Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 Spirit Stones 

 第1章 覚醒 
第4話 Messenger−大国からの使者−


 少し時間を遡って、北の果てに存在するセレン王国では――。
 ロイが精霊石を手に魔獣ザィアを封印し、そうしてジークとセレン王国を後にしてから、幾ばくかの月日が流れていた。ディーンによって建設された伝説の国セレン王国は今、若き王アルフとともに新たな一歩を踏み出し、そうして『荒廃した国土』と『精霊石による結界の喪失』という現実を前に、選択を迫られていた。

「……冗談じゃないっ!!」
 感情を抑えることのない怒声が室内に響き渡る。
 その声の主は、きつい赤褐色の双眸に怒りの炎を滾らせながら、目の前の大きな机を叩きつけた。
 背後の窓から差し込む夕陽が、彼の薄茶色の髪を紅く染め上げる。
 短く刈られたその髪は、まるで天に逆立っているかのように見えた。
 そう、彼の怒りを反映するかのように。

「……アルフ様」
 傍に控えていた青年騎士が、声を掛ける。
 叩きつけた拳を固く握り締めたまま、アルフはその青年に視線を移した。
「判ってる、アスラン。……だが、許せることと許せないことがあるだろうっ!」
 怒りを露にしている若い王の表情をしばし見つめ、アスランは静かに頭を垂れた。

 そう、許せないことがある。


 事の起こりは、カルハドールからの使節団であった。

 カルハドール。
 それは、オドレス砂漠の西に位置する大国。
 西部諸国の中では、唯一東部諸国―すなわちラストア王国―と交流を持つ国である。

 突如としてやって来たその使節団に抵抗する国力など、今のセレン王国には残されていなかった。
 もともと厳しい北の国土は、先の魔獣との戦いで荒廃しきっていた。
 そして、
 四千年に渡りこの国を守護してきた、『精霊石』とその『結界』は既に失われていた。


「……再興のための援助?」
 恭しく頭を垂れる使者に、若いセレン王アルフィールドは尋ねた。
 明らかに不審そうな表情を浮かべて。
「左様。このセレン王国は、偉大なる英雄ディーンが築かれた国。我らが世界にとっても大切な国でございます。その国が崩壊の危機にあると聞き、我が主君は居ても立ってもいられず……」
 良く通る声で使者の代表と思われる男が言葉を続けていく。口を真一文字に固く結んだままその男の言葉を聞き、そうして最後の口上が終わると同時に、アルフはおもむろに口を開いた。
「…で、条件は? はっきり言ったらどうだ?」
 押し殺した低い声と、きつい赤褐色の眼差しで。

 広い謁見の間に、緊迫した空気が流れた。

「……なるほど」
 先程口上を述べた使者が、ゆっくりと頭を上げる。そうして、鑑定するような視線でアルフを一瞥して、くすりと口元に笑みを浮かべて、小さな声で呟く。
「若いとは言え、英雄ディーンの血を受け継がれるお方。どうやらただの飾り物ではないらしい」
「……何だと?」
「では、お望みどおり、単刀直入に申し上げましょう。我が国に対する全面開国と、その証として先々代の忘れ形見の君の身柄の引き渡し。これが我が王の条件です」
 次の瞬間、アルフの赤褐色の双眸が怒りに染まる。
「……何も命を取ろうというんじゃありませんよ。丁重にお持て成し致しましょう。ロイフィールド王子は大層な美形だと聞き及んでおりますしね」
 すうっと目を細めて笑う言葉に隠された意味を理解して、握り締めたアルフの拳が怒りに震えた。
 ほんの少し前の自分ならば、迷うことなくそのまま駆け出してその男を一刀両断にしていただろう。
 逆流する感情をかろうじて抑え込んだのは、ロイの愛したセレン王国を守る、という強い意志だった。

「……良く考えて結論を出されるといいでしょう」
 アルフの気迫に気圧されるような形で一歩退き、一言そう告げて、使節団は一先ずセレン王国を後にしていった。


「……何で、ロイなんだ……」
 これ以上、一瞬たりとも傷つけたくないのに。
 執務室にある大きな机を、もう一度叩きつけながら、アルフが唸った。
 理由は分かっていた。

 ロイのあの美貌である。

 涼しげだが、見るものを魅了せずにはいられない、美しい青灰色の双眸。
 弧を描く端正な眉。整った鼻梁。薄い口元。
 それらが見事に調和して、抜けるような白い肌の上にのせられている。
 そうして、風を纏って揺れる、蒼い黒髪。

 贅沢を極めた大国の王であろうとも、嘆息し満足するであろう美貌を思い返す。

「……畜生っ」
 噛み締めたアルフの唇から、一筋の赤い血が流れた。




 そのセレン王国から遠く離れた南の街道。
 野営のための焚き木がぱちぱちと音を立て、月を見上げるロイの姿を赤く照らしていた。
 その美しすぎる青灰色の瞳に星々が瞬き、すこし長くなった柔らかい黒髪の間を風が通り過ぎていく。

「……おい、ロイ?」
 ジークが何度か声を掛けると、やっと気付いたロイが振り向く。
 綺麗な青灰色の瞳にジークの姿を映して。
「……どうかしたか? ジーク。」
「何、考えてやがる。」
 小さく舌打ちして、ジークはロイの瞳を覗き込んだ。

 相変わらず、表情一つ読ませない端正な顔。
「……別に」
 そして、いつもの涼しい声が答えた。

 あの夜、胸騒ぎとともにジークは目を覚ました。
 ほんの少し前まで腕の中にいたはずのロイの姿が見当たらなくて、そうしてこのまま二度と帰って来なくなる、そんな不安に駆られて、ジークは宿の表に立ち、ロイの帰りを待っていた。
 そして、ロイは帰ってきた。ひどく傷ついた瞳をして。
『……本当は、帰ってくるつもりなどなかった……』
 そう告げたロイの揺れる青灰色の瞳と、固く握り締められた外套の隙間に一瞬だけ見えた鮮やかな情事の跡。
 それが何を意味するのか、全く理解出来ないほどジークは鈍くはなかった。
 あの夜以来、ロイは頻繁に姿を消すようになった。
 そうして、明け方までには帰ってくる。
 ひどく傷ついた瞳をして――。

 それでいて、その口は決して何も語ろうとはしないのだ――。

「ちっ」
 もう一度、ジークが小さく舌打ちする。
 そうして次の瞬間、鍛え上げられた腕で強引にロイの痩身を抱き上げて、大木の下に敷いた寝布の上に押し倒した。
「……ジークっ。離せ」
 非難の色を帯びたロイの声が響く。
 漆黒の双眸で見下ろすと、媚びることのない冷静な青灰色の双眸が見上げてきた。
「ジー……っク、」
「いつまで意地を張ってやがる、ロイ」
 そのまま、拒絶するロイの両腕を押さえ込んで、ジークが乱暴に上着を引き剥がす。

 見開かれた漆黒の瞳に映ったのは、
 白い肌と、予想していたとおりの、鮮やかな紅い跡。

 一瞬だけ、息を詰めて、
 そうして、ロイは青灰色の双眸をすうっと細めた。

「……どうした、ジーク。今までと、同じさ。お前は、何度も見てきたじゃないか……」
 ともすれば震えそうになる声を、懸命に抑え込んで。
 縋り付きそうになる瞳を、綺麗な笑みと変えて、ロイはくすくすと笑ってみせた。

「同じだと?」
 だったら、何でそんな目をしている。
 自分の意志なら、そんな目をしたことねぇだろうが。
 続く台詞は口にせず、微笑を浮かべるロイの痩身を強く抱き締める。

 頑なに心を開こうとはしない、いや出来ないロイの想いは理解出来た。
 それでも、ジークの心の何処かで、何かがちりりと音を立てていた。

「……離せ、ジーク」
 ただ、感情を読ませない静かな声色と、綺麗な笑みを浮かべたままの青灰色の瞳で、
「離せ」
 もう一度静かにそう告げて、ロイはジークの身体を押し退けようと腕を伸ばした。
 そのロイの非難の声も無視して、無言のままジークが伸ばされた両腕を捕らえる。そのまま力ずくで痩身を押さえ込み、ジークは白い肌に点在する紅い痣に歯を立てた。
「……ジー……クっ、」
 青灰色の瞳が驚いたように大きく見開かれ、掠れた声がジークの名を呼ぶ。そうして、もう一度だけ力なく抵抗した後、ロイは全身から力を抜いた。
 ただ、想いをもらさまいと、薄い唇を堅く閉ざして。

 森の木々を渡る風の音だけが、やけに大きく聞こえた、そんな夜だった。




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