小さな街で、
『ロイ』は、印象的な色違いの瞳を持つ男と出会い、
その男に抱かれた――。
「……どういうことだ……?」
見覚えのない、薄暗い部屋。
美しい青灰色の瞳に映る光景に、ロイは小さく首を振った。
薄汚れた寝台の上。
見知らぬ男の腕の中。
ただ、
身体に残る倦怠感と、白い肌に鮮やかに浮かぶ紅い痕が、ロイに紛れもない現実を突き付けていた。
「……何が、あった……?」
小さく首を振り、瞳を閉ざして一つ大きく息をする。
そうして再び開いたロイの瞳は、先程と寸分変わらぬ光景を映し出していた。
あの日。
決意した。
大切な者がいる、この世界をこの命賭けて守る、と。
そうして、ロイは魔獣ザィアに対峙した。
精霊石を手に。
四大精霊の力を借りて、魔獣ザィアを封じ込めた。
――その後の記憶は、ロイにはなかった。
気が付けば、ロイはセレン城内にいた。
駆け寄ったアルフとジークの台詞から、ロイは一月もの間、行方不明であったという事実を知った。
記憶のない、一月の間。
自分は何をしていたのだろうか。
ただ、
あの日を境に、
自分の中で何かが変化していくのを感じていた。
自分を喚(よ)ぶ声。
時折欠落する記憶。
――それが何を意味するのか。
『……俺でなくなっても?』
初めてジークと肌を合わせたあの夜。
どうしようもない不安感に駆られて、口にしてしまった言葉。
『俺が取り戻してやる』
そう断言したジークの深い漆黒の瞳と、抱き締める腕の暖かさ。
ただ、それだけが、今の自分を支えている、そんな気がした。
「……ジーク」
小さく言葉にしてみる。
まるで何かの呪文であるかのように。
「……らしくないな」
自嘲気味に笑みを浮かべ、ロイは静かな動作で立ち上がった。
素早く身支度を整え、外套を手にしたところでふと視線を感じる。
そうして、ロイは視線を感じた寝台の方に青灰色の双眸を向けた。
寝台の上。
口元に笑みを浮かべて、男がロイを見つめていた。
薄暗い部屋にも鮮やかな赤い髪。
つい先程まで傍にあった鍛えられた褐色の腕。
そうして、
印象的な『紅』と『翠』の瞳がそこにあった。
「……昨夜は、良かったぜ」
ロイの視線を受け止めて、男が低い声で告げる。
その台詞に、ロイは端正な顔をほんの少し顰めた。
薄暗い部屋に浮かぶ白い肌ときつい青灰色の瞳。
その類稀な容貌に、男が満足げに瞳を細める。
「綺麗だな、お前」
「…………」
男が漏らす言葉に表情を変えないまま、ロイは男に背を向けた。そのまま外に向かう扉へと歩を進める。
「……おいっ、待てよ」
素早い動作で立ち上がり伸ばされた男の腕を、滑るような動作でかわして、ロイが振り返る。
「俺に触れるな」
レイピアの先を、真っ直ぐに男の喉元に向けたまま。
心の奥の動揺と不安を悟られないように、少し細めた綺麗な青灰色でロイは男を真っ直ぐに見据えた。
張り詰めた空気が流れる。
それを破ったのは、笑みが消えた色違いの眼差しだった。
「……別に無理強いをしたつもりはないんだけど」
どくん。
男が零した言葉の意味を理解して、隠し切れない動揺がロイに僅かな隙を作る。
その一瞬の隙を見逃さず、男はロイの懐に滑り込んできて、ロイの両腕を扉に縫い付けた。
背中を扉にぶつけてロイが顔を顰める。
次の瞬間。
「……んんっ」
ロイの痩身を押さえ付けて、男が唇を重ねる。
呼吸することも許さず、ロイの口腔内を貪るように、男は激しく何度も口付けた。
力強い腕に抑えられ、身体を密着されて、抵抗らしい抵抗も出来ず、ロイは口付けを受け入れた。
そうして、やっとのことで唇を開放される。
「離せ」
大きく一つ深呼吸して。
美しい青灰色の双眸でロイは目の前の男を見据えた。
「……離せ。そして、忘れろ」
懇願の色など微塵も感じさせない静かな口調で男にそう告げる。
綺麗な、それでいて強い意志を感じさせる青灰色の瞳に、現実を映して――。
一瞬驚いたように色違いの瞳を見開いて、そうして男が一つ笑みを零す。そのままロイの耳元に唇を寄せ、
「……気に入った。昨夜の扇情的なお前も、今のお前も。」
一言そう告げて、男はロイの身体から離れていった。口元に笑みを浮かべたまま、右手をひらひらさせて、ロイを見送る。
レイピアを腰に戻し、一つ息を吐いて、ロイは扉の向こうへと足を踏み出した。そのロイの後ろ姿に、男が一言付け足す。
「昨夜の礼に、一つだけ教えといてやる。ラストアには近付かないことだ。あの国は、堕ちる」
男の言葉に一瞬だけ動きを止めたロイだったが、息を一つ吐いて、そのまま部屋を後にした。
「大人しくキスされたのは、詫びのつもりかな?」
ロイの去った扉を見つめながら、男が呟く。
「残念ながら、忘れてやるわけにはいかないんだけどな」
窓辺に近付いて見下ろすと、石畳を歩くロイの姿が視界に入った。
「さあどう動く? ロイフィールド=ディア=ラ=セレン」
色違いの瞳を細めながら、くすくす笑う男の声が、狭い室内に響いた。