Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 Spirit Stones 

 第1章 覚醒 
第2話 Odd Eye−オッドアイの青年−


 それは、印象的な、色違いの瞳だった。
 『紅』、と『翠』の――。


 セレンを出て、ジークとロイは街道を南下していた。
 旅は順調に見えた。
 時折見せる、『ロイ』の変化を除けば――。

 そうして、立ち寄った小さな街で、
 『ロイ』は、印象的な色違いの瞳を持つ男と出会い、
 その男に抱かれた――。



「……どういうことだ……?」
 見覚えのない、薄暗い部屋。
 美しい青灰色の瞳に映る光景に、ロイは小さく首を振った。
 薄汚れた寝台の上。
 見知らぬ男の腕の中。
 ただ、
 身体に残る倦怠感と、白い肌に鮮やかに浮かぶ紅い痕が、ロイに紛れもない現実を突き付けていた。
「……何が、あった……?」
 小さく首を振り、瞳を閉ざして一つ大きく息をする。
 そうして再び開いたロイの瞳は、先程と寸分変わらぬ光景を映し出していた。


 あの日。
 決意した。

 大切な者がいる、この世界をこの命賭けて守る、と。

 そうして、ロイは魔獣ザィアに対峙した。
 精霊石を手に。
 四大精霊の力を借りて、魔獣ザィアを封じ込めた。

 ――その後の記憶は、ロイにはなかった。

 気が付けば、ロイはセレン城内にいた。
 駆け寄ったアルフとジークの台詞から、ロイは一月もの間、行方不明であったという事実を知った。

 記憶のない、一月の間。
 自分は何をしていたのだろうか。

 ただ、
 あの日を境に、
 自分の中で何かが変化していくのを感じていた。

 自分を喚(よ)ぶ声。
 時折欠落する記憶。
 ――それが何を意味するのか。


『……俺でなくなっても?』
 初めてジークと肌を合わせたあの夜。
 どうしようもない不安感に駆られて、口にしてしまった言葉。
『俺が取り戻してやる』
 そう断言したジークの深い漆黒の瞳と、抱き締める腕の暖かさ。
 ただ、それだけが、今の自分を支えている、そんな気がした。



「……ジーク」
 小さく言葉にしてみる。
 まるで何かの呪文であるかのように。
「……らしくないな」
 自嘲気味に笑みを浮かべ、ロイは静かな動作で立ち上がった。
 素早く身支度を整え、外套を手にしたところでふと視線を感じる。
 そうして、ロイは視線を感じた寝台の方に青灰色の双眸を向けた。

 寝台の上。
 口元に笑みを浮かべて、男がロイを見つめていた。

 薄暗い部屋にも鮮やかな赤い髪。
 つい先程まで傍にあった鍛えられた褐色の腕。
 そうして、
 印象的な『紅』と『翠』の瞳がそこにあった。

「……昨夜は、良かったぜ」
 ロイの視線を受け止めて、男が低い声で告げる。
 その台詞に、ロイは端正な顔をほんの少し顰めた。
 薄暗い部屋に浮かぶ白い肌ときつい青灰色の瞳。
 その類稀な容貌に、男が満足げに瞳を細める。
「綺麗だな、お前」
「…………」
 男が漏らす言葉に表情を変えないまま、ロイは男に背を向けた。そのまま外に向かう扉へと歩を進める。
「……おいっ、待てよ」
 素早い動作で立ち上がり伸ばされた男の腕を、滑るような動作でかわして、ロイが振り返る。
「俺に触れるな」
 レイピアの先を、真っ直ぐに男の喉元に向けたまま。
 心の奥の動揺と不安を悟られないように、少し細めた綺麗な青灰色でロイは男を真っ直ぐに見据えた。

 張り詰めた空気が流れる。
 それを破ったのは、笑みが消えた色違いの眼差しだった。

「……別に無理強いをしたつもりはないんだけど」

 どくん。
 男が零した言葉の意味を理解して、隠し切れない動揺がロイに僅かな隙を作る。
 その一瞬の隙を見逃さず、男はロイの懐に滑り込んできて、ロイの両腕を扉に縫い付けた。
 背中を扉にぶつけてロイが顔を顰める。
 次の瞬間。
「……んんっ」
 ロイの痩身を押さえ付けて、男が唇を重ねる。
 呼吸することも許さず、ロイの口腔内を貪るように、男は激しく何度も口付けた。
 力強い腕に抑えられ、身体を密着されて、抵抗らしい抵抗も出来ず、ロイは口付けを受け入れた。
 そうして、やっとのことで唇を開放される。

「離せ」
 大きく一つ深呼吸して。
 美しい青灰色の双眸でロイは目の前の男を見据えた。
「……離せ。そして、忘れろ」
 懇願の色など微塵も感じさせない静かな口調で男にそう告げる。
 綺麗な、それでいて強い意志を感じさせる青灰色の瞳に、現実を映して――。
 一瞬驚いたように色違いの瞳を見開いて、そうして男が一つ笑みを零す。そのままロイの耳元に唇を寄せ、
「……気に入った。昨夜の扇情的なお前も、今のお前も。」
 一言そう告げて、男はロイの身体から離れていった。口元に笑みを浮かべたまま、右手をひらひらさせて、ロイを見送る。
 レイピアを腰に戻し、一つ息を吐いて、ロイは扉の向こうへと足を踏み出した。そのロイの後ろ姿に、男が一言付け足す。
「昨夜の礼に、一つだけ教えといてやる。ラストアには近付かないことだ。あの国は、堕ちる」
 男の言葉に一瞬だけ動きを止めたロイだったが、息を一つ吐いて、そのまま部屋を後にした。


「大人しくキスされたのは、詫びのつもりかな?」
 ロイの去った扉を見つめながら、男が呟く。
「残念ながら、忘れてやるわけにはいかないんだけどな」
 窓辺に近付いて見下ろすと、石畳を歩くロイの姿が視界に入った。
「さあどう動く? ロイフィールド=ディア=ラ=セレン」
 色違いの瞳を細めながら、くすくす笑う男の声が、狭い室内に響いた。




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