Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 Spirit Stones 

 第5章 決意 
第4話 Tactics−駆け引き−


 光が差し込まないその部屋で、ロイは目を覚ました。
 どのくらいの間、気を失っていたのだろう。
 既にヴァイラスの姿はなかった。

 起き上がろうとして、ぞくりとした感覚を覚える。
「……はぁ……っ、」
 かろうじて上体を支え、ロイは艶のある吐息を零した。身を震わせると、ロイの体内からヴァイラスが残した精液がずるりと流れ落ちていく。

「……あ、」
 微かに身を捩る、ただそれだけで、ロイの痩身を快楽が支配する。
 ロイの意志に反してびくんと反応する身体。
 堪らず零れ落ちる吐息。

「……まだ、だ……っ、」
 湧き上がる感覚を無理矢理抑え込み、ロイは一つ息を吐いた。

 まだ堕ちてやる訳にはいかない。
 自分の目的は果たされていないのだから――。

 何かを否定するかのように、大きく何度か首を振る。その動きに合わせて、ロイの蒼い黒髪が、風に舞った。

「……風……?」

 確かなその気配を感じて、ロイは青灰色の瞳を伏せた。
 幼い頃から、常に傍にいた風の精霊たちの存在を、肌で感じ取る。

「……さすがにそこまで力を分散することは出来ない、ということか」
 擦れた声でそう呟いて、ロイは瞳を開いた。

 ――部屋に掛けられていた結界は、姿を消していた。

 邪神を降臨させようというのだ。
 いくらヴァイラスとはいえ、その儀式にはかなりの精神力を必要とするのだろう。
 ロイやジークの監禁場所にまで結界を施したまま、祭壇の準備をするわけにはいかないというわけだ。

「ならば、」
 意を決したように、立ち上がる。その途端、身体中から悲鳴が上がるが、かろうじて踏み堪えて、ロイは扉の方へと歩を進めた。

 扉に手を掛け、一言二言、風の精霊に語り掛けると、その声に呼応するように扉は音もなく開かれた。
 一つ息を吸い込んで、そうして手を扉の外へとそっと伸ばす。

 予想通り、何の抵抗もなくロイの『手』は外へと通り抜けた。
 だが、
 首元に強い衝撃を覚え、ロイはその場に膝を付いた。

 ――これがある限り、出られないというわけか…。

 首にある白い環に触れて、一つ息を吐く。
 次の瞬間、頭上に気配を感じて、ロイは視線を上げた。
「……何処へ行かれるおつもりですか? 贄の。」
 冷ややかな声が、聞こえる。

 其処には、いつの間に現れたのか、冷笑を浮かべるヴァイラスの姿があった。

「随分と、元気なお方だ」
 そう告げてヴァイラスが手を掲げると、ロイの身体がふわりと宙に舞う。
 ヴァイラスの指の動きに操られるように、壁に背中を押付けられ、そうしてしなやかな大腿を大きく拡げさせられて、ロイは息を詰めた。
 その姿を舐めるように鑑賞しながら、ヴァイラスが一歩一歩近付いてくる。

「まだ、足りませんか?」
 壁に片手を付き、耳元で囁かれる、ただそれだけで、ロイの唇から吐息が零れ落ちた。
 両足首を掴まえ、開かれた両脚を折るようにして、ヴァイラスが侵入を開始する。
「……く……っ、……あっ!」
 ほんの少しだけ眉を顰め、そうして最奥までヴァイラスを受け入れると、ロイの吐息が変化していく。

「……あ、……あ、……っ!」
 十分に動かせないその体勢に、もどかしげにねだる様な吐息を落としながら、ロイは首を振った。
 その様が、ヴァイラスの雄の部分を強烈に刺激する。

 侵入する度に、変化する表情、吐息。
 あまりにも淫らで、そうして美しすぎるその容貌。

 ぞくりと身を震わせて、ヴァイラスは息を呑んだ。
 次の瞬間、ロイの体重ごと深く引き寄せて、これ以上ないほど奥へと突き上げる。
 感じるその場所を、何度も何度も激しく突き上げて。

「あ……っ、……あ、あ、……っ!!」
 ヴァイラスの銀の髪に指を絡ませて、ロイが頂点を迎える。

「……はぁ……っ、あ……っ、」
 一つ息を吸い込んで崩れそうになるロイの痩身を、ヴァイラスの腕が支えた。そうしてロイの耳元で囁く。
「……まだですよ、贄の君」
 微かに開いた青灰色の瞳に、そう告げて笑うヴァイラスの口元が映った。



 『――あと少し』
 『月が満ちたとき、全てが終わる……』

 行為の間、ヴァイラスは、何度かそう告げた。

 つまり、次の満月に、『儀式』を執り行う、そういうことなのだろう。

 此処に来たのは、新月の夜。
 残された時間は、あと僅か。

 思う様に身を任せてみても、ヴァイラスは未だ完全には警戒を解いてはいない。

 『愛しい者を失くして、最早貴方には何も残されてはいない』
 『闇に堕ちる、良い選択をなされました』

 そう告げる一方で、

 『貴方がそこまで殊勝な人間とは、思っていませんよ』
 と、そう言い放つ。

 そして、首に付けられた『枷(かせ)』――。

 つまり、だ。
 何かを企み、逃げ出す可能性があると、まだそう考えている――。

「まだ、足りない、か」
 ふっと笑みを浮かべてそう呟き、ロイは一つ息を吐いた。

「……あ、」
 突然、ざわり、とさざ波が立つように、身体の奥から快楽が沸き起こってくる。

「……ふ、……っ、」
 一度沸き上がった感覚は抑えることが出来なくて――。

 『儀式』の準備が忙しいのだろう。
 この数日、ヴァイラスに抱かれる時間は少なくなっていた。
 その一方で、身体だけは確実に変化していく――。

 ――自分はいつまで持ち堪えることが出来るだろうか――?

 ふと気配を感じて、ロイは扉の方へ視線を送った。

 ――誰か、いる……。

「ようこそいらっしゃいました、王陛下」
 それは、オルトの声だった。
「ヴァイラスは何処におる?」
 そうして、もう一つ。幾分年を取った、そうして威圧的な声。
「……儀式を明日に控え、最後の準備に」
「神殿の方か。まあ良い。……ところで、」

 ――王陛下……。カルハドール国王か。

 ほんの一瞬だけ躊躇した後、意を決したようにロイは立ち上がった。

 ――これがおそらく最後の賭けになる……。

 心の何処かでそう思いながら。

 扉に辿り着き、最後の力を振り絞るようにして、扉を開く。
 驚いたように振り返る王の姿を、青灰色の瞳に捉えて――。

 王の視線の先、開かれた扉に手を掛けて、身体を支えるようにしてこちらを見つめるロイの姿があった。
 震える片方の手で自らの肩を抱き締め、そうして吐息を一つ落とす。

「……ロイフィールド王子?」
 駆け寄ってくる王に、懇願するかのようにロイが腕を伸ばしてくる。誘われるままにその手を取る王を部屋の内へと引き寄せ、そうしてロイは唇を重ねた。
「……あ、……も……っと……、」
 貪るように口付けながら、ロイが甘い声を上げる。
「……抱い、て……、」
 そう告げて狂ったように絡み付いてくるロイの痩身を、荒い息も抑えないで王は抱き上げた。そのまま縺れるように奥の寝台に倒れ込む。

「……随分と、変わられたものですね、贄の君も」
 扉の向こうで、くすくすと笑みを浮かべるオルトの姿が見える。
「下がっておれ、オルト」
 興奮気味な王の声に、オルトは恭しく頭を垂れた。
「では、ご存分にお楽しみ下さい」
 そうして、くっくと堪えきれない笑みを零して、オルトはその場を後にした。

「……は、……あ、……っ、」
 ロイの白い項を舐め上げながら、薄い衣服に手を差し入れ、王はロイの肌の感触を楽しんだ。乱暴に胸を掴むと、ロイの身体がびくんと跳ね上がる。
「……あ、……あっ、」
「……ロイフィールド……」
 興奮気味に腕の中の美しい生き物の名を呼び、吸い付くような白い肌に唇を滑らせていく。

「……い、や……、あ、……は、早く……っ!」
 上ずったロイの声に急かされ、堪らず王の動きが性急になる。丈の長いロイの衣服を捲り上げ、下着を着けてないロイのものに直に触れると、ロイの擦れた嬌声が部屋に響いた。
「……も、……いい、からっ、……は、早……く……っ、……挿れ、てっ……!」
 焦るように身を寄せてくるロイに、王がごくりと息を呑む。次の瞬間、しなやかな大腿を抱え上げて、王は一気にロイの中に押し入ってきた。一瞬身を強張らせて、そうして息を吐いて、ロイは王の挿入を受け入れた。
「……あぅっ! ……んっ、……あっ! いい……っ、あ!」
 痙攣するロイの体内に誘われるように、王が動き始める。
 性急に上り詰めていくその感覚の中、ロイは一点を見つめていた。

 ロイの視線の先、空間が歪み、そうしてヴァイラスが姿を現す。


「……何を、なさっている……?」
 感情を表すことのないヴァイラスの、幾分怒りを含んだ声。
 その声色に、ロイは王に抱かれながら口元に笑みを浮かべた。

「……あぁっ!」
 最奥に放たれる王の精を感じて、ロイがしなやかな身体を反らせる。そうして、浅い吐息を落としながら、片手で乱れた黒髪を掻き上げて、類稀なその美貌でヴァイラスを見つめた。

「……こんな身体にしてくれたのはお前だろう?」
 先程まで情事に身を任せていたとは思えない、抑揚のない声でロイが告げる。
 一方で、欲情に潤んだ青灰色の瞳を細めて、妖艶に笑みを浮かべて見せながら――。
「抱く暇がないのならそれで結構。こっちはこっちで勝手にやるさ」
 そう言い放ち、再び王に唇を寄せる。
 そうして、縋りつくように王の胸元に頬を寄せて、
「……こんなものじゃ、まだ足りない……」
 甘い声でそう囁いて―。
「……は……っ、ん、あ……」
 王の愛撫に吐息を落として――。

 その様子を、ヴァイラスの冷たい視線が見つめる。
「……ジークディードのことは、気にならないのですか?」
 静かなヴァイラスの声。
 その言葉に、ロイは鼓動がどくんっと跳ね上がるのを感じた。

 ――決して、気付かれてはならない。

 跳ね上がる鼓動を無理矢理に抑え込む。そうして、出来る限りの冷たい声で、ロイは答えた。
  「……死んだ者に義理立てする必要はないさ」
 そのまま、王との情事を再開する。

「……では、生きているとそう言ったら?」

 その瞬間――。
 ヴァイラスの脳裏に浮かんだジークの姿を、ロイは見逃さなかった。
 ロイの青灰色の瞳に、ジークが囚われている場所が映る。

 ――今だ。

 ロイが左手を翳すと、狭い部屋の中に突風が舞い上がる。

「ジーク!」
 名を呼び、左の手に意識を集中させて、ジークの元へ飛ぼうとして、ロイは膝を落とした。首元に強い衝撃を覚える。白い環が高熱を放ち、ロイをこの場に縛り付ける。

「……なるほど。そういうわけですか」
 ヴァイラスの冷ややかな声がそう告げる。
「だが、それも無駄だったようですね」

「……無駄ではないさ」
 額に汗を浮かべてそう告げ、再び空へと手を翳す。
 その手の中に、美しい透明な球体を浮かべて――。

 ――俺を使え、ロイ。

 それは、脳に直接響いてくる声。

「行け、アルフ」
 そう告げて、ロイは風を飛ばした。

 ヴァイラスの瞳に、眩いばかりの光と風の渦が映る。

 全ての力を使い果たし、ふっと口元に笑みを浮かべて、ロイはその場に倒れ込んだ。
 最後の風の渦が次第に小さくなり、そうして完全に姿を消したのを確認して、ヴァイラスがロイの元へ歩を進める。そうして、ぞっとするほどの冷たい視線でロイを見下ろし、長くなった黒髪を掴み上げて、自分の方を向かせる。

「……さすがと言わねばなりませんね……」
 全てを凍りつかせる、眼と声。
 それはまるで、意識を失くしたロイの端正な美貌を、そうして其処にある空気さえも凍らせようとするかのようで――。

「だが、それもこれまで」
 張り詰めた空気を、くくっ、とくぐもった笑い声が壊していく。
 そして、
「褒美に、この世の地獄を見せて差し上げましょう」
 そう告げるヴァイラスの高笑いが、狭い空間に響き渡った。




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