Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 Spirit Stones 

 第5章 決意 
第3話 Sacrifice−生贄−


 昇る太陽の光に、アルフは赤褐色の瞳を開いた。
 ともすればぼんやりと霞んでしまいそうな意識を、頭を数回振って引き戻す。
 そして、
 昨夜の出来事を思い出し、アルフは寝台から飛び起きた。

「ロイっ!」
 叫んでみるが、返事はなかった。
 視界を巡らせて見ても、ロイの姿は何処にもない。

 重い身体に鞭打って、外へと向かう。
 扉を開けようとしたその瞬間、ほぼ同時にフォードの姿が飛び込んで来た。

「……フォード」
 名を呼ぶと、いつも笑顔を見せるフォードの茶色の瞳が、少し哀しげに細められる。

「……すまねぇ。……ロイは、行っちまった。」
 「止められなかった……」そう付け加え、フォードはその場に座り込んだ。そうして、癖のある栗色の短髪を両手でくしゃくしゃと掻き上げる。
 よく見ると、フォードの左手に巻いた布に血が滲んでいる。
 ロイの出立を阻止しようと、おそらくはオルトと対峙したのだろう――。
 そう思うと、アルフの胸の奥が余計にちりりと痛んだ。

「ロイの馬鹿野郎っ!」
 そう叫んで、アルフは唇を強く噛み締めた。
「何で、一人で行っちまうんだよっ……!」
 涙で視界が滲んでいく。

 そのときだった。

 ほんの一瞬、何かを感じ取り、アルフは赤褐色の瞳を見開いた。
 片手でぐいっと涙を拭い、そうして真っ直ぐに一方を見据える。

 風が、何かを伝えようとしている――。

「風の乙女たちよ、我が名はアルフィールド=ディン=ラ=セレン。」
 高らかにそう宣言して、アルフは左手を空に向けて掲げた。
 その様子をフォードが驚きの表情で見守る。

「お前たちの愛し子の、……ロイの、残した言葉を聞かせてくれ!」
 アルフがそう告げた途端、全ての風が止み、静寂がその場を支配した。
 そうして、再び現れた風が、アルフの周りを舞う。
 2度、3度――。

 風に身を任せ、瞳を伏せて耳を傾けていたアルフが、ふと笑みを零す。
「……分かった。礼を言う」
 最後にそう告げて、アルフは掲げていた左手を下ろした。

 再び開かれたアルフの赤褐色の瞳に、元に戻った風景が映る。
 そして、アルフを見つめるフォードの姿も。

「……そうか、そういうことか」
 しばし考え、フォードがぽつりとそう洩らす。
 鋭いその頭脳は、一つの結論を見つけたようだった。

「……あの男が、ジークを死なせるはずがねぇ」
 フォードの言葉に、アルフが大きく頷く。

「そう。ジークはヴァイラスの手の中。ロイもそう結論を出した。そして、」
 言い掛けて、アルフは拳を硬く握り閉めた。
「……何で一人で向かうかなぁ……。なぁ、アルフもそう思わねぇ?」
 フォードが割って入り、いつもの笑みを浮かべて、そうして溜め息を落とす。

 フォードには何となく分かっていた。
 ロイが一人で発った理由(わけ)が。

 ヴァイラスの結界が張り巡らされたその場所に、そう簡単に侵入できようはずがない。
 だから、
 『生贄』の自分を差し出し、ヴァイラスの懐深く飛び込んで――。
 ヴァイラスの脳裏に生きているジークの姿を浮かばせることが出来たなら、そう、ジークの正確な居場所さえ分かれば、ロイは風を使ってジークの元に飛んでいくつもりなのだろう。
 ヴァイラスの力と、ロイの精霊石。
 どちらが上回るか、確信は持てないけど。
 そのためには、『生贄』を演じなければならない。
 その身体を、闇に曝け出さなくてはならない。
 そうして、
 その姿を、アルフには見せたくないのだろう――。

「行く。」
 そう宣言するアルフに、フォードが笑みを零す。
「お供するぜ、王サマ」
 そうして、いつもの笑顔で、そう答えた。



「どうなさいました? 贄の君」
 そう告げるヴァイラスの声に、ロイは青灰色の瞳をうっすらと開いた。
 どうやら少しの間、意識を飛ばしてしまっていたらしい。
 ふっ、と自嘲気味な笑みを浮かべて、そうして自分を抱くヴァイラスへと視線を向ける。
 絶えることのない嬌声を上げさせられ続けた喉は、既に言葉を紡ぐことを放棄していた。ただ、小さく首を振ることで、ヴァイラスの問いに答える。

「……では、続きを」
 笑みを浮かべたまま、ヴァイラスがそう促す。その言葉を合図に、重い身体に鞭打ってロイはヴァイラスの上に跨ってみせた。そのまま深く腰を沈めていく。

「……んっ、」
 ヴァイラス自身を受け入れて、ロイの身体が小さく痙攣する。
 もう何度目になるかも分からない、その感覚―。

 自分の身体を貫かれるその瞬間は、ロイにとっては、これまで何度味わっても慣れることが出来ない瞬間だった。
 それは、叔父によって初めて身体を開かされたその時から、そうして、祖国を逃げ出した後も、自分を傷つけるためだけに行ってきた行為だったから。

 ――愛するための行為だと、ジークにそう教わったけれども。

 ジークの腕の中でさえ、その瞬間に馴染むのには、時間が必要だった。

 それなのに――、
 此処に来てからというもの、それが急速に変化していくのを、ロイは感じていた。

 肌を合わせる度、そうして身体を貫かれる毎に、快楽だけが引き摺り出されていく。

「……ふ……っ、」
 半ば無理矢理に腰を沈め、痙攣するその場所にヴァイラス自身を全て呑み込むと、ロイは吐息を零した。
 敏感なその場所が、ヴァイラス自身の形を伝えてくる。
 ただそれだけで、快楽の波がロイの背筋を駆け抜け、堪らずロイは腰を揺らめかせた。
「……はぁ……っ、……あ、あ……、あ……っ!」
 貪るように自らの腰を動かし、そうして急速に高みに上り詰めていく。

 ――自分の中で、何かが変化していく。
 ――何かが、確実に自分に馴染んでいき、次第に同化していく、そんな感覚。

「……あ……、……っ、……んんっ!!」
 一際大きく背筋を伸ばし、ロイの身体が快楽に震えた。
 そのまま、意識を失くして後ろに崩れていくロイの痩身をヴァイラスの腕が掴まえる。引き寄せ、体勢を入れ換え、そうしてヴァイラスはロイの中に自分自身を打ち付けた。最奥に精を放ち、そうしてロイの中から出て行く。

「……ふふっ、」
 寝台に沈む、乱れたロイの姿。
 白い寝布に白い衣装、透き通った白い肌。そうして、それらと対照的な黒髪が寝台の上に波を描いていた。
 それらを瞳に映し、ヴァイラスが楽しげに笑みを零す。

「……ロイフィールド、」
 そうロイの名を呼んで、

「もうすぐ、悪夢が終わる……。」
 そう囁いて、高笑いを残し、ヴァイラスは部屋を後にした。




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