Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 Spirit Stones 

 第3章 再会 
第3話 Feeling−想い−


 自治都市シーランス。
 オドレス砂漠の東を南北に走るリム川と、緑豊かなヴァリエ川が合流する地点にある街。
 交通の要衝として栄え、旅人と商人が行き交う、活気溢れる街、であった。

 今、
 その街から活気は失われ、人々の心は恐怖に支配されていた。

 あの夜、
 亡霊(レイス)や屍人形(ゾンビ)たちが、街を徘徊してから。
 そうして、
 小鬼(オーク)たちが、近隣に出没するようになってから。



 その街の外れにある廃屋に、ロイはいた。
 ゆっくりと、美しい青灰色の瞳が開かれる。

 かたかたと音を立てる、古びた扉と窓。
 傷んだ内装と、対照的に不思議と整えられた生活品。

 誰かが生活していた――潜んでいた――と思われるその空間を瞳に映し、そうして、寝台の横で疲れて眠るハサードの姿を確認して、ロイは、その聡明な頭脳で、自分の置かれている状況を再確認していった。

 そうか。
 この男と話していたとき、亡霊に襲われて――。

 ずきんと痛む右肩に左手を添え、小さく息を吐く。
 そのロイの瞳に、左腕に輝く銀の腕輪が映った。

 これは――、何だ?

 胸の奥がざわめく。
 大切な何かをなくしたときのような、耐え難い喪失感に。

「……つっ、うっ……、」
 居ても立ってもいられなくて、いきなり上体を起こしたロイの右肩に激痛が走る。思わず上がった苦痛の声に、反射的にハサードが顔を上げた。
「良かった……。目ぇ、覚めたか。ロイフィールド」
 色違いの瞳が、心配そうにロイを覗き込んで、
「何で、俺なんかを庇ったりしたんだ……」
 そうして、辛そうに揺れるのが、ロイの瞳に映る。窓の隙間から差し込む夕陽が、ハサードの紅い髪を更に紅く染め上げていた。
「気にするな。お前を庇おうと思って庇ったわけじゃないさ。だた……」
「……アルフに似てる、か」
 ハサードの呟きに、ロイが苦笑する。
「そうだな、よく似ている……」
 もう一度、夕陽に染まるハサードの姿を青灰色の瞳に映して、ロイは静かに瞳を伏せた。

 遠い刻(とき)を思い起こすかのように瞳を伏せる壮絶な美貌に、ハサードの視線が釘付けになる。
 伏せた瞳に掛かる、黒く長い睫毛に、
 肌理の細かい白い肌と、整った鼻梁に、
 涼しげな声を紡ぎ出す、形の良い唇に。

「……俺は、5年前、あいつを国に置き去りにした。そうしてまた……」
 静かに告げていたロイの声が、不意に途切れた。
 ほんの少し唇を開いたまま、青灰色の瞳を見開いたロイの表情が凍りつく。

「……俺は、何故、国を出た……?」
 誰よりも何よりも大切なアルフを一人、国に残して。

「何が、あった……?」
 それは、この耐え難い喪失感と関係があるのか。

「……ロイフィールド?」
「何か、大切なことが抜け落ちてる……。何か……」
 呟き、ロイは、胸を掻き抱くように左手を握り締めた。そのまま、寝台から立ち上がろうとして、膝から崩れ落ちる。
「まだ動くのは無理だ、ロイフィールド」
「……失くすわけには、いかない。行かなくては……。どうしても、失くしたくないんだ……」
 誰に告げるともなく、消え入るような声で。
 満足に動かせない身体で。
 それでもなお、ロイは扉に向かおうとした。
 そんなロイの様子に、ハサードの胸が締め付けられる。

 思わずロイに手を伸ばしかけた時、二人の目の前で、ゆっくりと扉が開かれる。そうして現れた人物の姿を色違いの瞳に映して、ハサードが低く唸った。
「お前、こいつに何をした? 答えろ、オルト」
「……知りたいですか?」
 柔らかい金髪をかき上げて、冷たい碧眼を細めて、オルトが笑う。そのまま、床に倒れるロイの傍に近付いて、オルトは静かに腰を下ろした。ロイの下顎を掴んで、無理矢理自分の方を向かせる。ぞっとするような冷たい視線が、舐めるようにロイを見つめた。そのオルトの姿を映して、美しいロイの青灰色の瞳が細められる。
「……美しい」
 ――そして、忌まわしい。
 抑揚のない冷ややかな声と、冷たい視線が告げる。
「亡霊の毒に犯されたその身体を助けて差し上げたのですよ。」
 ――簡単には死なせませんよ。
 オルトの細い指が伸ばされ、反射的にロイは身体を強張らせた。
「ふふふ……。ついでにあなたを苦しめるものを取り除いて差し上げた……」
 ――更にあなたを苦しめるために。
 ロイの左腕から銀の腕輪が抜け落ち、伸ばされたオルトの手の中に納まる。
「……もはや、不要の物でしょう?」
 ――あなたの心を強くするものは邪魔なのですよ。
 ただ、くすくすと楽しげに笑うオルトの声だけが、狭い室内に響いた。

「……返せ」
 掠れた声で、かろうじてロイが告げる。青灰色の瞳で、真っ直ぐに銀の腕輪を見つめたまま。
「ご自分の置かれた状況を考えてから、ものを言うべきですよ」
 冷たい視線でロイを一瞥し、ハサードに視線を戻してオルトは静かに微笑んだ。
「ハサード様も。私を失望させるようなことはなさらないで下さいね」
 そう言い残して、オルトは部屋を後にした。


「……ロイフィールド」
 床に崩れたまま動かないロイを抱き上げ、寝台に横たえても、ロイは青灰色の瞳を開いたまま、一点を見つめていた。
 その瞳が映しているのは、何なのか。
「ロイ、」
 もう一度名を呼び、その美しい青灰色の瞳を覗き込む。
「……無理矢理、お前を手に入れることだって、出来るんだぜ……?」
 まるで自分に言い聞かせるかのようにそう告げ、ハサードはロイの薄い唇に自らの唇を重ねた。
 ゆっくりと、ロイの視線が向けられる。
「……断る」
 静かに告げるロイの声。
「何故?」
「……行かなくてはならない場所がある」
「何処へ?」
「……失くしてはならない想いがある」
「何を?」
 ハサードの瞳を映したまま、ロイは静かに首を振った。
「……判らない」
 ただ、短くそう告げて。

 そうして、込み上げる『想い』だけを、開いた左手に乗せて。
 手の中で舞う風を、ロイは大事そうに抱き締めた。



「いい加減、教えろよ」
 夕暮れ時の広場。
 噴水の端に腰掛けていたジークの耳に、アルフの怒りを交えた声が届く。視線を上げると、こちらに近付いてくるアルフの姿が見えた。
 夕陽を受けて鮮やかな紅を纏って。
「教えてくれたっていいだろう? ロイは何処だ? 何があった?」
 きつい赤褐色の瞳が見下ろしてくる。
「……ヴァイラスが言ったとおりだ。俺はロイを抱いた。そしてロイは俺の前から姿を消した」
「ふざけるなっ。俺は、あんたという人間を知っている。あんたがロイをどんなに大切にしているかも」
 真っ直ぐに向けられる赤褐色の視線と声。
「そして、ロイの想いもっ」
 感情に任せてジークの胸倉を掴み、そうして自らを落ち着かせようとするかのように大きく一つ息を吐いて、アルフは瞳を閉じた。
「……俺だって、子供じゃない。……ロイが、ロイが望んであんたに抱かれたんなら、駄々をこねたりはしないさ」
 そうして、もう一度大きく息を吐いて、赤褐色の瞳を開く。
「だが、『無理に』、とはどういうことだ?」
 その真っ直ぐな視線を、ジークは漆黒の瞳で受け止めた。

 何処か、ロイを思わせる、意志の強い、その視線を。

「傷つけたかったわけじゃねぇ。……いや、傷つけたかったのかも知れねぇ。あいつを」

 そう告げて、自らの手の中をきつく握り締める。
 ただ、ほんの少し、手の中で、
 『想い』を乗せた風が舞ったような、そんな気がした。




Back      Index      Next