Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 Spirit Stones 

 第5章 決意 
第2話 Confidence−確信−


 オドレス砂漠の西に存在する“大絶壁”。
 カルハドール王国の王都から北に何日か上ったその場所に、“闇の神殿”は存在した。

 何処までも続く深い闇の世界を思わせる内部に、いくつかの灯火が揺らめく。その紅い炎を、腰まで届く銀の髪に映しながら、ヴァイラスは長い廊下を歩いていた。
 外界に通じる唯一の扉に向かって―。

 終点の扉の前で、ヴァイラスが片手を翳す。そうして小声で何やら囁くと、音もなく重い鉄の扉が開かれ、外の世界が飛び込んできた。
 草木の一本もない岩肌と、眼下に見えるオドレス砂漠。
 それらを藍色の瞳に映し、そうして夕闇が迫る空に出現した暗闇の渦に向かって、ヴァイラスはくすりと笑みを零した。

「お待ちしておりましたよ、贄の君」

 抑揚のない静かな声でそう告げる。
 その声に応えるかのように、ヴァイラスの眼前に浮かぶ闇の中に、一陣の風が舞い上がった。
 舞い上がった風は闇を吹き消し、そうして宝物を扱うような優しさで類稀な容貌を持つ青年を包み込んで、ふわりと地面に下ろした。

 岩肌が剥き出しの地面の上、音を立てることなく、真っ直ぐにロイが降り立つ。
 少しの間を置いて、名残惜しそうに風に舞っていた蒼みがかった黒髪が、ロイの肩に落ちてきた。
 そうして、ゆっくりと開かれる、美しい青灰色の瞳。

 ヴァイラスが満足げに瞳を細める。
 ロイが、遂に自らの手の中に堕ちて来たことに――。

「……少し、痩せられましたね」

 以前見た時より、一回りは細くなった身体。幾分消耗して見えるその姿。
 それでいて、透き通るように白い肌と蒼みがかった黒髪、美しすぎる青灰色の瞳はそのままで―。
 その美貌は幾分凄みを増したように感じられる。

「……以前からお美しいとは思っていましたが、」

 そう口火を切り、伸ばされたヴァイラスの指がロイの頬に触れる。
 ただそれだけで、全身から冷汗が噴き出すような感覚を覚え、ロイは息を呑んだ。


 『恐怖』。

 全身の感覚が、ヴァイラスに抱かれた夜を、覚えていた。

 叔父によって、初めて身体を開かされた夜も、
 何人もの男に、無理矢理犯された時でさえ、
 感じたことのなかった、『恐怖』。

 これまで、どんな時も、ロイの道を決めていたのはロイ自身だった。
 それが自分自身を傷つける道だとしても。

 だが、この男は違った。
 圧倒的な力によって、自らの運命を握られる――、
 抗うことの出来ない、そんな感覚に、あの夜、ロイは生まれて初めて『恐怖』というものを感じた。


 ヴァイラスの視線一つ、指先の動き一つに、身動ぎも、もしかすると呼吸すら出来なくなるような、そんな錯覚さえ覚える。

 ――それでも、退き下がるわけにはいかなかった。

 青灰色の瞳を開き、ヴァイラスの視線を受け止める。
 ともすればじっとりと浮かんでくる汗を、手の中に握り締めて――。

「……思ったとおり。傷つけば傷つくほど、苦しめば苦しむほど、美しさを増すお方だ」
 そう告げて、ヴァイラスがロイの白い頬の感触を楽しんでいた指先を滑らせていく。
 青灰色の瞳をしっかりと見開いたまま、湧き上がる恐怖を抑え付けているだろうロイの姿を見つめ、ヴァイラスはうっすらと笑みを浮かべた。

「くす。この身体は、覚えてくれているようですね……」
 形の良い下顎に触れて、上を向かせると、そのまま唇を重ね、ロイの口腔内を蹂躙していく。
 一つ一つ思い起こさせるように。
 そうして、一つ一つを新たに刻み込むように。

 長い長い口付け。

 浅い吐息の間に、ロイの口端から唾液が零れ落ちる。

「何処まで美しくなられるか、楽しみですね……」
 一頻り味わった後、ロイの唇を開放して、
「そうは思いませんか? ハサード様」
 闇の渦から姿を現したハサードとオルトに、ヴァイラスはそう告げた。

「……ロイフィールド」
 悲痛の色を帯びたハサードの声が、ロイの名を呼ぶ。
 その背後では、オルトがくすくすと笑みを零していた。

「覚悟はよろしいですか? 贄の君」
 ハサードとオルトを一瞥し、そうしてロイに視線を戻して、ヴァイラスがそう告げる。

「全ての闇を、その身体で受け止めてもらいましょう」
 差し出されるヴァイラスの手。
 青灰色の瞳でしばしその手を見つめ、そうしてロイは意を決したように、その手を取った。
 ロイの手を掴み、ヴァイラスが高笑う。

 鉄の扉をくぐると、何処までも深い闇へと導いて行くような、長く暗い廊下が見える。
 紅い炎が揺らめくその廊下に、ただ、ヴァイラスの笑い声だけが、響いていた。



 ヴァイラスに導かれ辿り着いたその部屋は、白を基調とした美しい部屋であった。
 何処か遠い祖国を思わせるような――。
 それでいて、真っ白な四方の壁には窓一つなく、それぞれにザイラールの紋章が描かれている。
 部屋の中央には、天蓋付きの真っ白な寝台。
 右手奥には、小さな机と椅子、そして衣装棚。
 そして反対の左手奥は、美しく彫刻された水場があった。壁の彫刻から水が湧き出ているのが見える。

 ヴァイラスに促されるまま、ロイはその部屋に一歩足を踏み入れた。その途端、ロイの周りの空気がぴしりと弾かれる。同時にロイを守るかのように傍にいた風の乙女たちの悲鳴が、ロイの耳にも届いた。

「……結界、か」
 独り言のように呟くと、ロイの隣でヴァイラスがくすりと笑みを零す。

「さて、まずは埃を落として、着替えていただきましょう」
 そう言って笑みを浮かべたまま差し出される衣装を受け取り、ロイは水場に足を向けた。
 砂埃を浴びた外套を脱ぎ捨て、次いで全ての衣装を脱いで、冷たい水を浴びる。

「……美しい」
 そのロイの裸身を、舐めるように見つめるヴァイラスから嘆息の声が上がる。
 その声には応えず、ロイは2度3度、水を浴びた。そうして、美しい刺繍がなされた白い絹の衣装を身に纏う。

「……次は?」
 ヴァイラスに向き直し、抑揚のない声でそう告げて、ロイは口元に笑みを浮かべて見せた。

「こちらへ」
 そう促されるままに寝台に向かい、白い寝布に手を付く。
 次の瞬間のことだった。ヴァイラスの唇から聞き慣れない音が零れたと思った時には、ロイの首元は白い環に囚われていた。

「……これは……?」
 首元の環にそっと触れて、ロイが眉を寄せる。
「これでもう逃れることは出来ませんよ」
 そのロイの腕を掴んで寝台に引き寄せ、囁くヴァイラスの声。
 その声に混じる残虐な色に、ロイはごくりと唾を呑み込んだ。
 そうして、青灰色の瞳を細めて、くすりと笑って見せる。
「……無意味なことを」
 そう呟き、片手で蒼い黒髪を掻き上げながら、ロイは寝台の上のヴァイラスの傍に膝を付いた。そのままヴァイラスの身体を押し倒しながら、唇を寄せる。
 そうして、深く口付けて、ロイは吐息を零した。
「自らの意志で、闇に堕ちに来たというのに」
 口付けの合間。
 そう告げるロイの台詞に、ヴァイラスが喉の奥でくっくと笑った。

「そう、貴方は力を持っている……」
 そう囁き、ほんのり上気したロイの耳に歯を立てると、ロイの身体がぴくんと震える。
 そのまま身体を反転させて、ロイの痩身を組み敷くと、ヴァイラスはもう一度喉の奥で笑った。
「……あっ、」
 思わず吐息が漏れる唇へ長い指先を絡ませ、そうして白い項へと舌を這わせていく。

「愛しい者を、理不尽に失い、」
 言葉を続けながら、舌先を胸元へ滑らせて、
「そうして、もし、蘇らせる力を持っているとしたら……?」
 既に硬くなった突起を吸い上げる。

「……んっ、……っ、」
 仰け反るロイの白い首を片手で抑え付けて、
「……だから、此処へ来たのでしょう?」
 そう告げて、ヴァイラスはもう一方の手指に香油を垂らした。
 そのまま、半ば強引にロイの後ろの蕾に押し入っていく。

「……あっ、……くっ!」
 無理矢理入ってくる指の感触に、ロイの口から堪らず苦痛の声が上がる。

「……ふ、……あっ、……っ!!」
 馴染むより先に、侵入する指が2本3本と増えて――。
 苦痛から逃れようと息を吐く、それすら許さず、ヴァイラスはロイを追い立てていった。
 内壁を擦る指先が、確実に感じる場所を探り当てていく。

「あっ……、ん……っ、……ああっ!」
 追い立てられたロイの身体が、びくんと跳ね上がる。
 その姿を瞳に映し、ヴァイラスは嗜虐の笑みを零した。

「……随分と、感じやすい身体だ。……これだけで達してしまわれるとは」
 ロイの放った精液を手に取り、口元で囁くように呪文を唱える。そうしてそのまま精液ごと指先をロイの後ろの蕾へ滑り込ませていく。

「……な、なに……っ、……あっ!!」
 自分の中で蠢くモノを感じ、ロイは大きく首を振った。
 滑り込んだ何かが、まるで意志を持った生き物のように、ロイの体内を蠢いていく。

「……あ、……い、いや……っ!!」
 拒絶し、身を捩ろうとする痩身を、ヴァイラスの腕が抑え付ける。

「何をおっしゃる? 贄の君。……これからですよ」
 そう宣言すると同時に、引き攣って硬く閉ざした蕾に、ヴァイラス自身を捻じ込んでくる。

「……くっ、……っ! ……やっ、……ああっ!!」
 息を吐く間もなく、激しく動き始めるヴァイラス自身と、その動きに呼応するかのように蠢く存在。
 激しく首を振って、無意識に逃れようとするロイの身体を、ヴァイラスの腕が引き寄せていく。
 そのまま、ロイの中から快楽と苦痛とを引き摺り出すかのように、何度も何度も激しく突き上げる。

 繰り返されるその行為の中、次第に遠くなる意識の中で、ロイは心の中でだけ一人の名を唱えていた。

 ジーク、と。


 此処に来て、一つ確信していた。

 ――この男が、ジークの死を許す筈がない。

 ジークは生きている。
 そして、
 此処にいる。


 ジーク……。
 何としてでも、お前を救い出してみせる。


 そう、心に誓い、ロイは瞳を伏せた。




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